084話「獣王の戦_09」
獣人たちの肉片が散らばる平原を、獣王が歩いていく。
鬣に似た金髪を逆立て、身の内から暴力の気配を撒き散らし、背中からは助力を拒む孤高さを放ちながら。
一歩、また一歩と。
敵へ向かう。
それは『反獅子連』も同様だ。
あちらはあちらで、先刻から急ぐことなく歩を進め続けている。一〇〇メートルあった距離がいつの間にか五〇メートルまで縮まっており、さほどの間を置かずに交差するだろう。
二〇メートルほどの距離で、狼族が口を開いた。
「我が名はヴァロン・センダン! センダン氏族の長にして『反獅子連』の頭領である! 獅子王ランドール、我らは貴様を獣人の王とは認めない! 貴様のような暴君が我ら獣人の王とは認められない!」
「やかましいぞクソ雑魚共が! だったらどうするよ!」
遠吠えのような宣誓に対して返す獣王のそれは、咆哮とでも言うべきか。
「ランドール・クルーガ! 貴様が唯一示した法をもって、我ら『反獅子連』が貴様の王位を簒奪する。最も原始的で、最も判りやすく、最も忌むべき法が、貴様を殺すことになる。逃げるなら追わないでやろう」
「よく回る口だな、犬っころ共が。数で囲めばどうにかなると思ったか?」
歩を進める獣王の両手が広げられ、指の先から遠目でも判るほどに圧縮された魔力が光を放つ。
ランドールの『爪』だ。
ついさっきも、それを振るうだけで屈強な獣人たちが肉片と化して地面に撒き散らされた。
ただひたすらに強い。
それだけで、この男は獣人の領域の王になったのだ。
「そう思ったから我らはここにいる。グウィエス・ライドット、ノーヴァ・レイザット、ユージョン・センダン、ロスフィア・バーグット――狼族の四大氏族が貴様を討つ。征くぞ獣王、狼の狩りを見せてやる」
ばばっ、と遠くから見ても効果音が聞こえたような感じで、十人の狼族が瞬時に散らばった。私のような素人では距離があっても目で追えない速度で、狼の群れが獣王を中心にして不規則に動き、背後をとった誰かが獣王へ迫る。
そして弾き飛ばされた。
ランドールが後ろを振り向きもせず、無造作に腕を振った。それだけで狼族の攻撃と獣王の『爪』が相克し、一方的に狼族の方が打ち負けたのだ。
だが、それは狼族の予想内だったようだ。
仲間が吹っ飛んでいるというのに、一切淀むことなく別の狼が左右から、正面から、ランドールへ波状攻撃を繰り出した。一度に対処するには時間差があり、しかし移動して回避するのは困難、そういう連携だ……と思う。
ぶっちゃけ、私にはよく判らん。
それに獣人の王位決定戦の後ろでは、それなりにそれなりの出来事がある。
位置関係の問題だ。
レクス・アスカが控えている獣王軍の本陣から考えていくと、まずは獣王軍が戦列を成しており、前線では『反獅子連』の軍勢と獣王軍がやりあっている最中。
そんでもってランドールがその戦線を強引にかち割って最前線よりずっと前に突き進み、ガーランドの死亡地点、つまり私たちが立っているここに辿り着いた。
それを追いかけて私やユーノス、セレナが。さらに獣王の配下たち――この場合はスペイド城遠征に付き従っていたランドールの部下たち、という意味合いだ――が、やや遅れて辿り着いている。
ということは、だ。
ランドールを追いかけて『反獅子連』の軍勢が反転して来るに決まっている。実際、ちょいと振り向いてみれば無視できない数の獣人たちがこっちへ向かっているところだった。
「出番だぞ、おまえたち!」
と、私は堂々と胸を張り、思いっきり大声を出して迫ってくる『反獅子連』へ指先を向けてやった。
「ランドールは戦っている。手を出すなと言った。だからおまえたちは、あっちに手出しはできない。だがそっちはどうだ? そっちはランドールの敵だ。手出し無用なんて聞いてもいないはずだ。それに、ランドールはそっちにも手を出すななんて言ってない。邪魔をさせるつもりか? おまえたちの、王の戦いの」
隣に立っているユーノスが苦笑を浮かべていた。
さらに隣のセレナも似たような顔をしている。
しかしランドールを追ってここまで辿り着いた獣人の部下たちは、私の言葉で明確に顔色を変えていた。やり場のなかった握り拳の行き先を見つけたとばかりに、背後から迫りくる『反獅子連』へ、ぎらぎらした眼差しを向けている。
「征け! 獣王の邪魔をさせるな! おまえたちが、おまえたちこそが獣王の戦場を守るんだ! 行け行け行け! ほら走れ!」
雑に煽ってやるだけで、まずは猪獣人のゾンダが怒号を上げ、駆け出した。続けて別の誰かが、他の誰かが、ほとんど全員が、獣王の戦場を守るために『反獅子連』へと向かっていく。
別にわざわざ私が焚きつけなくても、あと二十秒もあれば誰かが動き出しただろう。でも動かなかったかも知れない。それに、五秒でも遅れれば交戦地点がより私たちに近くなる。ちょっとでも遠くでやり合って欲しかったのだ。
「まったく、野蛮人は暴力しか知らんのだなぁ」
くつくつと笑っていいかげんな独り言を漏らせば、獣王の息子がユーノスと似たような表情を浮かべつつ、肩をすくめてきた。
「連中も言っていただろう。暴力、それだけが親父が示した唯一の法だ」
「気に食わないか?」
「全くもって気に食わないな」
私の問いに即答するプラド。その眼差しは背後ではなく、獣王と狼族の戦闘へ注がれている。
「じゃが、その『気に食わないもの』を使わねば獣王は殺せない。そう思ったのじゃろう。貴様も、レクス・アスカも」
「ああそうだ。それで殺されたとして、獅子王ランドール・クルーガに文句を言う資格などないと俺は思うがな」
なにしろ自ら敷いた法である。
力の強いものが、力の弱いものを好きにできる。
それは別に、獣人の領域に限った話ではない。
財力も権力も、あらゆる力は暴力に還元できる――なんて言葉を、どっかで読んだか聞いた気がするが、それは一面の真理ではあるだろう。
より強い力が、そうでないものへ理不尽を与える。
それが許される。
だって、強いから。
「まったく、信じがたい野蛮人だ」
と、私は言った。
本心だったが誰の同意も得られなかった。
◇◇◇
狼の狩りは群れで行う。
狼族の獣人でもそれは同様らしく、そう考えると、いつかのザンバやらギャランやらは、個として戦ってしまったのが敗因といえるかも知れない。
ランドールへ襲いかかる狼族の群れも、個としてはランドールに全く敵わないだろう。事実、渾身の一撃(なのだろう、たぶん)が獣王の『爪』によってあっさり弾かれ、それどころか何度かの対応を繰り返すうちに攻撃を潰しながら『爪』のカウンターが決まっているようだった。
苦悶の声と、飛び散る血液。あとたぶん肉片も。
そして――粉砕された鎧。
鎧だ。
獣人の領域ではまず見かけることのなかった金属鎧。
鎧が獣王の『爪撃』を、どうにか一撃だけでも軽減し、即死だったはずの攻撃をやり過ごすことに成功している。
無論、確実ではない。
既に二人ほど、鎧を着ているにも関わらず、獣王の『爪』で胸を貫かれ、地面にぶち転がされたまま起き上がらない狼族がいる。
それがあって以降、狼族の連中は無謀な攻撃を控えるようになり、どちらも牽制っぽい動きが目立つようになった。
が、そんな膠着状態も長くは続かない。
「うざってぇんだよ雑魚共が!」
応戦一方だったランドールが前へ出た。地を這うような姿勢での、両手両足を使った獣の歩法。一歩進むだけで地面を刳り、土煙を巻き上げ、次の瞬間には肉薄した狼族の誰かの首へ、牙を突き立てていた。
噛み付きだ。
獅子がそうするように。
しかし、だ。
獅子がそうするというのなら、狼もまた――その顎で噛み砕くのである。
応戦から攻撃に変えたその隙……間隙というにも僅かすぎる刹那に、狼族たちが群がった。そうすることをあらかじめ決めていたとでも言わんばかりの躊躇のなさで、獣王へ牙を突き立て、単純な暴力をもって弾き飛ばされた。
なんというべきか、噛み付かれたのに、思いっきり暴れることで狼族を吹っ飛ばしたのだ。手の甲に引っ付いたバッタを払うみたいな感じだ。
ただ、牙は突き立っていた。
獣王の肩や腕から、だらだらと出血が見られる。
もちろんランドールはそんなことを気にしない。一瞬前に自分で弾き飛ばした狼族の誰かを追いかけ、まだ地面を転がっていたそいつに『爪』を突き立て、即座に次の狼族へ肉薄し、『爪』を振るって鎧ごと腕を切り飛ばした。
「……これで残りは五人、じゃな」
セレナが苦々しげに呟いた、が。
「違う」
私は首を横に振る。
そんな単純な足し引き算をするために『反獅子連』が動いたわけがない……いや、それも違うか。
この局面で、ただの引き算を、レクス・アスカがするわけがない。
即死した二人は、そのまま死んでいる。当たり前だ。私が言うと虚しく聞こえるけれども、死んだ者は生き返ったりしないのである。
が、首を齧られて大量出血している者、腹に『爪』を突き立てられた者、腕を切り飛ばされた者――彼らは違う。
私から距離があるので聞こえないが、おそらくはめきめきと、ごりごりと、奇怪な音を立てながら、肉体が作り変えられているはずだ。
月光を浴びた狼男みたいに。
人に近い獣人から、ケモノに近い獣人へ。
瀕死の状態からでも、変身を使えば一度だけ肉体が再構成され、損傷をなかったことにできる。
「即死を防ぐための鎧だったのか」
思わず私の口が言葉を垂れ流す。
防ぎきれなかった者もいたが、それでも、だ。
多少はランドールを削り、もう一ラウンドに挑める。
「貴様を殺すぞ、ランドォォォル――!!」
狼の遠吠えが、血まみれの戦場にこだました。
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