079話「獣王の戦_04」
「スペイド騎士団二番隊隊長、タートン・レグラックです。この度は獣王殿にご同行させていただくことになりました」
領主とあれこれ話をつけてランドールらと一緒にだらだらと城内を下り、ランドールが破壊した城門を抜けたところで、スペイド騎士団が待ち構えていた。
といっても別に獣人たちを打倒しに来たわけではない。
私たちの話し合いが――というか、私ことクラリス・トーキング・グローリア一人が獣人の代表面をしてスペイド領主とあれこれ話をしている間に、例の場所にいた偉そうな誰かがどうやってか騎士団と連絡をつけ、獣人たちを確実にスペイド領の外にお見送りすることになったらしい。
ついでに、人族と獣人たちの交流の一歩目にしてみよう、と。
これはなかなか迅速で賢い選択ではないだろうか。
将来的にスペイド領と獣人たちの関係がどう転ぶかは判らないが、情報があるに越したことはない。なんの情報も得ていなかったから今回みたいな急襲を受けることになった。事前に情報さえ得ていれば、少なくとも騎士団をぶち当てることくらいはできただろう。結果は芳しくないだろうが。
「隊長? あんた、副隊長じゃなかったか?」
レガロが素っ頓狂な声を出した。
そういえばこのおっさん、魔術師団の中隊長だかなんだか。平民出身らしいが、それなりに出世していて、だからいかにも生粋の騎士ですみたいな顔をした騎士隊長とも面識があるのだろう。
今のところレガロは試合の脇で驚いてばかりのモブみたいになってるが、それはそれで楽しそうなので放っておこう。こいつの出番は、もっと地味な場面だ。
「レガロ殿か。例の獣人追撃隊にいたのではなかったか?」
「あー……裏切ってこっち側についたんだわ」
へらへらと軽薄に笑うレガロに、タートン・レグラックは微妙そうな表情を浮かべた。責めるに責められない、みたいな感じだろうか。
「……こちらは隊長殿が殉死したので、間に合わせの繰り上がりだ。今回の件で、スペイド領もこれまで通りではいられんだろう。レガロ殿の寝返りも、なし崩しになる可能性が高いだろうな」
「で、タートン隊長殿はその変化の最先端に立たされたわけですか」
「そうだ。彼女が言うように、我々は互いを知るべきだ。そこから始めたい。その分の代価は支払った……というよりは、徴収されたというべきか」
今度は明確に苦笑が漏れた。
ちなみにというか、話を聞いているはずの獣王ランドールは本当に一切の興味を示しておらず、むしろ周囲の部下たちの方がレガロとタートンの会話に耳を傾けていたくらいだ。
ちょっとだけ意地悪な気持ちになった私は、ユーノスに背負われたままの状態でニヤつきながらタートン隊長へ言ってみる。
「チャラになっただなんて思わないほうがいいぞ。少なくない代価は徴収されただろうが、こういうものに過不足なんてないんだ。書面に記したところで、人族同士でだって破られるのが約束ってものだろ? 今のところ、おまえたちとはまだなんの約束だってしてないんだ」
「忠告、受け取らせていただく」
と、神妙に頷かれてしまったので、単に嫌味を言っただけになってしまった。まあ、単に嫌味を言ったので仕方がない。
それからは取り立てて面白い話もなく、どうでもいいような会話を挟みながらスペイド城下をのんびりと歩き、先に撤収していた獣王軍と合流し、そのまま獣人の領域へ向かって歩き続けることに。
もちろん私はユーノスに背負われたり、途中で猪獣人のゾンダが顔を出してきたので肩にキュートな尻を下ろしてみたりしたが、まあ平和な行進だったと言える。
◇◇◇
「クラリス様。人族と獣人の交易なんて、上手くいくんでしょうか?」
互いの領域を隔てている森に入ったあたりで、ふとキリナが疑問を口にした。
ちなみにというか、森に入る前に猪獣人ゾンダの肩からは降りていた。図体がでかいので、肩に乗ってると私の顔面に木の枝がビシバシ当たるからだ。
今度は槍使いのマイアが私を背負うことになったが、どうせこいつらの場合は誰が私を背負おうが持ち運ぼうが、大した苦にはならないだろう。マイア自身は非常に微妙そうな顔をして『クラリス当番』にあたったわけだが、はっきり嫌がってるわけでもなかった。
そんなわけで自分で立つよりちょっと高い位置から狐娘を見下ろし、私は堂々と胸を張って答えてやる。
「そんなもん、判るわけないだろ」
「えぇ……だって、なにか目算があったのではないのですか?」
「そっちの方が面白いと思っただけだぞ」
これは本音だ。実際に物事がどう転ぶかなど判るわけがない。そしてどう転ぶにしたところで、接点があった方が判りやすくなる。
今回のこれは、正直かなり面倒くさいことになってしまっている。
「それだけ、なのですか? 獣人たちの未来を考えてとか……」
「獣人たちの未来を考えるのは獣人の仕事だろ。私の仕事じゃないし、私たちの仕事でもないぞ」
「でも、それじゃあクラリス様は、どうして――」
獣人と人族の交流を持たせるように仕向けたのか。
自分たちとは関係ない、と言っているのに。
もちろん理由はいくつもある。しかしそれをいちいち説明しても仕方がないので、最も大きな理由を挙げることにする。
「そっちの方が面白いことになる可能性があるからだ」
「それだよ、それ」
と。
いきなりランドールが木々の隙間から現れ、口を挟んできた。
私を背負っているマイアも、近くで話していたキリナも、周囲にいたセレナやカタリナたちも瞬間的に臨戦態勢をとりかける。自然体でいたのはユーノスだけだ。
つまりランドールは気配を消してこっちに近づいてきたということになる。
無論、私には気配なんてあんまり察知できないので、消えていようが現れていようが特に意味はないのだが。
「それ、っていうのは?」
仕方なく、という感じでマイアが問いを口にする。獣王はしかしマイアへはさほど意識を向けず、私にばかり視線を注いでいた。獅子獣人の、おそらくは特別にむさ苦しい類の顔面を向けられてもあまり嬉しくない。
「『楽しい』が『未来にある』って話だ」
「それがどうした?」
と、私は首を傾げる。獣王は微妙な感じに唇を曲げ、ごっつい爪の生えた自分の手を見せつけてくる。
「俺ぁな、これまでうざってぇモンはこいつでブッ散らしてきた。そうしてりゃ、いつの間にか獣王だ。俺が一番強いんだから、他の連中は俺に従うことになる。いろんな連中がいろんなことを言ってきた。あれが必要だ、これをしなければならない、責任が、王としてのナンダカがどうのこうのだとか、いろいろな」
全部うっちゃらかしてやった――と、ランドールは言う。
当然といえば当然なのかも知れない。強さを理由に立っている獣王に、そんな理屈が通じるはずもないのだ。
「どうして俺が面倒くせぇことをしなきゃならない? 責任なんざなにもねぇよ。必要なら勝手にやりゃいい。俺が気に食わなきゃ止めさせるが、それが嫌だってんなら俺を討ち倒せば済む話だ」
そう、それがランドールのロジックだ。
単純かつ明快。
だから息子であるプラド・クルーガと女豹のレクス・アスカは、獣王の論理を用いて王位簒奪を画策している。
しかし。
「誰も言わなかったんだよな……楽しそうなことが待ってるかも知れねぇ、なんてよ。どいつもこいつも、つまんねぇ話ばっかりして来やがる」
「だからスペイド領主との話し合いを私に任せたのか?」
「おまえはいつも楽しそうじゃねぇか、クラリス。だからおまえがやることは楽しそうだと思った。おまえも、そう思ってた」
ふっ、と笑みを消し、己の手を見つめるランドール。
およそあらゆる邪魔者を引き裂いてきたであろうその爪が、もしかすると楽しそうな未来を引き裂いていた可能性に、今更ながらに思い当たったのかも知れない。
手遅れ――なのだろうか。
すでに引き裂いてしまったモノに関しては、手遅れだろう。
だったら、これから先は?
そんなもの知るわけがない。
ただ、このとき私はランドール・クルーガのことが別に嫌いではないな、というようなことを思ったのだった。
もちろん大好きではないけれども。
◇◇◇
結局はそのまま休憩もなく歩き通し、森を抜けてガエリコに辿り着いた。もうとっくに日は沈みきっており、村に着いた頃には完全に夜だった。
タートン・レグラック率いる数人の騎士たちは獣人たちの村というものに感慨らしきものを覚えていたようだが、反してレガロは自分たちの末路が決まりかけた場所ということもあり、やや憮然としていた。
が、獣人たちは違和感を覚えたのか、村に入っても弛緩した様子はなく、むしろ逆にピリついた雰囲気になっていた。
「なにかあったのかな?」
私が発した間抜け極まる疑問符に答える者はいなかったが、疑問はすぐに解消されることになった。
村に戻った獣王一行の前に、大鷲人のブルノア・キスクが駆けて来て、言った。
「報告します。『反獅子連』が獣王の都を襲撃しました。現在、ご子息のガーランド殿とプラド殿が中心となって迎撃していますが、戦況はやや不利」
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