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008話「双子_04」





 ギレット姉弟の屋敷において、誰よりもクラリス・グローリアの異常性を理解していたのは、おそらくカリム・カラベルだった。


 カリムはイルリウス侯爵の部下であり、ギレット姉弟の目付役として派遣された騎士団員である。元々は斥候部隊の一員で、街に潜り込んでの情報収集などを得意としていた。ギレット邸においては家令のような役割を担っている。


 双子のギレットとの距離感についても、カリムはおそらく誰より先に理解した。単純に、彼女たちとは関わろうとしてはならないのだ、と。


 しかし――クラリス・グローリア。


 彼女については理解が難しかった。

 仕事上、クラリスと話す機会は多かった。


 話しかければまともな返答がある、という時点で双子に比べればだいぶやりやすかったが、よくよく考えると奇妙な点が多かった。


 まず、クラリスはグローリア家について聞こうとしなかった。

 彼女が除名された経緯は、カリムも聞き及んでいる。確かに悲惨ではあるものの、貴族であればそういうことも起こり得るだろう。他人事だからそう思ったが、クラリスにとっては自分事だ。


 彼女がその特異な不死性から、火刑を脱したのは知っている。


 だからこそ――その後、グローリア家がどうなったのか、彼女が当主を殺したミュラー伯爵家がどうなったのか、彼女の婚約者だったエックハルトのその後は……そういうことを、普通なら知ろうとするはずだ。

 クラリスは一切聞かなかった。

 聞こうとする素振りも見せず、聞きたがっているようにも見えなかった。


 そして屋敷では、ギレット姉弟に淡々と殺され続けた。


 火球で、風の刃で、氷の塊で、あるいはわけの判らない作用で上下に潰されて、全身から血液を噴き出して、およそ思いつくようなあらゆる魔法で、クラリスは殺されまくった。そしてふと気付けば、元に戻っていた。服以外は。


 さすがにいいかげん全裸で魔法を受けろよ、と言いたくなった。

 幸いというべきか、ひと月が経つ頃には屋敷の裏手から屋敷の地下室へ『実験』の場所を移し、クラリスは服を着たまま地下室へ向かって服を着たまま戻って来ることが増えた。全裸で戻ることもあったが。


 カリムが心底から戸惑ったのは、ギレット姉弟にどんな殺され方をした後でも、クラリスが双子を全く恐れなかったことだ。


 確かに、死にはしないのかも知れない。

 実際に双子はクラリスを殺せていないのだから。


 だが、殺さないように苦しめることもできるはずだ。

 それは死よりもなお深い痛苦ではないか。


 なのにクラリス・グローリアは、双子を恐れない。

 それどころか、彼女らの意味不明な話に耳を傾け続けていた。



◇ ◇ ◇



 クラリスが屋敷にやって来てから、およそ三ヶ月。

 ある日、イルリウス侯爵の使いが訪れ、戦争の始まりを告げられた。


 隣国との戦争ではない。

 魔族の住む領域から、侵略軍が現れたとのことだった。


 これは数年に一度あるかないかという出来事であり、魔族の侵略軍とは、言葉を変えれば魔族の国を追われたならず者の集団である。

 そんなものは内々で処分しろよ、とカリムは思う。

 もちろんカリムがどう思ったところで意味はなかった。


 イルリウスからの連絡があったということは、双子の出番ということだ。

 定期的にギレット姉弟には出番をくれてやる必要があった。

 レオポルド・イルリウスの子飼いが有能であることを示し、侯爵閣下の所有する戦力の一旦を内外に見せつける必要が。


「私も連れて行って欲しい」


 クラリスがそんなことを言い出したのは、例の石造り剥き出しの広間で、夕食の最中だった。

 姉の方は相変わらずワインばかりを消費し、弟は弟で不味そうに食事を口に運んでいて、そんな中、クラリスだけが行儀良く黙々と食事をこなしていた。

 双子の出兵が話に出たとき、それならついでだから、みたいな気楽さでクラリス・グローリアは言ったのである。


「きみを?」

「あなたを?」

「戦場に?」

「なにをしに?」


 歌うような双子の問いに、クラリスは端的に答える。


「見学に」


「見学?」

「見て学ぶ?」

「なにを?」

「どうして?」


「魔族というやつを見てみたい」


「それだけ?」

「それだけのことで?」

「戦場に行くのかい?」

「戦場に行きたいの?」


「おまえたちは魔法の研究がしたいから毎日私を殺してるじゃないか。たったそれだけのことで。他人の『それだけ』について言えた義理じゃない」


「それもそうか」

「それもそうね」


 そういうことになった。

 やめておけばよかったのに。



◇ ◇ ◇



 表向きは家令であり、元斥候であり、実際はギレット姉弟の目付役であるカリムもまた、辺境への出向を余儀なくされた。

 まあこれは仕事なので仕方がない。


 魔族との境界があるロイス王国の辺境、エスカード領までは馬車で二十日ほど。戦争が始まってからそれだけの日数をかけてしまって大丈夫なのか、とクラリスは言ったが、戦争とはそういうものだとしか答えようがなかった。


 こちらもギレット姉弟のような戦術兵器を有している。

 であれば、向こうも同様だ。

 先に切り札を切った方が負ける。

 対策されてしまうから。

 だから最初のうちは、腹の探り合い、小競り合いが続くのだ。


 旅路の途中、ギレット姉弟はやけに饒舌だった。

 双子がふたりきりのときは、そんなことはなかった。

 だからおそらく、クラリス・グローリアがいるせいなのだろう。

 おかげ、なのかも知れない。

 カリムには判らなかった。


 当然だが、イルリウス領からの出兵がギレット姉弟二人のみということは有り得ない。旅路の途中でイルリウスの軍勢と合流することになった。

 そこにはカリムの知る顔ぶれもあったし、見知らぬ兵たちもいた。

 いずれにせよ、彼らと言葉を交わすわけにはいかない。

 カリムはギレット姉弟の従者、のような顔を維持し続けた。

 幸いなことに、クラリス・グローリアに気付く者はいなかった。



◇ ◇ ◇



 魔族と人族の違いは、大きく二種類ある。


 ひとつは寿命。

 ひとつは強力な魔法。


 魔族は長寿であり、五百年以上生きる者もいるらしい。

 ただし好戦的な種族でもあるので、若い時分に命を散らす者も多く、結果として平均寿命は飛び抜けて長いわけでもないらしい。また、長寿であるが故に出生率も高くはなく、その総数は人族よりもずっと少ないという。


 そういう連中の中で、いわば余されたような者たちが自分たちの居場所を確保しに人間の領土へ攻め込んでくるのだ。


 理由は簡単。

 魔族よりも人間の方が弱いから。


 少なくとも、人間の領域へ向かって来る魔族はそう思っている。

 そう思っている連中がやって来る。



◇ ◇ ◇



 イルリウスの軍勢がエスカード領に辿り着いたときには、既に双方の切り札が一枚ずつ切られた後だった。


 ロイス側の被害は、エスカード騎士団の第三隊全滅。数としては三十四人。

 魔族側の被害は、三人。

 たったの三人を殺すのに三十四人の被害を出し、それで戦況としてはまずまずというのが、対魔族戦の実状である。


 ここにギレット姉弟を投入し、さらに数人の魔族を削り取った。

 文字通りに――削り殺したのである。


 イルリウスの面目躍如、といったところか。

 クラリス・グローリアが殺され続けた甲斐もあったというものである。


 そうして一気にロイス側に戦勝ムードが漂い、だからこそ魔族側の抵抗も激しくなるだろうと予想された。彼らには戻るべき場所がないからだ。


 森の奥からやって来る、魔族の撃退。

 この調子であれば、多少の被害はあれど達成できるだろう。


 誰もがそう思った。

 ギレット姉弟などは既に仕事を終えたような顔をしていた。


 彼女たちが陣に戻って来て喋りだしたのは、いかに今回の出兵がつまらなかったのかということだ。期待外れで、無意味で、無価値で、こんな場所に来た意味など感じられない、と双子は捲し立てた。


「こんなことなら屋敷でクラリスと遊んでいる方がよかったわ」

「こんなことなら屋敷で実験をしている方がよかったね」


 これに対するクラリスの回答は、ひどく冷めていた。


「いや、全くそうは思わない。おまえたちから学ぶことはもうなさそうだ」



◇ ◇ ◇



 イルリウス領に戻ったカリムは、ギレット姉弟の戦死と、クラリス・グローリアの亡命を報告する羽目になった。


 ようやく頭のおかしい双子から解放された、というような感慨はなかった。

 カリムの胸中にあったのは、正体不明の不安感だった。


 クラリス・グローリア。

 彼女が魔族領へ向かったのは、人族にとって致命的だったのでは?




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