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悪徳令嬢クラリス・グローリアの永久没落【書籍化】  作者: モモンガ・アイリス


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078話「獣王の戦_03」





 レガロにとって、クラリスという少女は全く意味不明な存在に思えた。


 せいぜい十五、六の小娘にしか見えない。おそらく実際にそうなのだろう。そこいらの村娘にしては綺麗すぎるが、それにしては野性味が強い。なのに直情的というわけではないようだ。あまりにも矛盾が多い。


 なんなのだ、この娘は?


 判らない。レガロの眼前でスペイド領主と正面から会話をしている少女がなんなのかなど、完全に理解の範疇を超えている。

 どうしてクラリスが獣王と親しげにしている――そんなもの、考えたって判るわけもない。機会があれば聞いてみたい気もするが、今はそのときではないだろう。


 戦後処理。

 それがクラリスが提示した問題だ。


「私は親切だから、まず真っ先にやるべきことを教えてやるぞ、トゥマット・スペイド。今回の襲撃に対して敗北を宣言して、城の蹂躙を止めていただくようにお願いするんだな。今こうしてる間にも、たぶん誰かが死んでるぞ」


 あまりにも物騒な、そしてあまりにも当然の話だった。


 マイアによって床に座らされていたトゥマットは今更その当然に気づいたらしく、びくりと大きく全身を震わせ、クラリスへ向けていた視線を動かした。それまでは意図的に見ないようにしていた、獣王ランドールへ。


 獣の王は、一切の感慨がなさそうな顔をしたまま軽く首を傾げた。


「……獣王ランドール。敗北を認める。城の人間を助けてくれまいか」


 青白い顔をしたトゥマットは、獣王とは別の意味で一切の表情を浮かべずに言った。意味のない意地を張らなかったのは、レガロにとっては少し意外だった。


 何故なら、貴族というものは見栄を張らなければ死ぬ生き物だから。

 魔術師団に入ってからレガロが得た最も大きな知見である。獣人の村を襲ったときもそうだったし、まだ若かった頃に頭角を表したレガロへの強い風当たりも、そんな無意味極まる貴族の見栄が原因だった。


「助ける? 知らねぇな。今やってることを止めさせるくらいなら、まあいいだろうさ。おまえらを助ける義理はねぇが、この小娘がなにをするかは、ちょいと楽しみだからな」


 言って、ランドールは部下の獣人へなにやら指示を出した。いや、単に顎先をくいと動かして見せただけだが、指示を受けた狒々のような男はなにをすべきか理解したのか無言で頷き、歩き出した。


 と、


「獣人だけで行っても人族が止まらないかも知れないぞ。そこのボケっとしてる偉そうなやつを一人連れてけ。騎士とか魔術師とか、ちょっと偉そうなやつが無駄に抵抗したらそいつに説得させろ」


 それこそ部下に対するような言い方をクラリスがした。

 狒々の男はやはり無言で頷き、困惑している貴族の一人を――領主であるトゥマット以外の三名に関して、レガロは顔と名前が一致しないが、それなりに偉い人物なのだろう――置き忘れた鞄をひったくるような雑さで捕まえ、そのまま謁見の間を出て行った。


「そんな簡単に止めさせちゃっていいわけ?」


 領主の首元に槍の穂先を添えたまま、マイアがぼやく。

 それは実際、そう思うだろう。レガロ自身も少し思った。


 せっかくこうしてスペイド領の心臓に刃物を突きつけているのだ。どんな交渉をしようが獣人たちが引き上げた後にスペイド領が『戦後処理』をするとは限らない。軍を組織して獣人の領域に攻め込む可能性だって十分にあるではないか。


 約束なんて反故にすればいい。


 というレガロの内心に気づいたわけでもないだろうが、クラリスはその場の全員を一度ぐるりと眺め回してから、奇妙に艶やかな笑みを浮かべて見せた。


 まるで少女らしくない。

 同時に、なにも知らぬ少女のようでもある。

 ぞっとする微笑み。


 その笑みがトゥマットへ向けられる。


「おまえも思ってるだろ? そして不安がっている。今この場をどうにか乗り切って、後から戦力を差し向ければ、今この場でどんな口約束をしようが関係ない。獣人なんて、後からひねり潰せばいいじゃないか――」


 花が咲いたように笑う。

 夜露に濡れ、月明かりを受けて咲き誇る花のように。


「――だけど、今こうなってるよな。真正面から最短最速で、強引に力技で、城門だって破られて、抱えてる騎士団も動く暇がなかった。さてさて、それじゃあ今回を切り抜けたとして、次回はどうだろうな?」


 一歩、クラリスがトゥマットに近づいた。

 もはや領主は魅入られたかのように身じろぎもしない。

 細く白い腕がゆっくりと持ち上げられる。彫刻めいた指先がトゥマットの鼻先に突きつけられる。なにかの宣託であるかのような、そんな光景だった。


 だが、告げられる言葉は神の啓示などではない。


「次はもっと簡単だぞ。別に城門なんか破らなくたって、たぶん城壁だってぶち破れる。真正面から行かなくたって、横からでも、裏からでも。真っ昼間から行かなくたって、夜中に攻めたっていい」


 ――判るだろ?

 ――判るだろう、トゥマット・スペイド。


 ぞっとするほど綺麗に微笑みながら、クラリスが言う。


 判断できるというよりは、理解が出来た。

 あまりにも容易く理解が及び、恐ろしいほど簡単に想像もできた。


 今ここで獣人との『戦後処理』を済ませ、それを無視して報復行動に出ようとすれば、今度はあっさりと殺される。それが獣人たちには可能なのだ。そしてそれを防ぐ手立てがスペイド側には存在しない。


 唯一、獣人たちの襲撃をどうにかできるとすれば、全面戦争を仕掛けて獣人を皆殺しにするしかないが、不可能だ。

 準備に時間がかかりすぎるし、その時間で獣人の暗殺が行われる。大規模な準備になるだろうし、その大規模な準備を察知できないほど間抜けではないはずだ。


 ようするに、詰んでいた。


 寝返っておいて良かったなぁ、とレガロは初めて素直に思った。



◇◇◇



 結局、獣人たちはあっさりと城から引き上げて行き、スペイド城の戦力は虚しい反抗などせず、引き上げていく獣人たちをただ見送ることになった。


 最善、だろう。

 この期に及んでしまってからの最善ではあるが、とにかく獣人たちがスペイド城から去った。獣王の一声が届いてからの被害がなかった。そういうことだ。


 それから、本題である『戦後処理』だが――。

 クラリスはあっけらかんと言い放った。


「良い機会だし、スペイド領と獣人の領域で交易をしよう」


 これにはその場の全員が間抜け面でクラリスを直視する羽目になった。


 今回、スペイド領と獣人たちの間で行われたのは、殺し合いだ。レガロたちが命令されて獣人の村を襲い、獣王が報復を行った。城は荒らされ、領主の生殺与奪を握られて――それを『良い機会』だなんて、一体誰に言える?


 もちろん誰もなにも言えなかった。

 そしてクラリスはそんなことにはまるで頓着しない。


「と言っても、なにをすりゃいいか判らないだろうから、とりあえずそっちで使者団をつくって獣人の領域に寄越せ。こっちもそっちがなにを欲しがるとか、なにが要らないとか、そういうことを知らないからな。本格的に物の遣り取りをするかどうかはさておき、ひとまずはお互いのことを知り合おうじゃないか」


 そう言い放った瞬間も、もちろんマイアの槍はトゥマットの首筋に添えられたままだった。


「……つまり、互いを知る機会を設けよう、ということか……」


「お互いを知ってれば、今回みたいなことにならなかったかも知れない。あるいはもっと根深く恨み合ったかも知れないな。だけど、よく判らずに食い散らかされるよりはいいだろう? それともそっちがお好みか?」


「……いいや、あまり好きにはなれそうにない」


「だろ? それじゃ、使者団を寄越すときにはちゃんと先触れを出してくれよ。こっちだって迎える準備が必要だからな。それと、判ってるだろうが今回の襲撃に関しての賠償なんかないぞ。命が助かったんだからそれで納得しろ」


「ひとつ、聞かせてくれ」


 そう言ったトゥマットの表情には、貴族らしい見栄や領主らしい責任感がなかった。少なくとも、レガロには見えなかった。


 あったのは、単純な好奇心だ。

 ただの疑問。


「おまえの欲しいものは、なんだ? 今回のこれで、おまえはなにを得られる?」


 回答は、単純で理解不能だった。

 晴れた休日に家を出た子供みたいに笑いながら、クラリスは言った。


「欲しいのは、尊敬すべき隣人だよ」






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クラリスはもう人のメンタリティじゃないっていうか”クラリス”って生き物なんだな…
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