077話「獣王の戦_02」
実を言えばクラリス・プリンセス・グローリアはお姫様抱っこされてはいるものの、城というものに入ったことがない。
グローリア伯爵領は王都から遠かったし、貴族の子女が社交界に出るのは魔力測定が済んだ後だ。『無才』の私をそんな場所に引っ張り出したところでグローリア家にとって良いことなどひとつもない。
ともあれ、そんなわけで私にとって生まれて初めて入る城がスペイド城なわけだが――城壁の門はランドールの爪でぶっ壊されていたし、本丸というか城そのものに設えられている門も同じ運命を辿っていたし、そこから中に入ってみればいくつかの死体が立派な床石を赤黒く染め上げていた。
ろくなもんじゃない。
が、まあこんなもんだろうという気もした。
無血開城になるわけがない。
「ひでぇもんだ。……それで、領主がいそうな場所まで案内すりゃいいんですかね、クラリスのお嬢さん?」
複雑そうな苦笑を浮かべてわざとらしく肩をすくめるレガロだった。元職場の現状を眺めて、思うところがないわけがない。
にも拘わらず悲嘆にくれたりせず、苦笑いで内心を押し込めて、どうするべきかを表に出した。好感触だ。悲哀や悲痛なんか寝る前に一人で吐き出せばいい。少なくとも、なにかやるべきことがある間は。
「ああ、それで構わないぞ。こうなってしまえば、たぶん逃げる間もないだろうからな。こうなってしまった城を見捨てて逃げるなら、それはそれでやりようがある。気楽に案内してくれ」
「りょーかいしました。真っ直ぐ向かいましょう」
同じように肩をすくめたレガロは、軽くも重くもない足取りで歩き出す。
私たちはその背中をのんびり追う――いや、まあ、私はユーノスに抱っこされているので歩く必要はないのだが。
ともかく。
城内を進み、中央の大階段を登って二階へ。その最中にも何処かから悲鳴が響いていたし、なにか水っぽいものが叩きつけられるような音も、響いていた。
ごじゅ。
べちゃ。
ぐじゃ。
そんなような、殺戮の音だ。
私のせいでたくさんの人間が死んでいる。唐突に、理不尽に、抗うことも出来ずに、否応もなく――かつての私に訪れたものよりも、ずっと突発的な死が。
だからどうした?
私は私の唇の端が吊り上がるのを自覚する。こんな有様になって、胸の内から苦渋だの後悔だのが喚き出さなかったことに、嬉しさを覚えてしまう。八つ当たりの結果に暗い歓びが浮かび上がらなかったことに、安心してしまう。
どうということもない。
そういうのは、もういいのだ。
そうして私たちは領主が控えているであろう謁見の間へたどり着いた。
◇◇◇
代わり映えのない地獄絵図だった。
とはいえ、領主が謁見の間にいるのかどうかを私は疑っていたのだが、どうやら余計な心配らしかった。獣王ランドールとその手下たちが、偉そうなやつらを謁見の間に集めていたからだ。もちろん武力をもってして。
「よう。遅かったじゃねぇか、クラリス」
なんか偉そうなやつの頭を左手で鷲掴みにしたまま、ランドールが私たちの登場に気づいてニヤリと笑ってみせた。
謁見の間に転がっている死体は……騎士みたいなのが三、魔法使いっぽいのが二、扉の前に立っていたであろう兵士みたいなのが二。
生きているのは、ランドールに掴まれている高級そうな衣服の人物を除けば、謁見用の椅子――王城であれば玉座みたいなそれの近くに転がされている貴族っぽいのが三。とりあえずはそんなものだ。
思ったより少ないな、というのが正直な感想。
それに――
「とっくに皆殺しにしてるのかと思ったぞ。偉そうなやつを生かして捕らえるなんて、獣の流儀じゃないだろうに」
「ここは人族の地だろうがよ。この地を奪うってわけでもねぇんだ、皆殺しにしたところで面倒になるだけ――だろ?」
言って、ランドールは掴んでいた誰かをこちらへ向かって放り投げた。
誰だか知らないが偉そうなやつが床にぶつかり、苦痛の声が漏れる。
「こいつは誰だ?」
腕の中から私を降ろしつつ、転がされたおっさんを眺めて眉を寄せるユーノス。視線には困惑も侮蔑もなく、単に僅かな疑問だけが浮かんでいる。
「さぁ? 本人に聞こうじゃないか。おい、無様なおっさん。おまえは誰だ?」
「うぐぐ……ど、どうして魔族と人族が……獣人共に……」
おっさんの顔面に浮かんでいるのは、複雑怪奇な感情だった。激しい困惑、深い憎悪、獣王に対する恐怖、私達への八つ当たりじみた敵意。
端的に言えば、配慮する価値のないもの。
「おまえは誰だと聞いているぞ。偉そうなやつだとは思うが、スペイド領でどのくらい偉いのかが問題だ。城にいるんだから領主だったりすると話が早いんだが」
「……私がトゥマット・スペイドだ……」
「ほう、なるほど。それはいい。嘘だったら殺そう」
にっこりとクラリスマイルをプレゼントしつつ、謁見の間に生き残っている他の連中へ視線を向ける。貴族っぽいのが三人、私と目があって思いっきり身を竦ませたのがちょっぴり面白かった。
こんな非力な少女に、そんな怯えなくてもいいのに。
くすくすと笑いながら、私は確認してやる。
「命が惜しかったら正直者になることだな。確認するぞ、こいつがスペイド領の領主、トゥマット・スペイドか?」
三人が三人、同じように首を縦に振る。
もし息の合った咄嗟の連携ですっかり騙されたのだとしても別に私はさほど困らないので、とりあえず頷くことに。
よく考えればレガロに確認すればいいだけなのだが、ここではあえてスペイド領を裏切った魔術師には一瞥も向けないでおく。
それから、なんとなくマイアへ目配せし、まだ転がったままのトゥマットを座らせることにする。わざわざ椅子を用意するのは面倒なので、そのまま床に。
「じゃ、改めてあいさつだ。はじめまして、領主。見れば判るだろうが、現在スペイド城は獣人たちの襲撃を食らって大変なことになっている。ちなみにさっきまでおまえの頭を掴んでいたのは、獣人の領域の王、獣王ランドール・クルーガだ」
「……そういう貴様は誰で、何者なのだ? どうして獣人の襲撃に魔族と人族が紛れている。それに――」
「なにが目的だ? とでも言いたいか?」
猜疑の眼差しに、せせら笑いを返してやる。特に楽しいわけではないが、これから楽しくなるかも知れないので先行投資だ。クラリスマイルはコスパがいい。
「そうだ。どうして獣人たちが我が城を襲う?」
「おいおいおい、記憶でも失ったのか、それともなにも知らされていないのか? 心当たりのひとつもないなら、おまえを殺して別に話の判るやつを呼びつけた方がいいかも知れないな。こういう脅し文句みたいなのもいちいち面倒だし」
「……獣人の村を襲撃した、その復讐か?」
苦々しげにこちらを睨み付けるトゥマット。獣人の襲撃には慣れていないが、人間相手の舌戦なら慣れているというわけだ。
「まあそうだな。雑に手を出すからこんなことになる。ともあれ、状況は理解しているか? 現在進行形で、今も城の人間が獣人たちに屠られている真っ最中だ。正気を取り戻したなら、やることがあるだろう」
「自決でもしろというのか?」
「はっ! そんなことをされて誰が喜ぶ? 少なくとも私は喜ばないな。そこの獣王も、おまえの命にはなんの価値も感じていない。生きようが死のうが知ったことじゃないだろうさ。そうだろ、ランドール?」
「ねむてぇ話はさっさと済ませろよ。暇で仕方ねぇ」
「お喋りくらい楽しめないのか? まったく、せっかちな王様だな」
本当に少し苛ついてそうなランドールに呆れて嘆息し、またトゥマットに向き直る。床にどっかりとあぐらを組んだ貴族のおっさんからは、特に威厳を感じない。かつての私だったら、もしかしたら感じていただろうか。
まあいい。
「私は親切だから、おまえのやるべきことを教えてやる。城に攻め入られ、抵抗もできずに圧殺され、こうして生殺与奪まで握られている。スペイド領主、トゥマット・スペイド――敗北を受け入れろ」
「敗北だと? そんなもの、見れば判るだろう。これが敗北でなくてなんだ!? この有様で、私がそんなものを受け入れてなんになる!?」
目を剥いて激高を見せる領主に、にっこりクラリスマイル。
とびっきりの美少女の、とびっきりの微笑みだ。
「決まってるだろ、トゥマット。負けた後は戦後処理をするんだよ」
お待たせしました。続きです。
今年はもっと更新したいと思ってます。(一年ぶり二回目)




