072話「獣の戦_07」
先行部隊を出発させ、私たちがガエリコ村へ到着するまでのタイムラグは、おおよそ一時間くらいだろうか。
急いで行軍したわけでもないので、大鷲人ブルノアが報告に舞い降りた中間地点が、もうかなり村に近かったのだろう。
で、到着した頃には、もうとっくに片がついていた。
人族は皆殺しにされていた――なんてオチでも私は驚かなかっただろうが、実際のところは皆殺しになっていなかった。
といっても、漫画や小説の主人公陣営でもあるまいし、不殺なんて不文律は存在していないし教えてもいない。そもそも獣王軍は私の指揮で動いていない。なので当然ながら人族の中にも死人は出ていた。
そして――というべきかは判らないが、マイアとキリナは私の要求をきっちりクリアーしていた。話の判りそうなやつを捕虜にするという任務だ。
「遅かったじゃない。こっちはとっくに終わってるわよ」
どうということのない調子で言うマイアだった。戦闘直後はもしかしたら高揚していたのかも知れないが、こっちの到着を待つ間にテンションが落ちたのだろう。
そんなマイアの足元には、縄でぐるぐる巻きにされた偉そうな男が一人と、特になんの拘束もされていないやさぐれた感じの男が一人。
捕虜らしき人族は他にもいたが、マイアとキリナが確保しているのはその二人だけだ。他の連中はかなりひどい怪我をして地面に転がされていたり、ボア・オークが背中を踏んでいたりと、なかなか素敵なことになっている。
「ひどいんですよ、クラリス様。連れて行ったくせに、マイアさん独りで突っ込んでいって、もう全部終わらせたんです」
「いいじゃない。とりあえず生きてるやつを生け捕りにしておこうってみんなに説明したのはあんたでしょ」
「殺すのは後からでもできるじゃないですかぁ」
むぅ、と頬をふくらませる子狐は愛らしかったが、科白は物騒だった。そういえばキリナの両親をひとまず殺さずに情報を吐かせたのは、私だったか。
後で殺して焼いたけど。
ひどい話もあったものである。
「まあいいさ。よくやったと言っておこう。それで――」
と、私はぐるぐる巻きの男と、ぐるぐる巻かれてない方の二人を見る。
ぐるぐる巻きの方はどうやら気絶しているらしく、身動ぎもせずにぐったりしている。身形からしておそらく貴族だ。甲冑というほどではないが胸当てや手甲などを付けており、衣服も随分と高級そうで、どの装備も使い込まれていない。
対して拘束されていない冴えない感じの中年は、魔法使いだろうか。いや、領に所属しているなら魔術師団の魔術師、というべきか。それっぽいローブを羽織っており、丈夫そうな衣服を身に着けているが、他の連中とは毛色が違う。
そいつは間抜け面で口を半開きにしたまま、私を見続けていた。
「やあやあ。たぶんハジメマシテだな。おまえが何処のどいつで、今回のこれがなんなのかを話してもらおうか」
「あ――あぁ、そりゃ、そうなるだろうと思ってたが……あんた、人族だよな?」
「たぶんな。質問に答えるつもりはあるか?」
にんまり笑いながら胸を張って見せれば、冴えない中年は肝を冷やしたように首を縦に何回か動かした。
「レガロだ。名前はレガロという。スペイド領の魔術師団、四番隊の中隊長だ。あらかじめ言っておくと、大した肩書じゃねぇ。今回は獣人の追撃部隊に編成され、そこで気絶してる指揮官殿の指示により、この村を襲って占拠していた」
「ほう。そこで寝てるのが指揮官殿か」
「騎士団の何番隊だかの隊長だったはずだが、すまんが名前を失念した。起きたら聞いてくれ。たぶん貴族だ」
「指揮官の名前を忘れたのか?」
さすがにちょっと驚いて聞き返す。何故ならレガロが嘘を言っているように見えなかったからだ。なんか、本当に名前なんか知らないっぽい。
「興味がなかったんでね。それに今回の遠征だって、命令じゃなきゃ来てねぇよ。まして獣人の村を占拠するだなんて、どうかしてるぜ」
「判ってるだろうが、おまえたちは敗者だ。特になにかの条約を交わした覚えもないし、こっちとそっちになにかの慣例があるとも思えない。つまり、おまえらの命運はまるごと全部、こっちが握っている」
「だろうな。こっちも好き勝手やらかしてる。文句は言えん」
うんざり、とばかりに肩をすくめるレガロである。
私はちょっと考えてから、直截的に訊いてみることにした。
「捕虜になってあれこれ情報を吐くなら、助けてやってもいいぞ。協力してるうちはそれなりの対応をしてもいい。裏切れば酷い目に遭わせるが――まあ、それは言うまでもないことだな」
さて、どうする? とばかりに視線を向ければ、レガロはさほどの間もなく首を縦に動かした。本当に、ごくあっさりと。
「投降する。指揮官殿は可能であればいたぶってから尋問していただきたいが、部下に関しては可能であれば生かして解放してやって欲しい」
「ほう? なかなか面白い注文だな。敵を生かしたまま解放しろと?」
「どうせなにも知らんし、捕虜に取れば手間が増える。それに――獣人のあんたらにとって、有象無象の人族を生かそうが殺そうが、さして変わりはあるまいよ」
言葉の後半は私へ向けられていなかった。
いつの間にやら楽しげな顔をして私の近くまで歩いてきた獣王、ランドール・クルーガーに対するものだ。
もちろんレガロは現れた獅子獣人が獣王だなんて知る由もないはずだが、その存在感を前にすればどんな間抜けにだって『こいつが頭だ』と理解できるはずだ。その上で、レガロは軽口を叩いてみせた。
「よう、クラリス。人族の雑魚の中にも、楽しいやつが混じってるみたいじゃねぇか。いつまで愉快でいられるか、俺に試させろよ」
くつくつと喉奥で笑いながらランドールは言う。
「駄目だ。それは私がもらう。そっちのぐるぐる巻きのやつが、指揮官らしいぞ。そっちはくれてやる。こっちは私が先に手を付けたから、私のものだ」
「へっ、魔族の娘っ子が確保したって話だモンなぁ? じゃあ仕方ねぇ、とりあえず今日はこの村で一晩明かすぞ。森に散ってるっつうガエリコ族の連中も呼び集めさせるし、あれこれお喋りしてもらう時間も必要だからな」
「……部下たちは、どうしますかね?」
さすがに引きつった笑みで、レガロはそれでも重ねて問いを投げた。
ランドールの方は口端を思いっきり吊り上げてから、ガハハと笑って見せる。
「いいさ。おめぇの言う通り、人族の木っ端なんざ俺らにとっちゃどうでもいいようなもんだ。お喋りが終わって、俺の気が変わってなけりゃ、解放してやるよ」
◇◇◇
上機嫌に笑いながらぐるぐる巻きの部隊長を手ずから引きずっていった獣王の背中を眺め、私は微妙な違和感に首を傾げていた。
ランドールなら誰も彼も躊躇なく殺していたとしても全くおかしくないと思っていたし、だからこそ私は捕虜をさっさと確保したかったのだが……なんというか、今のランドールは『話の判る指揮官』みたいだ。
傲慢な獣王、という印象からはちょっと離れている。
それとも、今のランドールの方がランドールらしいのだろうか。
「あれが獣王? あんまり王様って感じじゃないわね」
マイアが言った。槍の石突でコツコツと地面を叩いているのは、気慰みなのかなんなのか。苛ついているふうではないので、まあいいだろう。
キリナの方も少し微妙な顔をして獣王の背中を見送っていたが、ややあってからこちらの方へ歩いてきて、私の服の裾をぎゅっと掴んだ。
「クラリス様、それではどうしましょう?」
建設的な問だった。
さて、これからどうする?
いつだってそのことはとても重要なのだ。
他にも重要なことがあるのが、ちょっと悩ましいけれど。
感想いただけると嬉しいです。




