007話「双子_03」
ギレット姉弟について語ることは難しい。
姉のローラ・ギレットも、弟のトレーノ・ギレットも、自分たちのことをあまり話さなかったからだ。
双子の屋敷に滞在していたのは、三ヶ月ほどだっただろうか。
おそらく百日前後だと思う。
その間で彼女たちについて判ったことは、あまり多くない。
ローラは魔法以外ではワインが好きで、イルリウスの部下がちょくちょくワインを運んできた。食事の好みは赤身の肉を好んで食べる。
トレーノの方は炒り豆をいつもぽりぽり食べていたが、それは屋敷で姉といるときに限る。飲物に関しては、あまり酒は呑まないようだった。
二人とも人形めいた造形美の持ち主であり、姉のローラは加えて豊満な肉体を所有していた。弟のトレーノは痩せ気味の長身。どちらも性格さえまともであれば、異性に不自由することがなかったはずだ。
まあ、彼女たちが異性を求めていたかといえば、全くの否なのだが。
私が思うに、『異才の双子』は、魔法という謎にただ取り憑かれていたのではないか。人間というやつはどんなものにだって夢中になれる。彼女たちの場合、それがたまたま魔法であり、たまたま他の多くの者よりも強く深くのめり込んでいただけであり、不幸にもそれが許されてしまった。
ギレット姉弟は――予想はついていたが――貴族の子女で、生活に不自由のない暮らしをあらかじめ約束されていた。
そして貴族というやつは強力な魔法使いをとにかく欲している。双子と貴族的価値観は、厭な感じにウマが合ってしまったわけだ。
もちろん、彼女たちの家族はギレット姉弟がこれほどまでに削ぎ落とすとは思っていなかっただろう。ロイス王国の貴族的価値観に基づき、兵器としての魔法使いを求めては確かにいたのだろう。
だが、制御不能の破壊兵器など誰も求めていなかった。
そして……そして、と続けていいのかは判らないが、あのレオポルド・イルリウス侯爵閣下は、そんな破壊兵器を所持しようと決断した稀な貴族だったのだ。
家族に捨てられた、という点では私も同じだが、もちろん親近感など湧かなかった。それはそうだろう、身体が勝手に復元するからと、人の身体に実験的な魔法をぶち込み続けるようなプッツン姉弟に好ましさなど覚えるわけがない。
◇ ◇ ◇
双子の屋敷に滞在した百日のうち、何度か双子がいなくなることがあった。
彼女らがなにをしに何処へ行ったのかを私は知らなかったし聞かされなかったが、その何度かのうちに一度だけ、レオポルドが顔を見せに来た。
「このままでは、あの双子は使い物にならん。処分を検討している」
双子が好んで使う石造り剥き出しの広間ではなく、まともな応接用の広間で使用人の持ってきたローラのワインを飲みながら、侯爵閣下は不機嫌そうに宣った。
「それを私に言って、どうしろと?」
私は私で、レオポルドが手ずから注いでくれたローラのワインをちびちびやりながら首を傾げてみせる。
「あの双子と、これだけの時間を共にできているのは、今のところ貴様だけだ」
カメレオンのようなギョロ目が私を捉える。
尻を撫でられたような不快感は変わらず、私はグラスのワインをあおる。
「時間を共に、ね。侯爵閣下も不思議なことを仰るものだ」
「不思議とは?」
「彼女たちは、誰かと時間など共有していない。自分たちだけで世界が閉じていて、他のものは実験台か、実験体か、もしくは壁に過ぎない。あなたも、彼女らにとってはそのうちのどれかだろう」
「やつらがどう思っているのかなど、それほど重要ではない」
言って、レオポルドはグラスにワインを注ぎ足した。まったく下品な飲み方ではあるが、実に彼らしい飲酒だとも思った。
「あなたはなにがしたいのですか?」
ふと私の口からこぼれた問いは、私自身でも意外なものだった。
そう――わざわざレオポルドがクラリス・グローリアのような『実験体』をギレット姉弟に提供する必要などないのだ。
魔法をぶち込みたければ、何処にでもある戦場をひとつひとつ案内してやればいい。この世界に溢れている野盗だの盗賊団だのをモルモットにしたっていい。この世界には魔族という人間とは相容れない敵対種族だっているのだ。あるいは神々が創り出したとかいうダンジョンへ潜らせたっていいはずだ。
なのに、私を使った。
こうして進捗のようなものを窺いさえした。
レオポルドはたっぷり注いだグラスのワインを一息で飲み干し、絞り出すような声音でぽつりと呟いた。
「いずれ、今の貴族の時代は終わる。このまま行けば、必ず魔法を持て余す。そのときに今の国家という形態は耐えられん。力の大きさよりも、力の制御が必要になってくる。やつらの探求心は貴重だ。魔法の神髄に至れるのであれば、安い出費だ」
◇ ◇ ◇
レオポルドが恐れているのは、おそらくインフレーションだ。
もっと強い魔法を、もっともっと強い魔法使いを、さらに強い魔法を、その使い手を――そうして純度を高めていった結果、何処に至る?
私の知る地球では、使ってはならない兵器が世界中にあふれていた。
そしてきっと、何処かで誰かが使うだろう。
この世界のインフレーションはもっと早いかも知れない。
生活文化などは、いわゆる剣と魔法の世界のそれだというのに、人を殺す技術においては地球も顔負けだ。魔法使いが空を飛べる時代がくれば、航空爆撃だって夢じゃない。そういうことを、地球のことなんて知りもしないレオポルドが心配している。なるほど、確かに有能な人物だ。
別に、私だってただ双子に殺され続けていたわけではない。
彼女らが語る断片的な『魔法の神髄』を自分の中で咀嚼するくらいはしてきた。ただ、その学びを生かす場面がなかっただけだ。
まだ早い。
もう少しだけ、早い。
レオポルドの心配は実に正しいのだ。
局所的な観点において、すでに侯爵閣下の心配は的中している。
実際、双子の魔法は本気で放てば街ひとつくらいなら呑み込むだろう。
そして――たぶん、そういう魔法使いは、それなりに存在するはずだ。
制御。
制御せねば。
私はそうして百日ほどの時間を掛けて、自分を制御することを覚えた。
赤ん坊が立ち始めるくらいの時間は、やはり必要だったのだ。
不死の身体に慣れるためには。