066話「獣の戦_01」
魔境を出発してから十日ほど。
その間、カタリナ・グロリアスはじりじりと焦がれるような心持ちで馬車に揺られていた。隣に座っている妖狐セレナの娘キリナも同じような面持ちで、のどかな平原を進むだけの旅路が異様に長く感じられた。
早く逢いたい。
逢って――あの、不敵な笑みを見せて欲しい。
きらきら光る、金の髪。
きらきら輝く、あの瞳。
にんまりと曲げた小さな唇。
まだ子供のカタリナとそう変わらない背丈。
それなのに自信たっぷりで、なにもかもを向こうに回しても怯まず、なにひとつ恥じることなどないとばかりに堂々と胸を張る、あの姿。
あれが――私たちの『栄光』だ。
あんなふうに私たちはなりたい。
あの光を、早く見たい。
そう思いはしても、現実の問題を放り投げるほどカタリナは愚かじゃなかったし、もしカタリナが愚かだったとしても、同行者は違う。
昼夜問わず馬車を走らせたりすれば、結果的に到着が遅れる。旅路には我慢が必要なのだ。そんなことは誰もが判っていた。
よく晴れた空の下、穏やかな風の中、馬に無理をさせないで馬車を進ませる道程は、きっと傍から見れば平和の象徴かなにかに映っただろう。
朝も、昼も、夜も。
持参した食料を食べているときも、たまたま出会した野生動物を狩っているときも、その皮を剥いでいるときも、肉を焼いているときも、ずっとずっとカタリナは焦がれていた。
夜が過ぎ去るのを待つ子供みたいだ――と、後になって思った。
◇◇◇
いくつかの村を見つけ、その全てをただ通り過ぎ、そうしてやや大きめの町というか、集落に行き当たった。
なんというべきか、通りやすい場所を通っていたら必ず行き当たる、そういう立地にその集落はあった。
どうにか避けて通ることも出来そうだったが、案内のプーキー・シャマルによれば、この集落を通ることで獣王の都に連絡が行くらしい。
そんなわけで集落に寄ると、あっという間に獣人たちに取り囲まれた。
「何者だ、貴様らは!?」
警戒を顕にする犬の獣人に、しかしこちらは特に慌てなかった。
こういうときに対応するのは、ユーノスだ。別になにかの取り決めがあったわけではないが、魔境でユーノフェリザ氏族と別れて以降、ユーノスが自分たちの代表になっている。そのことにカタリナは異義などないし、他の者たちも同様だ。
ユーノスが、道を示した。
自分たちがどのような何者であるかを。
そこに否などなかった。
私たちは――グロリアスだ。
ユーノスが落ち着いた様子で獣人たちに対応し、カタリナたちもまとめて集落の奥へ移動することになった。
「見られてるね」
馬車を進ませている最中、キリナが頭の獣耳をぴくりと動かしながらカタリナに囁いた。そのことはカタリナも判っていたので、普通に頷いた。
「ここ、たぶん関所みたいな場所なのね。馬車が通れるように道が広くなってるし、建物の並び方から見て、表通りと裏通りに区画が別れてる。ここが表通りで、たぶん裏通りの方にはもっといるわ」
不審の色を隠さず馬車を眺めてくる獣人もいたが、裏通りの方にはもっと多くの獣人がいるだろうな、という感じがあった。
訓練と実戦の成果だ。
ユーノスに師事して魔力の操作を明確に意識するようになったこと、何度も迷宮に潜ったこと、それらの経験がカタリナの感覚を鋭敏にした。
馬車に注意を向けている獣人たちに、不審はあっても害意まではない――そのくらいのことも、なんとなく肌感覚で判る。
不審を向けられるのは当然だ。
自分たちは魔人種で、獣人と一緒に馬車に乗っているのだから。
獣人の案内で通されたのは、馬車を何台も収められそうな広場だった。集落そのものの面積に対して、明らかに広場が大きい。
しばらくここで待つようにと伝えられ、案内の獣人は少しだけ距離を置いた位置に立ち、見張りへと役職を変えたようだった。
「……クラリスのやつ、あたしらのことを伝えてなかったのかしらね?」
やれやれ、とばかりに肩をすくめるマイア。
「どうだろうな。あえて伝えなかったとも考えられるし、伝わらなかった可能性もある。いずれにせよ、いきなり襲われたわけではない」
誰に問うたわけでもなさそうだったが、答えたのはユーノスだった。マイアと幼馴染だということで、この二人はよく絡んでいる。
「歓迎してるわけでもなさそうだったけどね」
「それはそうだろう。俺たちの形を見て警戒するだけ――考えてみれば、それで十分だろう。実力行使も心配はしていたからな」
「獣人たちを皆殺しにするわけにもいかないものね」
軽く笑いながら、マイアは再び肩をすくめる。見張りの獣人がぎょっとしたように目を丸くしたのが、カタリナには少し面白かった。
「と、とにかく……あんたらのことが、俺たちには判らん。クラリス・グローリアのことも、ちょっと姿を見たことがあるだけだ。獣王様に認められたって話も聞いてるが、あんたらのことまでは聞いてない。今、確認を取ってる」
だから暴れないでくれよ、という言外の意を察し、マイアとユーノスは苦笑気味に息を吐いた。
もちろんカタリナだって暴れたいわけではない。
けれど、必要があれば躊躇しないだろう。
それはユーノスも含めた、カタリナたち全員の総意だ。
結局、そのまましばらく待たされた。
途中で獣人たちが気を遣って食料を持って来たが、ほとんどが燻製肉だったのは少し呆れてしまった。レクス・アスカが嘆いていたように、獣人の領域では調理という概念があまり発達していないようだ。
日が落ちた頃、広場に篝火が焚かれた頃、妖狐セレナが現れた。
供もなく一人で、散歩の途中みたいな調子でふらりと現れ、カタリナやユーノスへ手を振って見せる。
「――セレナ!」
喜色を隠さず駆け出したのは、キリナだった。訓練の成果を遺憾なく発揮した速度で走り、そのままセレナの胸に飛び込んだ。
たぶんクラリスだったらさっと避けていただろう。でもセレナは避けなかった。大きな胸の中にキリナを抱きとめ、わしゃわしゃと頭を撫で回す。
「おうおう、どうしたどうした? 少し会わなかった間に、随分と甘えん坊になったのじゃな、キリナよ」
くすくすと妖艶に笑いながらセレナは言い、すぐに笑みを引っ込めてユーノスらへ視線を移した。
「良い機に来たな、ユーノス。それに他の皆も」
「呼ばれて来たぞ、セレナ。クラリスはどうした?」
「獣王たちとの会議に参加しておるよ。クラリスがなにをしようとしているのかは、我は知らん。必要だからお主らを呼んだのじゃろ。あとは当人に訊けばいい。我はお主らの身柄を引き受けに来ただけじゃ」
「獣王たちとの会議?」
プーキーからの証言で、クラリスが獣王ランドールに認められたことは知っている。だが、重要な会議に参加するような位置にいるなんて知らなかった。
セレナは言う。
「驚け――いや驚くな。人間の軍が獣人の村を襲った。そのことで獣王たちが会議をしている。獣王が行くか、行かないのであれば誰が行くか、そんなところじゃろうな。あの獣王が動くか、動かんか、そこがおそらく問題じゃ」
◇◇◇
そのまま夜を明かし、朝を迎えた。
カタリナたちにとっては旅路の延長でしかなく、特になんの不満もなかった。夜に誰かが見張りに立つのも、この十日間で慣れたものだ。
見張りの獣人たちに聞かれぬよう、セレナが声を潜めて語ったのは、レクス・アスカとプラド・クルーガの企み。
獣王の息子による、獣王殺し。
プラドを王にすべく獣王を裏切った親衛隊。
具体的な策謀に関しては、セレナは知らないらしかった。あの女豹はそこに関してなにも語らなかったという。ただしクラリスは彼女の企みについて勘付いているようだった、とも。
――だいたい予想できてるぞ――
――反獅子連はおまえの手の中――
そんなようなことを、クラリスは言ったという。
レクスはそれを否定しなかった。
「いずれにせよ、クラリスが俺たちになにか言うだろう。必要があって呼びつけたはずだ。あいつの言うように動くだけだ」
あっさりと言いのけるユーノスに、全員が同意した。
謀り合いに参加するために来たわけではない。
自分たちは、戦力だ。
クラリス・グローリアに使われるために来た。
この日はセレナとキリナが一緒に寝て、曲剣使いのジェイドと蜥蜴獣人のアストラが夜番に立った。妖狐とその娘がお互い以外に聞こえない声量でしばらくぼそぼそと喋っていたが、カタリナはあまり気にせずさっさと眠りについた。
羨ましい、みたいな気持ちがまるで湧かない。
そのことが少し嬉しかった。
夜が明け、獣人たちが持ってきた食事を済ませた頃。
獣王の軍勢が現れた。
その中に、クラリス・グローリアがいた。
感想いただけると嬉しいです。
誤字報告くださる方、ありがとうございます。助かります。気をつけてはいるつもりですが、思った以上に誤字まみれですみません。
それから、そろそろ楽しみにしてたゲームが発売するので、更新ペースが鈍ると思います。
今度は「一年更新しない」みたいなことがないようにしますので、よかったらまたお付き合いいただければ嬉しいです。




