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悪徳令嬢クラリス・グローリアの永久没落【書籍化】  作者: モモンガ・アイリス


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065話「嵐の前の_05」





 魔境の近くにあったスーティン村、モンテゴらオークたちが暮らしていたあの村では、小麦を耕作していて驚いた覚えがある。


 モンテゴは言っていた。

 乱暴者のオークもいたが、そういう連中は他の種族との争いに負けて淘汰されていった。モンテゴたちのような、争いを好まない種族だけが必然的に生き残った。


 おそらく獣の世界であれば、モンテゴたちも駆逐されていただろう。

 野生動物が他種族を絶滅させないのは、自然界の調和がどうたらという説もあるが、話は単純なのだ。狩り尽くすと自分たちが困る。そして切羽詰まっているときは、後で困ったとしてもおそらく狩り尽くすだろう。

 ということは、狩り尽くして困らないのであれば、獣は絶滅危惧種に対する保護概念など働かせない。後で困らないなら、構わない。それだけの話だ。


 獣人は違う。

 モンテゴたちのような生産者を、意味なく殺すほど彼らは愚かではないのだ。獣人は獣人を食べない。……いや、どうだろう、もしかしたら食べるのかも知れないが、別にわざわざ獣人だけを食べるわけじゃないだろう。


 ともあれ、そんなわけで乱暴者のオークは乱暴者であるという理由でいなくなってしまった――が、何事にも例外はある。


 獣王ランドールの親衛隊には、ボア・オークがいた。



◇◇◇



「そういうわけでオレぁランドール様に喧嘩を売ったわけだ。生き延びたのは、手加減されたってことだろうな。オレらみてぇなオーク族が珍しいって言ってたな。そんで、手下になれってよ」


 都のちょっと北側にある草原。

 そこそこ近くに小規模な森林があり、川があり、南下すればすぐ都に戻れる、そんなロケーションだ。

 焚き火を熾し、仕留めた草食獣を焼きながら、私ことクラリス・サバンナ・グローリアはボア・オークの話を聞いていた。


 モンテゴたちオーク族は、ほとんど体毛がなく、血色の良いピンク色の肌をしている。体長は二メートルから三メートルほど。総じて気が優しく、よく懐く動物みたいにつぶらな瞳をしていた。


 対してボア・オークは、なんと体毛があった。

 ごわごわした硬く黒っぽい毛が、全身を覆っているのだ。頭髪もあるが、彼らの場合は体毛と表現した方が近い気がする。オークが豚獣人なら、ボア・オークは猪獣人で、見た目もまあそんな感じだ。体格は、オークよりも明確に強そうである。


 ガハハと笑いながら、たぶんまだ生焼けの肉に食らいつくのは、ボア・オークの頭領であるゾンダ・パウガ。

 ランドール親衛隊の獣人であり、プラド・クルーガやレクス・アスカの企みとは無関係の男だ。


 周囲にはゾンガだけではなく、彼の部下であるボア・オークが数人と、何故か付いてきた狼獣人の女戦士リル・リグリィル、そして一定距離を保った位置におなじみとばかりに待機しているのは兎獣人のルーチェ・ルビア。


 今回はボア・オーク、その頭領たるゾンダとの交流がメインなので、リルやルーチェは求められたとき以外はあまり口を開かなかった。


 そしてそのことを、ゾンダは気にも留めていない様子。


「そう考えりゃ、クラリスの嬢ちゃんはすげぇやな。オレにはできなかった。ぶちのめされて、這いつくばって、ぎりぎりのところで許されただけだった。おめぇは違う。げらげら笑いながら、獣王様に認められたんだ」


 ほら、食え――と言いながら、生焼けの肉を渡される。

 私はちょっと考えて、ひとまず肉に齧り付いてみた。ちゃんと血抜きをしてないので、ものすごくワイルドな味がしたが、まあ不味くはない。


 よく考えると、獣人の領域では塩が貴重なのだ。

 ほとんど交易をしていないから、ないものがないままで改善されない。調理という概念すら輸入していないのは、彼らの性質というよりは性格がそうさせるのだろう。いわゆる発展や進歩のようなものを、獣人たちは積極的に望んでいない。


 少なくとも、私からはそう見えた。


 オークたちもそうだし、反獅子連に住処を追われた連中もそうだった。彼らの望みは一貫して『元の生活』だ。もちろん、そんなものは一度崩れたら二度と戻らない。それを知っていながら、彼らは新天地ではなく元の生活を願っていた。


 だからこそ、獣人社会全体の進歩を考えているレクス・アスカの異常性が浮き彫りになる。

 いや、あるいはそういう異端を獣人社会は排除し続けてきて、たまたまレクス・アスカの排除には失敗したというだけかも知れないが――。


「クラリスの嬢ちゃんもよ、しばらく獣王様んところで楽しくやってりゃいいやな。大したことは起こらないが、呑気な毎日がずっと続くと、そのうち変なことが起きる。オレぁ頭が悪いけどよ、そういうのは判んだ」


 むしゃむしゃと半生の肉を咀嚼しながら、ゾンダは何処か遠くを睨むようにした。オークたちのつぶらな瞳とは違う、身の内に暴力を宿し、それを行使することに慣れた者の眼光だ。


 悪いやつではない。そのことはよく判る。

 性質の問題――いや、問題ですらない。

 性質の違い、だ。



 ――()()()()()()()()



 全ての諍いの原因といってもいい。ときに些細な、ときに致命的な、差異が生む決裂。()()()()()()()、それだけの理由で別のナニカと相克してしまう。


 それを、今の私は知っている。

 火に炙られる前は、知らなかった。


 そういうことだ。



◇◇◇



 そのまましばらく、仕留めた獲物がまるまる一匹食い尽くされるまで、私はゾンダ・パウガの話を聞き続けた。


 喋ってみた感触としては、獣王ランドールと似た者同士といった印象だ。粗野にして豪胆、単純で明快。動機と行動が明確に繋がっていて、解り難さがない。

 語られる過去も、概ね印象通りのものだ。

 ムカついたから殴った、侮辱されたから殺した、従わないから暴力を使った。獣王に逆らったのも、従いたくなかったから。獣王に従うことになったのは、敗北して、降伏が許されたから。


 それらの単純さは、彼らの強さに起因する。

 強さというものは、我慢を打ち消すのだ。

 弱ければ我慢しなくちゃならない。人間社会、貴族社会だってそうだ。立場が上、位が上、それは形を変えた『強さ』だ。

 なんだったか……あらゆる強さは暴力に還元できる――なんて、そんな文言をどこかで聞いた覚えがある。この世界ではなく、かつて暮らしていた遠い世界で。


 私は我慢してきた。

 今は、もういいと思っている。

 そんなようなことを考えていたときだ。


 ――鳥が地面に影を落とした。


 ふとそれに気づき、影が妙にでかいことにも遅れて気付く。影がどんどん大きくなり、天を仰いで影の主が鳥じゃないのを理解する。


 大鷲人。

 ブルノア・キスクではない。彼の部下――といっても、大鷲人の総数はかなり少ないらしいが――その一人だ。ブルノアが中年を越えたあたりの騎士、という印象なら、降りて来た彼はまだ少年の面影を残している。


「クラリス・グローリア!」


 よく通る声で私の名を呼び、すぐ近くに舞い降りる。

 きりっとした眼差しはまだ青く、真剣そのものだというのに、私はちょっと微笑ましくなってしまう。実年齢では私の方が若いのに。


「そんなに大きな声を出さなくても聞こえるよ。名前はなんだっけ?」


「クオンだ。クオン・キスク。……ゾンダ・パウガ殿、リル・リグリィル殿、ルーチェ・ルビア殿、歓談中に失礼する」


「そりゃあいいが、随分と慌ててるじゃねぇかよ」


 いい、というのは本音らしく、ゾンダは気に障ったような素振りを見せない。それでもクオンは軽く頭を下げ、体ごと私に向き直る。


「クラリス・グローリア。貴様の仲間だという魔族がやって来たぞ。貴様に呼ばれたと言っているが、本当か? 貴様には魔族の仲間がいるのか?」


 真剣極まるクオンの眼差しと言葉を受け、そういえばそんな頃合いだったな、と私は思った。私たちの拠点から獣王の都までの移動日数を考えるに、プーキーの到着から即座に動き出したようだ。


 そのことが嬉しくて、思わずにんまりと笑んでしまう。

 クオンは私の笑顔があまりにも眩しかったのか、わずかに眉尻を動かした。相貌に浮かぶのは小匙一杯分の怯え。


 私は言う。


「紫色の肌の連中で、私の仲間だと言ったんだな? だったらそいつらは私の仲間だが、魔族じゃない。魔族は魔王に従う連中のことだからだ。あいつらは魔人種ではあるが、もう魔族じゃない」


 栄光の氏族(グロリアス)だ。

 私の姓から取って、自分たちで名乗った名だ。

 己が()()()()()であるかを、自ら規定した証だ。


「ど……どうして魔人種を都に……」


 言いかけたクオンの言葉は、最後まで吐き出されなかった。

 何故なら影がもうひとつ落ちたからだ。


 先程と同じように、落ちた影が大きくなり、大鷲人が舞い降りる。

 今度はブルノア・キスクだった。


 彼は能面みたいな無表情で、言った。


「人間の領域に一番近い村が襲撃された。襲撃犯は人間だ。人間の軍勢だ。すぐにランドール様のもとに集まれ。今後の動きを検討する」




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