064話「嵐の前の_04」
スペイド城とその城下は、いわゆる城塞都市になっている。
立地としては王都から西端、ロイス国内では獣人の領域に最も近い場所であり、魔境の森が北側に伸びた位置でもある。
獣人たちが直接的に侵略するには森を越える必要があり、魔族の侵攻に対しては魔境が深くないせいでそれほど警戒しなくてもいい、そんな場所だ。
ようは『ここはロイス王国だ』という主張のために存在している辺境領、それがスペイド領である。
スペイド城は、だから最初から計画的に建造された『砦』としての意味合いが強い。城塞都市であることもそうだし、都市の構造そのものが守ることに秀でている。現在のところ侵略された歴史はないが、最初から獣人たちの侵攻を考えて造られた場所なのだ。
そんな場所の、よりにもよって城の中心、中庭に――死体がひとつ。
中庭へ入るには城内の回廊を経由しなければならず、城の外から直接中庭に入る方法はない。面積としては、ちょっとした庭園に、小さな建屋が――これは保存用の薪などを置いておくための場所だ――いくつかと、領主の子どもたちが訓練用に使うような広場がある。狭くはないが、別に広大な面積でもない。
庭園の、白い花が咲いている花壇の真ん中に、死体。
成人男性の死体だ。
それも平民ではなく、衣服から見るにおそらく貴族階級。
打ち捨てられた人形のように奇妙な姿勢で、花壇のやわらかな土に埋もれるようにして、そこにある。
外傷は――獣に食い荒らされたような、裂傷が多い。
「どういうことか判るかね、魔術師団中隊長殿」
現場を保存していた騎士団員、おそらく中隊長あたりの中年男が言った。レガロは彼の名を思い出せなかったが、好感を持たれていないことは判った。
「どうもこうも、今まさに現場を見たばかりですのでね」
「昼下がりからいい身分だな。魔術師団員でなければ殴り付けて水場に叩き込んでやったところだ」
ぎろりと睨まれる。ただし言葉の中に皮肉はあっても嘲りはなかった。単純に、酒臭いレガロへの苛立ちを見せているだけ。
「そいつは失敬。なにせ非番だったのでね。ええっと……そちらは……」
「タートン・レグラック。スペイド騎士団二番隊副隊長だ。レガロ魔術師団二番隊副隊長殿とは何度か顔を合わせたことがあったはずだが?」
「そのときはこちらに酒が入っていなかったのでしょうよ」
「実力は確かだと聞いている。我々では魔術が使われたかどうかの判別がつかない。『爆圧』の魔術師殿であれば、多少の酒精など問題あるまい」
「ご期待に沿えられればいいですがね」
雑に肩をすくめ、レガロは花壇に転がる死体へ意識を向ける。タートンもそれ以上は皮肉を上乗せせず、眉根を寄せて同じようにした。
なんというべきか……ここで殺されたというより、誰かがこの場所に死体を放り込んだ、とでもいうふうに見えた。
成人男性で、衣服から見るに貴族階級、全身に裂傷……獣の爪で引き裂かれたような傷が見られるが、死体の周辺に血痕がない。少なくとも、彼がここで獣に襲われたのではなさそうだ。
そもそもスペイド城で人を引き裂くような獣が飼われているだなんて、レガロは見たことも聞いたこともなかった。
「どう見る、レガロ殿」
皮肉も嫌味も含ませず、タートンが問う。
もちろん言われるまでもなく魔力索敵は行っている。なにかしらの魔術が使われた痕跡があれば、違和感としてそこには魔力的な痕跡が残されるはずなのだが……なにも感じない。
そう、魔術が使われたような感じが、全くないのだ。
「少なくとも、何者かが運び込んだ死体が魔術によって隠蔽されていて、その隠蔽が解かれた――というわけではなさそうですなぁ」
思ったことを口からこぼしつつ、レガロは洞察を続ける。
「もちろん転移系の魔術を使われた可能性も薄い。というより、ない。そんな大魔術が行使されれば寝てても気づく。もし私が気づかなくても、誰かしら気づくはずだ。そういう可能性は排除していいでしょうな」
だとすれば、どうなる?
レガロはさらに自問自答を続ける。
「ならば他の魔術はどうだ? 隠蔽の痕跡も、他の魔術の痕跡もない。だとすれば、別の場所からこの場所を狙って死体を放り込んだ、という可能性がある。騎士殿、この死体が『出現』した時間、目撃者はいなかったのですね?」
確認の意味合いだ。
どのようにして死体が『出現』したのかが判明しているなら、もっと別の形でレガロは呼び出されている。こんな曖昧な状況にはならないはずである。
「うむ……。現在のところ、確認できている状況はこうだ」
酒臭い息を吐きながらも冷静に考察を進めるレガロに、タードンはやや気圧されたように補足の説明をした。
死体の発見は、つい先程。
まだ昼の鐘が鳴る前――そろそろ鳴る頃だろうか――専属庭師がいつものように花壇を訪れたところ、この死体に出会した。
今朝の時点で領主の息子と娘が花壇を訪れており、その際は死体など見ていない。見ていれば大騒ぎになっていたはずだ。護衛騎士やメイドも付いていたのだから、死体を見落としていた可能性もないと断じていいだろう。
死体を隠蔽していたような魔力痕跡も、ない。
「ということは……つまり、子息殿が中庭に訪れてから、庭師が発見するまでの間に、死体が運び込まれた、ということになりますね」
ごく普通の結論になった。
タートンも文句はないようで、ただ頷く。
「うぅむ……だが、レガロ殿。一体誰が、何の目的で、どのように『これ』をこんな場所に運び込んだのか。それが問題であるな」
おまけに、死体を運び込む際は誰にも見られず、だ。
「それと……『これ』が誰なのかも、ですね。身形からして平民ではなさそうですが……一体、なにをどうすればこんなことになるのでしょうか?」
頭に回っていた安酒はすっかり抜けてしまって、レガロは死体の様子から浮かび上がる疑問符の数々を処理しなくてはならなかった。
おそらく貴族であろう死体。
その死体は獣に攻撃されたような裂傷が多く見られる。
城の中庭に死体が『出現』している。
しかし魔術的な痕跡は見当たらない。
目撃者はいない。
誰かが死体を運び込むには、時間が限られすぎている。
何故?
どうして?
どのように?
いつ?
誰が?
なんのために?
この中で辛うじて限定できるのは、『いつ』くらいだ。
そもそもどうして『これ』は殺された?
なにひとつ判らない。
少なくとも、現時点では。
「情報が――」
足りない、と言い切る前に別のモノが駆け込んで来た。
身に着けている軽鎧からして城外の騎士団員。相貌にはレガロの部屋に駆け込んで来た魔術師団員と同じような焦燥が浮かんでいた。
騎士団員はレガロではなく騎士団の中隊長の前へと駆けてきて、息を切らしながら、それでも背筋を伸ばして大声で言った。
「報告します! 獣人の談判が――獣人たちは、彼らの子供が我々に拐われたと言っております! 獣人の部族が複数、城門に集まっています!」
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