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悪徳令嬢クラリス・グローリアの永久没落【書籍化】  作者: モモンガ・アイリス


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063話「嵐の前の_03」





 レガロはスペイド領に所属する魔術師である。


 歳は今年で三十四。

 家名がないのは平民出身だからで、魔術師団において中隊長という地位にまで登ったのは、ひとえにその実践的な実力のおかげだった。


 スペイド領はロイス王国において西端に位置する辺境領だ。同じ辺境でも魔族領との境にあるエスカード領とは違い、魔族による侵攻があるわけではない。魔境の名残めいた森林が領の西側にあるが、さほど深い森ではなく、出現する魔物の種類も大したものではなかった。


 が、それでも魔物は魔物、脅威は脅威だ。


 レガロが子供の頃、暮らしていたのは森の近くにある村だった。林業で生活を賄っており、当然だが村人は森に入って樹木を伐採しなければならない。

 となれば、必然的に魔物に出会してしまう。

 頻度は高くないが、それでも無視できるものではない。


 辺境領のさらに辺境だというのに、だからレガロの村には戦力があった。引退した騎士や魔術師が老後の暇つぶしとばかりに村へ逗留し、木こりに同行して時折現れる魔物に対処した。


 村にいた好々爺のような魔術師は、レガロに才を見出した。

 見出された才は、それなりのものだった。


 そうして今、レガロは割り当てられた個室で美味くもない酒を舐めている。



◇◇◇



「つまんねぁなぁ……」


 ここ数年で口癖になってしまった科白を無意味に口からこぼしながら、レガロは木杯に注いだ安酒をちびちびと舐めていた。


 領の魔術師団という所属を示すローブはだらしなく着崩され、肩のあたりまで伸びた髪は整えられておらず、髭もほとんど伸びっぱなし。魔術師団の個室よりも安酒場の方がよほど似合うだろう。


 本人としても、そう思っている。

 一体なんだって自分はこんなところにいるのだろうか?


 最初は村の魔術師に魔術を習った。ほとんどすぐに村の戦力として働けるようになった。スペイド領西部の森に出現する程度の魔物なら、幼いレガロであっても十分に討伐可能だった。


 レガロが得意としたのは、火系統魔術の派生にあたる『爆圧』の魔術だ。

 これは一般的に使用されるものではなく、半ばレガロ独自の魔術である。空間上の任意の場所に『爆圧』を生じさせる、ただそれだけ。中心点には熱こそあるものの、火炎や発光を伴わない。

 森に現れる魔獣を退治するために編み出したものだったが、エスカード領での戦争に呼び出されては、魔族相手に放つこともあった。


 森で魔物を退治するのを続けているうちに魔術は洗練された。十五になる頃、村に逗留していた魔術師の伝手で魔術師団に呼び出され、所属し、いつの間にか――そう、本当にいつの間にか――中隊長の地位まで登ってしまった。


 そしておそらく、これで打ち止めだ。


 元来、魔術や魔法は貴族のもの。貴族同士の婚姻が魔法の資質を重要視するのは有名だが、彼らは血脈を重ねて強力な魔術師を生むのだ。レガロのような突然変異的な魔術師は非常に珍しい。


 入団してからずっと、レガロは貴族たちのやっかみに晒され続けてきた。貴族でない魔術師は、貴族たちに疎まれるのだ。

 それでも中隊長まで登ったのは実力があるからだが……しかし、レガロの実力はそういったやっかみの全てを黙らせるほど飛び抜けているわけでもない。


 実践的で有能だが、飛び抜けた異常性はない。

 そのことはレガロ本人がよく判っていた。


「こんななら、現場出てる方がいいよなぁ……」


 へらへらと意味もなく薄笑いを浮かべながら、レガロはまた酒を舐める。

 中隊長にもなってしまうと、現場で魔術を行使するよりも、事務仕事や誰かからの相談といった案件が増える。持っている権限も中途半端なので、手に負えなければ師団長あたりに投げることになる。


 つまり、やりがいがなかった。

 そもそもレガロは魔術師になりたかったわけではない。

 ただ、村の役に立って、死人を減らしたかっただけだ。


「辞めっちまおうかなぁ……」


 呟きながら、しかしわざわざ上司に辞職を願うこともないだろうな、とレガロは自嘲する。生まれ故郷の村はもうないし、行くべき場所も判らない。

 あと十年若ければ国外に出て未知のダンジョンにでも挑んだかも知れないが、そういう若さはもうなかった。


 このまま、樽の中の酒みたいに時を過ごすのだろう。

 諦め半ばに思いながら、安酒を舐める。


 きっと明日も、明後日も――。

 と、思っていたのに。



◇◇◇



「レガロ中隊長殿!」


 派手な音を立てて個室の戸を開けたのは、レガロの直属の部下ではなく、別の隊の魔術師だった。所属を示すローブの意匠からそれが判る。


 まだ年若く、大した魔術も使えない。

 それは魔術師団の平団員に共通する特徴である。彼らは貴族の血を引いており、大した実力がない。さらに言えば実家の中でさしたる役割を担っていないはずだ。当主の長男だとか、そういう者はわざわざ魔術師団の平団員にならない。


 つまり、末端貴族の若者だ。

 多少なりとも魔術が使えるだけの。


「ああ? なんだ? おまえさんは……どこの所属だっけか?」


 焦燥した様子の団員に、レガロは酒の回った頭でもただならぬものを感じ、木杯を机に置いて問いを浮かべる。


「三番隊のマグ・マデューカスであります。待機中の中隊長殿がレガロ師しかおりませんでしたので、報告に……」


 言葉の中に見下しや嘲りが含まれていないのは好感触だった。魔術師団員はレガロが貴族でないことを知っている。だから平団員であってもレガロを見下す者は多かった。


 今更、そのことに憤るほどレガロは若くない。

 だからといって愉快では全くないが。


「報告とはなんだ?」


「その……死体が……城の中庭に……()()しました」


「……はぁ?」


 ()()()()()()()

 反射的に疑問符が口から吐き出されたのは仕方がない。それほどに意味不明だった。迷宮のアンデッドでもあるまいし、死体は出現したりしない。


 マグは当惑を顔中に浮かべながら口を開く。


「と、ともかく……現場まで来ていただけますか……。我々では魔力的な残滓の確認ができません。なんらかの魔術の可能性がありますので……現在は騎士団が現場を保存しております。魔術痕跡の確認を要請されましたので……」


 居所の知れているレガロのもとに駆けつけた、というところか。

 他隊の中隊長や隊長の居所をレガロは頭の中で考えたが、何処かへ出払っているか、もしくは非番かだ。待機任務に当たっているのはレガロしかいない。


「あー……つまり、なにか? 何者かが魔術を使って、城の中庭に死体を出現させた可能性がある、と。そう言いたいのか?」


「その可能性が否定できません」


「つまり……中庭に、死体がある。出現した、ということだな?」


「そうなります」


「なるほど」


 と頷いたものの、レガロにはなにも判らなかった。とりあえず頷いただけだ。


「……ともかく、現場へ案内しろ。マグ・マデューカス」


 言って、木杯を机の上へ置き、立ち上がる。

 マグはわずかだけほっとしたような顔をして、敬礼を返した。


「了解であります。レガロ副隊長殿」






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