060話「鍛冶と迷宮_02」
日々は流れて行く。
ラフトの鍛冶は日に日に上達していく実感があり、しかし上達を感じれば感じるほど親方であるドゥビルへの遠さが理解できるようになった。
「昨日今日に本腰入れたようなガキに追いつかれちゃ堪らねぇよ」
と、ドゥビルは笑って言う。
物心付くより前から鎚を振り、身近なほとんどの者から鍛冶を叩き込まれる。それこそ自分が焼けた鉄であるかのように――そんな少年時代をドゥビル・ガノンは過ごしたそうだ。
それがどうして魔族の領域でディーハッツ氏族の奴隷になったのか、そこに関しては説明がなかったのでラフトには知る由もなかったが、少なくとも今のドゥビルはそれなりに楽しそうだった。
武具の鍛冶をラフトに教え込む傍ら、自分はクラリスが発案したという様々な『部品』の作成に当たる。鍛冶というより、どちらかといえば開発に近い作業だ。一体なにを作っているのかはラフトには判らなかったし、ドゥビルですら正確には理解していないようだった。
例えば溶けた鉄を鍛造せずに小さな穴から押し出すようにすると、細く長い鉄線をつくりだすことができる。急冷せずにゆっくりと冷ますのがコツで、そうするとやわらかな状態の鉄線になる。
これをなにに使うのか? 答えは「いろんなことに使える」だそうだ。
物を縛るだけなら樹皮を編んだ紐でいいような気もするのだが、はるかに強く縛ることができるという。
それ以外にも様々なものをドゥビルは開発していったが、ほとんどの代物の用途がラフトにはさっぱり理解できなかった。
「親方は……その、クラリス様のことをどう思ってるんですか?」
このドワーフは、グロリアス氏族やオークたちと違って、あまりクラリス・グローリアと関わっていないはずだ。鍛冶場のある岩山地帯はスーティン村とも魔境の開拓地とも近くないし、クラリスにとってあまり用のない場所だ。
「嬢ちゃんのことを、か。そうさなぁ――」
ふぅむ、とドゥビルはごつい指で顎髭をつまみ、自分でつくった様々な金属部品を眺めながら言う。
「あのガキは言った。『欲しいのは奴隷じゃない。尊敬すべき隣人だ』と。儂に鎚を振るえと。斧を打ってやった。他にも欲しがるものは打ってやった。そうしたらあの娘は人を寄越してきた。飯も、知らん技術も。魔人種の弟子も……鍛冶士としちゃあ、至れり尽くせりってぇもんだ」
後は酒さえあればな、と口元を曲げる。
がははと口を開けて笑うドゥビルにしては控えめな笑い方だった。
◇ ◇ ◇
日々が流れて行く。
いつの間にか迷宮探索の人員からユーノスが外れ、カタリナとキリナが一緒にではなく別々に迷宮へ潜るようにもなった。
探索班が増え、鍛冶場に運ばれる鉱石も増えた。
決して無理をするなというクラリスの伝言はしっかり厳守されており、無理な日程で探索に挑んではいないらしいが、それにしても彼女らの成長は著しかった。
日に日に逞しくなっていくのが、ラフトにも判る。
逆にラフトは自分が成長している実感を覚えられなくなっていた。
ついこの間までの成長は一体なんだったのか――そう思ってしまうくらい、自身の成長が感じられなくなったのだ。
いつの間にか魔鉱石を含んだ魔鉄を打ち鍛えることはできるようになった。試しに短剣を二振り打ち、カタリナとキリナへ渡してみたが、強力な武器であるかどうかは、ちょっと自信がなかった。
もちろん魔鉄を打ち鍛えているのだから、そこいらの短剣よりはずっと強靱だ。実用に耐え得るのはドゥビルにも保証された。
しかし、だ。
どのくらい自分は役に立っている――?
判らない。それに考えてみればラフトは「役に立ちたい」わけではないのだ。役に立っていなければ居場所がない、という事実があるだけだ。
たぶんこれは誰かに聞いて解決する問題ではない。何故なら、誰に聞いたところで優しい答えが返って来るに決まっているから。
というような懊悩はあれど、手を動かすことは止めず、実感の湧かない成長を祈るような気持ちで鉄を打ち続けた。
そうして、その日は来た。
◇ ◇ ◇
岩山地帯に迷宮が出現し、鍛冶場に人がやってくるのが珍しくなくなっても、珍客というものは存在する。
その日の昼下がり、もはやオークたちの代表として誰からも認識されているモンテゴが、馬車と一緒にやって来た。
馬車に乗っていたのは、まずはユーノス。それから行商人のリーフ・リーザ、そしてクラリスと共に獣王の都へ向かったはずのコボルト、プーキー・シャマル。
「クラリスが呼んでいる。おまえたちも行くぞ」
と、ユーノスは言った。
この場合の『おまえたち』には、もちろんラフトは含まれていない。
◇ ◇ ◇
獣王の都で何が起こったのか。
これについてはプーキー・シャマルからの説明があった。鍛冶場の前に面々が車座に座り、各々が各々の面持ちで話を聞くことになった。
王都についてすぐに獣王ランドールに面会し、すぐに認められたという。それからクラリスは獣王の配下たちと交流し、レクス・アスカともなにやら企んでいる様子だったそうだが、その企みはプーキーには教えられなかった。
クラリスはしばらくの間、都の獣人たちと交流を深めることに集中していたらしいが、あるとき不意に「ユーノスたちを連れて来い」と言い出した。
何故?
少なくともプーキーには判らなかった。
「あーしにも判らないにゃ!」
胸を張って言いながらピザを頬張るリーフ・リーザだったが、特に誰もなにも言わなかった。キリナが追加のピザをそっと差し出してやっていたのは、はたして優しさなのかどうか、それもラフトにはちょっと判らない。
「おまえたちはどう思う?」
普段通りの顔をしたままでユーノスが問う。
ここでいう「おまえたち」には何故かラフトも含まれていたが、残念ながら答えの持ち合わせはなかった。
ないものばかりだ。
ないものばかりが、ある。
「そもそも……クラリス様って、レクス・アスカに協力するかどうかを決めるために獣王のところに行ったんでしょ?」
戸惑うようなカタリナの返答は、確認の意味合いが強い。
そうやって整理してみればどうにか理解できそうな気はしたが、よく考えてみればやっぱり意味不明だった。
「どうして私たちを呼ぶのか……みたいなことは、言わなかったのですか?」
キリナが問う。
しかしプーキーは困ったように首を横に振るだけ。
「ようするに――」
口を開いたのはマイアだ。
「――ランドールを殺す算段がついたってことじゃないの? だから戦力を自分のところに集めようってことでしょ」
「だったらそう言えばいいだろう」
混ぜ返したのはジェイドだ。彼には曲剣を打ってくれと頼まれているが、まだ満足な剣が打てていない。短剣よりも武器としての均整が難しいのだ。
「判っているのはクラリス殿の意思ではなく、レクス・アスカの意思だな。彼女はランドールを疎ましく思っている。個人的な意思というよりは、彼女なりの正義……まあ、正義のようなもの、とでもいうべきか」
ガイノスが呟く。
迷宮探索においてはユーノスが抜けた後、マイアとは別の探索班で斧を振るっていると聞いていた。やはり鉄を打つよりも敵を討つ方が肌に合っている、とは本人の弁だが、それはさておき。
確かに、あの女豹に我欲めいたものは感じなかった。
やるべきと思ったことをやっている――そんなふうに見えた。
「モンテゴ。おまえはどう思う?」
ユーノスが振る。
車座の中で一人だけ明らかに遠近感が狂っているモンテゴは――なにしろオークは身体が大きすぎる――なんだかよく判らないという顔をしながら腕組みをして首を傾げ、ゆっくりと答える。
「クラリス様がなにを考えてるかは、おでには判んねぇべよ。でも、クラリス様がやらねぇことは、なんとなくだけど判るべな」
「つまり?」
「簡単だべ。クラリス様は、おでらのことを大事だと思ってる。だから、クラリス様は自分のやりたいことより、おでらのことを優先しちまうべな。だから、クラリス様が来いって言うんだったら、行っておでらが損をすることは、ねぇんじゃねえべかな。おではそう思うべ」
言われてみれば、その通りだと思った。
もちろん根拠はない。根拠はないが、説得力はあった。
「でも――それじゃあ、あたしたち、クラリス様のお荷物じゃない!」
歯噛みしながら言ったのはカタリナだ。
口にこそ出さないが、隣のキリナも同じような顔をしている。
が、モンテゴは一切動じなかった。
「そうだべか? クラリス様はおでらを『荷物』ってふうに思ってるんだべか? もしそうだったら、なんでクラリス様はあんな楽しそうにしてたんだべ?」
確かに――そう、確かにその通りだ。
クラリス・グローリアは、あんなに楽しそうだった。
「でも、あたしは役に立ちたいのよ! クラリス様の!」
「そう思うんならそうすればいいべな。きっとクラリス様は喜ぶんでねぇべか」
ああ――と、ラフトは思う。
やっぱりクラリスは『役に立って欲しい』わけではないのだ。
だから、そう。
これはカタリナやキリナ、そしてラフトの問題なのだ。
「――で、どうする?」
何処か楽しそうにユーノスが言う。
この男がぶれないのは、きっと覚悟が決まっているからだ。
クラリス・グローリアがどう思っているとか、役に立ちたいとか、そういう次元にはもういないのだ。
そんなことは、考えるまでもなく理解すべきだった。
ユーノスが『グロリアス』を名乗りだしたのだ。
自分たちは、それに乗った。
そう、俺たちは――『栄光』だ。
「行くに決まってるでしょ!」
「行くに決まってます!」
立ち上がる二人に、ユーノスはひどく満足げな笑みを見せた。
「だったら行くぞ。おまえたちもそろそろ戦力として勘定してやる。たぶん、クラリスは望まないだろうがな」
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