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006話「双子_02」





 ギレット姉弟については、ロイスの学園でも有名だった。


 姉、ローラ・ギレット。

 弟、トレーノ・ギレット。


 二人合わせて『双子のギレット』、あるいは『異才のギレット』である。


 確かに彼女らは学園の有名人である。しかし、イルリウス侯爵の息が掛かっていることまでは、私は知らなかった。

 思い返せば、わざわざ『無才のクラリス』と仲良くしてくれる者は、あの学園にはいなかったのだ。情報通でないのも仕方がないことである。


 彼女らの異様さは、魔法のみに特化している点である。

 もっと言うなら、自分たちの魔法の研鑽にだけ、熱心なのだ。

 そしてそれを阻む者に対し、ひどく攻撃的だ。


 学園で三人の四肢を欠損させたのも、たしか彼女らに余計な絡み方をした莫迦の自業自得というふうに言われていた。

 もちろんギレット姉弟がイルリウスの子飼いであることも理由のうちだろう。わざわざ大貴族の子飼いに触って火傷をするなど、誰もしたくはない。


 レオポルド・イルリウスは私に「相手をしろ」と言った。

 火傷をしろ、という意味合いである。



◇ ◇ ◇



 イルリウスの城から馬車でおおよそ一時間ほどだろうか、郊外というにはやや辺鄙な森の手前に屋敷があり、そこがギレット姉弟の住まいらしかった。


 規模としてはグローリア家が所有している別荘のうち、避暑で数日使うくらいのものだろうか。現代日本でいえば、一泊一万では止まれない程度の温泉旅館といった大きさだ。もちろん外観は洋風の石造りだが。


 ギレット姉弟は、屋敷の大広間で寛いでいる最中だった。

 がらんとした石造りが剥き出しの、なんなら牢屋と見紛うような広間だ。


 そこに椅子がふたつ、テーブルがひとつ置かれてあり、人形のような容姿のグラマラスな女性がワイングラスを、似たような顔をした長身の男性が皿に盛られた炒り豆をぽりぽりと口に運んでいた。


「あら? これは珍しい」

「クラリスお嬢さまじゃないか」

「こんなところに」

「どうやってこの場所に」

「来たのかしら?」

「来たのだろうか?」


 漫画のテンプレ双子キャラのような輪唱じみた科白を吐きながら、ギレット姉弟は首だけでこちらを振り返った。

 言葉は疑問系だったのに、その表情には欠片の興味も映されておらず、ああそういえばこいつらはこういうやつらだったな、と学園でのことを思い出した。


 とにかく、他人に興味がないのだ。

 もしかしたら自分にさえ興味がないかも知れない。


「彼女のことは知っているな。クラリス・グローリア……今は故あってグローリアを名乗ることはできんが、おまえたちが欲しがっていた実験体に彼女がなってくれる。くれぐれも丁重に扱えよ」


 私をこの屋敷に案内した男がそんなことを言い、それ以上のことはなにも言わず踵を返してしまった。

 当然だが、私にはなにがなにやらである。


 だというのに双子のギレットは首を追いかけるように身体ごとこちらへ向き直り、厭にギラギラした眼差しを向けて来るではないか。


「実験体?」

「実験体と言ったね」

「言ったわね」

「確かに聞いた」

「確かに聞いたわ」


 私は言ってない。

 と思ったが、口に出す間もありはしない。


 私は双子に両腕を掴まれ、屋敷の裏庭に連行されたのであった。



◇ ◇ ◇



 実験体とは、モルモットのことである。

 以上。


 と、そんなトートロジーで話を締めくくりたくなるような出来事が裏庭で繰り広げられた。具体的には双子の魔法を喰らいまくった。直撃で。他人の四肢を簡単に欠損させるような魔法使いの実験的な魔法を。


 屋敷の裏手の森が、なんだかそこだけ地形が変わっているのもおかしいと思ったのだ。言うまでもなくギレット姉弟の魔法のせいだった。


「それじゃ、まずはそこに立ってくれるかな?」


 なんて双子の弟、トレーノが言うものだから私は指示された場所にとりあえず突っ立っていた。

 トレーノとローラは実に十メートルほどの距離を置き、朗々たる発声でこんなふうに言った。


「あなた、クラリスお嬢さま? あなたは魔法というものがなんなのかを理解しているかしら?」

「魔法というものは実に不思議だ。しかし確実に言えることはふたつある」

「魔法に必要なもの」

「魔力」

「魔法使い」

「では、魔法を使うとはどういうことか?」

「理解できるかしら、クラリスお嬢さま?」


 私には彼女たちがなにを言っているのか、さっぱり判らなかった。

 だが、彼女たちがなにをしようとしているのかは理解できた。

 十全に。


 まずは弟のトレーノが、掌の上に火球を出現させた。まるで小さな太陽のようなそれを、掌から少し離れた場所に浮揚させ、ひどく楽しそうに私を見る。


「例えばこれだ。普通の魔法は、魔法の発現が即ち攻撃になる。火球の投射、噴射、放出がそれだね。しかしよくよく研究してみれば、こうして維持することもできる。これはね、きみ、簡単なことなんだよ」


 理解不能な科白を吐き、ついでのように火球を投げつけてくる。

 いや、投げるというよりは――放つ、というべきか。

 避けようと思う間もなく、業火の塊が私の肩口あたりを焼失させた。


 文字通りの焼失だ。

 あまりにも温度が高すぎて、そしてあまりにも温度差が激しすぎて、火球の範囲外のなにも燃やさず、触れたモノだけを焼き消した。


 一瞬、ぐらりと身体が傾ぐ。

 右肩のあたりがぽっかり()()()()()いて、そのせいで私の右腕が地面に落ちているのを見てしまい、ひどく嫌な気持ちになった。


 のだが、一瞬後には元通りに戻っている。

 ただ、衣服は復元しない。

 肩口を抉られた斬新なファッションになってしまった。


「はー! これはすごい! すごいじゃないかクラリスお嬢さま!」


 けたけたと笑い声を上げ、ついでのようにトレーノは腕を振った。

 なにか透明なモノが飛んで来て、私の身体を腰の辺りから上下に両断する。

 ぼとり、と私の上半身が地面に落ちる。

 残された下半身は、まだその場に突っ立っていた。


 と思えば、きちんと倒れている私の上半身にくっついている。

 さっきまで突っ立っていた私の下半身は何処に行ったというのか。


「度し難いわね。まったく度し難いわ。常軌を逸している。ひどいじゃない。そんな才能を隠し持っていたなんて。どうして教えてくれなかったのかしら?」


 姉のローラがうっとりと微笑みながら言った。

 見ようによっては欲情しているような様子ですらあった。


 そういうわけで、私はモルモットになった。


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