059話「鍛冶と迷宮_01」
「違う。そうじゃない。見てろ。こうだ」
真っ赤に焼けた鉄を、鎚で叩く。
叩いて延ばし、延ばして折り、熱を加えてまた叩く。
何度も、何度も、何度も、何度も。
鍛造。
鉄を叩く最中に、鍛冶士は魔力を込める。
カン、カン、カン、カン――。
気の遠くなるような作業だ。
ドワーフの太い腕が鎚を振り上げ、振り下ろし、焼けた鉄から火花が散る。
その様を、ラフト・グロリアスは目を見開いて注視する。
強く叩けばいいというものではない。しかし弱く叩いては意味がない。
鉱石の状態から炉で溶かし、冷える前に叩くことで、不純物を取り除くのだという。鉄鉱石の場合は、鉄と石が溶けてまとまっているから、叩いて石を弾き飛ばし、同時に叩き上げることで鉄を強靱にする……らしい。
どうして、という部分は判らない。
だが、叩かなかったものと、そうでないものを比べれば、差は歴然だ。
さらには、金属を叩く際に魔力を込める。
ドゥビルもそうしているし、他の多くの鍛冶士も無意識にそうしているという。
「判ったか? まあ、判るとは思わん。とにかく叩け。魔力を込めろ。そこに限って言えば、おめぇは儂よりも優れている」
手渡された鎚を受け取り、金床の前に座る。
鍛冶鋏で真っ赤な鉄を支え、ドゥビルが握り締めていたせいで熱のこもった鎚に魔力を流し込み、鉄を打つ。
カァン、と。
音が鳴り、火花が散る。
繰り返す。
繰り返す。
繰り返すことは――嫌いじゃなかった。
「違う。そうじゃない。だがさっきよりマシだ。もっとやれ」
◇ ◇ ◇
ラフト・グロリアスがクラリス・グローリアと話をしたのは数えるほどしかなく、自分たちが『グロリアス』を名乗るようになってからは、たぶん一度も話をしていないはずだ。
それはクラリスが鍛冶場へやって来る頻度が少なかったのもあるし、ラフトが積極的に彼女へ話しかけなかったのもある。
嫌いなのか、と問われればラフトは首と横に振る。むしろ好きだ。そして尊敬している。恩義も感じている。
ラフトの両親、兄弟、身近で親しかったユーノフェリザ氏族がこぞって人族への突撃を志願したとき、深すぎて底の窺えない巨大な亀裂が現れたような気がした。忘れられないし、その亀裂は今もラフトの目の前に在る。
何故なら、ラフトには彼らの気持ちが全く理解できなかったから。
理不尽な命令に従い、死ぬのが判りきっている上になんの恨みもない人族を打倒しようだなんて、そんなの頭がどうかしているとしか思えなかった。
なのにラフトの周囲の人物は、ユーノフェリザであることを理由に人族の領域へ突撃することを選んだ。
それまで仲良くしていた、信頼していた、心を許していた誰もが――理解不能な理由で、死を選んだのだ。
ラフトは死にたくなかった。
少なくとも、あんな理由では。
人族の領域から逃げ、魔境を歩いている最中、そんなようなことを――もちろん、もっとずっと曖昧に、だが――クラリスに話したことがある。
確か、逃げ出した面々の中心人物だったユーノスや最年長のビアンテから、そこまで付き合いのないラフトという少年のことを聞き及んだ、とか言っていた。
気を遣われたのか、あるいは単に興味本位だったのか。
それはラフトには判らないが、とにかくクラリスは言ったのだ。
「自分の命だろ。最後の最後くらいは好きに使えばいいじゃないか。もちろん普段は嫌なことだってするだろうさ。働いたり、嫌なやつを相手にしても揉め事を起こさないようにしたり、まだ眠たいのに目を覚ましたり」
生きていくために、仕方ないことだろ。
そう、クラリスは言った。
「だけど、本当に切羽詰まったときに『嫌なこと』を選ばなくたっていいじゃないか。他の全部を捨てたり失ったりした後、それでも残った自分のナニカを、他人のナニカに押し流させたりするべきじゃない」
そりゃあ、意地を張りたいっていうならそうすればいいけど――と、クラリスは彼女にしては珍しく笑みを浮かべず、真顔で言った。
「命と引き換えだったら、我を通したっていい」
ほとんど木洩れ日の差さない深い樹海の中、そう言い切ったクラリス・グローリアは、なんだかきらきら輝いているように見えたのだった。
◇ ◇ ◇
「――でね、あたしとキリナだけでスケルトンを倒したのよ。毎日訓練してたユーノスと比べたら、あんなの止まってるようなものだったわ」
日が暮れた頃に戻って来たユーノス一行は鍛冶場に本日の『収穫』を置き、鍛冶場からやや離れた位置につくられた仮宿へ戻った。
そこで食事を済ませ、迷宮探索の反省会を行い、各々の装備を点検したり、休息を取ったりして思い思いの時間を過ごす。休息を多めに取るのはクラリスの意向でもあり、ユーノスの方針とも一致していた。
「無駄じゃなかった。あたしたち、ちゃんと強くなってるのよ。もっと強くなって……それで、きっとクラリス様の役に立ってみせるわ!」
その休息の時間にラフトのもとへやって来て興奮気味にあれこれ喋るのは、カタリナ・グロリアスと妖狐セレナの娘、キリナだった。
もっともキリナは相槌を打つばかりで、口を開くのは主にカタリナだったが、ラフトとしては貴重な自主訓練の時間にあれこれ話しかけられて少々鬱陶しいというのが本音である。
そもそも『迷宮』についてはとっくに聞き及んでいるのだ。
例えばスケルトンなどの魔物。これは通常、この世界に発生し得ない魔物だという。死霊術士が何処ぞの戦場跡をほっくり返して骨を集めてようやく発生させられるのがスケルトンという魔物だそうだ。
その手の「通常は発生しない」類の魔物が『迷宮』にはよく出現するらしい。逆に魔境などの魔素が濃い場所に自然発生する四足獣の魔物なんかはまず出て来ないらしい。出てくるとすれば、不自然な合成獣であるキメラやなんかだとか。
そして自然では有り得ない事象の最たるものが――『収穫物』だ。
どういうわけか『迷宮』に出現する魔物を倒すと、その魔物は死骸を残さず消えるという。そのとき稀に『収穫物』を落とすことがあるそうだ。
岩山の『迷宮』では、何故か魔物たちは鉱石を落とす。
「……って、そうそう。あんたにこれ、渡そうと思ってたのよ」
思い出した、とばかりにカタリナは拳大の石を取り出し、なんでもないような顔をしてラフトへ放って寄越した。
鎚へ魔力を流し込む練習中だったラフトは慌てて身体に流している魔力を切り、石を左手で受け止める。文句を言いたくなるも、考えてみればこのくらいの魔力操作は鼻歌交じりにこなせなければならないのだった。
「これ……って、魔鉱石か?」
手の中の石を眺め、呟く、
魔鉱石は、溶かして合金化すれば魔力を流しやすい金属を生み出す。魔鉄や魔銀などが有名で、職人によっては複雑な配合で合金化する場合もあるらしい。
「探索の最中、ガイノスから聞いたのよ。あんた、金属に魔力を流し込むのが上手いんだってね。だから、あんたにあげる。そうすれば、そのうちあたしたちに戻って来るでしょ――いい武器が」
不敵に口端を持ち上げるカタリナと、その隣で普通に微笑むキリナ。
同い年くらいの女の子二人が、ひどく遠い場所にいるような気になるが――しかし、よくよく考えれば、場所なんて最初から遠いのだった。
彼女たちには、間違いなく才能がある。
いつかクラリス・グローリアの隣できらきらと輝くのだろう。
「努力はする」
と、ラフトは答えた。
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