058話「修行と迷宮_02」
カタリナ・グロリアスの朝は早い。
――のだが、この日はいつもよりさらに早かった。
日が昇るよりも先に目を開けて、隣で同じようにぱちりと目を開けたキリナと視線が合い、思わず笑ってしまう。
今日は『迷宮』に行く日。初めての実戦ができる日。訓練の成果を出せる日。自分がどういう位置にいるのかを、実感できる日だ。
ユーノスやセレナに教わって、修行は重ねてきた。
でもカタリナは自分がどのくらいできるのか、という点に関してはあまり自覚していない。それはキリナもそうだろう。
例えばオークのモンテゴあたりなら、カタリナは真剣に戦えば倒せるだろう。でも、同じグロリアス氏族のほとんどの人には勝てない。戦士の部族だという蜥蜴人のイーグニア氏族が相手でも、たぶん無理だなと思う。
私は――私たちは、役に立てるのだろうか?
そのことを考えない日はなかった。
どうしても役に立ちたい。でも、今の自分は? どのくらい役に立てるのだろうか。あとどれくらい頑張ればいいのだろうか? 足を引っ張り続けるだけではないのだろうか? そういうことを考えない日も、またないのだ。
とにかく二人で朝の支度を済ませ、二人よりも先に用意を済ませて馬車を待機させていたユーノスたちに合流する。ラフトが当たり前みたいに馬車の荷台に座っていたのが、ちょっとだけカタリナの癪に障った。
「おはよ。あんたも『迷宮』に行くの?」
「おはよう。おれは『迷宮』には行かないよ。ガイノスさんから、ドゥビルの親方に師事しろって言われてる。今までは手伝いって感じだったんだけど、これからはおれが弟子になるって」
「あんたが?」
ドゥビル・ガノンのことはカタリナも知っている――よく知っているわけではないが――ドワーフの鍛冶士だ。元々はユーノフェリザ氏族と同じように人間の領域への突撃を命ぜられた、なんとかという魔人種の氏族の奴隷で、どさくさに紛れて逃げ出し、セレナの許しを得て岩山地帯に住んでいるという。
クラリス・グローリアの采配で、オーク族やグロリアス氏族、ヤマト族なんかが頻繁に出入りするようになり、今では彼の住処のすぐ近くに『迷宮』が出現したのだから、当人の気分はどんなものだろう?
「まあ、そう。おれが。なんか、割と向いてるって」
だからどうという感情を見せないラフト。
カタリナは煮え切らないような気分になり、眉を寄せてしまう。
「あんた、ドワーフの弟子になって、鍛冶士になりたいわけ?」
「どうかな。判らない」
「判らないのに、弟子入りするの? あんたは、あんた自身がやりたいこととか、ないわけ? そんなの――」
「おれがなにをしたいとか、そんなこと言ってられる状況じゃないだろ」
ぽんっ、と。
なにか軽い手荷物を放るみたいな簡単さで、ラフトは言った。
「カタリナ、おまえのところの人たちと、おれのところの人たちはあんまり親しくなかっただろ。で、おれのところのやつらは、ほとんど人族の領域に突っ込んで死んだ。ユーノスの親父さん……族長みたいにさ」
「……それが?」
「こう見えても、おれはおれで精一杯だよ。割り振られた仕事は、ちゃんとやる。本当に向いてないようだったら、言うことのひとつもあるけど、向いているって言われて、できるだろって思われてる。だからやる。なにかおかしいか?」
「……だって」
カタリナもキリナも、クラリス・グローリアの役に立ちたくて、頑張っている。けれども、ラフトはそうじゃない。
やりたくないけど、やらなくてはならないことを、受け入れている。
どちらがクラリスの役に立つのだろう?
そう、思ってしまった。
◇ ◇ ◇
二台の馬車で、およそ半日。
当初は徒歩で丸一日以上掛かっていた道程も、馬車が行き交うようになって轍が作られ、幾本もの轍が次第に道を形成し、交通の便がよくなった。なにしろグロリアスにおける製鉄を一手に引き受けている場所である。開拓を進めている魔境の森と、ドゥビルの鍛冶場がある岩山地帯、そしてオークたちが暮らすスーティン村、この三箇所をヤマト族は馬車で毎日のように行ったり来たりしているのだ、道のひとつやふたつ、できないわけがない。
「ねえ、ユーノス。あたしたちって、本当はもっとやらなくちゃいけないことがあったのかな? その……修行して強くなるのとは、別に」
からりと晴れた青空を荷台に座って眺めながら、カタリナは胸の内のもやもやを口に出してみた。
隣に座っているキリナも狐耳をぴんと立てて注目しているので、おそらくキリナも似たようなことを考えていたのだろう。
「仮にあったとして、おまえはそれをしたいのか?」
少し離れた位置で道の先を眺めたまま、ユーノスは問いを返す。
「……ううん。あたしは、こうしたいと思ったし、そうなりたいと思ったことのために、こうしてる。他にあったとしても、こうしたいって思った……たぶん」
我ながらひどくあやふやな回答だ、と思った。
しかしユーノスはカタリナへ振りかえると、「ふふん」と皮肉げな笑みを見せ、何度か小さく頷いてから、続けた。
「だったらそれでいいだろう。おまえの大好きなクラリス・グローリアも、たぶんそう言うはずだぞ。やりたいことがあって、それをやって許されるなら、それをやればいいじゃないか――あの女は、そういうふうに言うだろうさ」
「本当にそれでいいのか、って思ってるのよ、あたしは」
「本当とはなんだ? 誰がそんなものを保証してくれる? 誰かにこうしろと言われたものに従う方が『本当』なのか? 俺はそうは思わん」
「だって……あたしは、クラリス様の役に立ちたい……」
「私も……です」
胸の内側からこみ上げるなにかを堪えながら言う。キリナも同じように言う。でも、やっぱりユーノスは笑って混ぜっ返す。
「だったら四の五の言わずに、役に立て。今は役に立っていないというなら、いずれ役に立て。おまえたちがそうしたいなら、な」
「役に立って見せるわよ!」
「役に立って見せます!」
半ば反射的に大声を出した二人に、ユーノスは笑んだまま頷くのだった。
◇ ◇ ◇
「なるほどな。今回はガキを二人連れて行くってか。しかも一人はセレナ殿の娘ときた。そりゃ、儂がどうこう言う立場でもないが、安全なんじゃろうな?」
ぎろりとユーノスを睨むドゥビル・ガノン。
身長はカタリナとさほど変わらない。しかし身体中が筋肉に覆われており、ずんぐりとしていて、手や足の大きさは倍ほど違うだろう。顔の大きさも、たぶん倍くらい。口元にたっぷりとたくわえられた髭に、半ば禿げ上がった頭髪。
典型的な、ドワーフの中年。
といってもカタリナは実物のドワーフを見たのは、ドゥビルで三人目くらいだ。かつてユーノフェリザ氏族だった頃、他の氏族の住む土地で見たことがあるような気がする……喋ったことはない、はずだ。あまりに小さい頃の記憶はさすがに自信がないけれど、でも、みんなドゥビルと似たような感じだったはずだ。
「この世の何処に安全など存在する? 立って歩くだけでも転ぶ危険がある。しかし、カタリナとキリナの安全には可能な限り配慮すると誓うぞ」
自信満々、とばかりに言い放つユーノスだったが、種は知っていた。
道中で聞いていたからだ。
すでにユーノスたちは何度か『迷宮』を探索しており、地下三階層までは踏破しているという。しかもその階層でも余裕といっていいほどだったらしく、そのくせ迷宮のモンスターが落とす鉱石類は非常に純度が高い――。
ようは、美味しい狩り場というわけだ。
「まあ、だったらいい。ラフトが儂のとこに弟子入りするそうだが、住み込みで構わんな? 言っておくが、儂は弟子に優しくしないぞ」
「ああ。無駄に高圧的だったり、無意味なしごきがなければそれでいい。それこそ師弟関係に俺が口出しするのは、筋合いが違う。嫌になったらラフトが逃げる。そういうものだろ」
「そういうものじゃな」
という話の当人であるラフト・グロリアスは、既に鍛冶場での下働きを始めており――前々から手伝いはしていたから、勝手は知っているそうだ――だから先程の会話は、ユーノスとドゥビルの通過儀礼みたいなものだったのだろう。
「では、作戦会議といくか」
「ようやくね。全く、黙って突っ立ってるこっちの身にもなりなさいよ」
本気で暇だったのか「うーん」とばかりに身体を伸ばしながら、マイアが言う。同じく黙っていたガイノスとジェイドもやれやれと首を回している。
「いい? まずモンスターについて覚えておきなさい。『迷宮』にはね、アンデッド系の魔物が出るのよ。特に面白いのがスケルトンね」
「スケルトン?」
「骨のバケモノよ。ヒト型の骨みたいなやつが、剣だの盾だの持って襲って来る。すごいでしょ。意味判らないものね」
楽しげに話すマイアだったが、なにがそんなに楽しいのか、カタリナにはさっぱり判らなかった。キリナにも理解できなかったようだし、ガイノスもジェイドも呆れ顔だったし、ユーノスに至っては真顔だった。
「あのね、ちゃんと聞きなさいよ。『迷宮』の魔物っていうのは――」
熱の籠もったマイアの話を半ば仕方なく聞きながら、ああ、自分はこれから『迷宮』に入るんだな、という奇妙な実感が湧いてくる。
こうしようと思った。
そうしたいと思う先がある。
だから――こうするのだ。
感想いただけると嬉しいです。




