056話「獣の王_08」
今となっては懐かしい気もするギレット姉弟。
人呼んで『異才のギレット』。
あの双子と過ごしたおよそ百日の間に、私、クラリス・モルモット・グローリアは実に五百回も殺されたのだ。まったく、一日あたり五回以上も可愛らしい女の子を魔法で殺しまくるだなんて、常軌を逸しているとしか思えない。
斬殺、圧殺、爆殺、焼殺、轢殺……もう、ありとあらゆる方法で殺されまくったのだ。あの双子は実に楽しそうに、来る日も来る日も、あらゆる魔法でクラリス・グローリアを殺し続けた。
少々興味深かったのは、例えば窒息は効かなかったこと。
魔法で創り出した巨大な水球の中に放り込まれてしばらく放置されても、私は特に苦しくなかったし、酸欠にもならなかった。意識不明にさえならなかった。
他にも毒殺、刺殺、絞殺あたりは、あまり有効でなかった。
いや、そもそもなにをやっても死ななかったので、どれも有効とは言えないのだが、毒は本当に効果がなかったし、ちょっと刺されたくらいでは私の活動を阻害することすらできなかったし、首を絞められてもやっぱり意識を失ったりしなかったので、例えば両足を切り落としたりするよりは有効性が低い。
いやはや、懐かしい思い出である。
エスカード領から出る際、ついでとばかりに双子の頭を破裂させてやったが、正直なところそこまでの恨みは持っていない。もちろん好ましい相手ではなかったが……あの双子は、単に放って置くわけにはいかなかったのだ。
少なくとも、私はそう思った。
多くの貴族や騎士たちにとって、魔法とは手段である。
より強い魔法があれば、より多くの選択肢が浮かぶ。力が強ければ、できることが増える。できないことが減る。理不尽を受け入れなくて済む。
が、ギレット姉弟は違った。
あの双子は、ただ魔法を、魔術を、研鑽したかっただけだ。
――と。
そんなことはともかく。
レクス・アスカが開始を合図を口にし、私がのんびりと歩き出し、ランドール・クルーガは私が本当にただ歩くだけなのを確認してから、動き出した。
強く一歩を踏み出すでもなく、獅子獣人がひょいと跳ぶだけで、数歩分の距離など瞬時に絶無へ書き換えられる。
もちろん私には、なにが起こったのかなど判らなかった。
ユーノスら魔人種たちは言うに及ばず、ユーノスには何枚も劣るらしい『反獅子連』の狼族であっても、私には動きが目で追えないのだ。
獅子王の動きなど、見えもしないし感じもしない。
――ぶちん、
という、厭な音がした。
かと思えば、私の背中が乱暴に蹴っ飛ばされ、まっすぐぶっ飛んで進行方向であった宮殿の扉に激突し、扉をぶち破って外へ放り出されている。
「なんだ、つまらん。あれだけ自信たっぷりだったのに、なんの策もなかったか。力に至っては見た目通りだ。人族の、ただの、小娘」
私の生首を右手で掴んだランドールが、扉の外を眺めてぼやく。
その口調は心底から不満そうで、どうやら私に対してちょっとした期待を抱いていたらしいことが察せられる。
「……時間の無駄だったな」
ぽつりと呟き、獅子王は掴んでいる私の生首を――たぶん、なにげなく、意味もなくだと思うが――見やり、直後に目を剥いた。
生首の私がにっこりと笑っていれば、そりゃあびっくりするだろう。
ギレット姉弟には五百回も殺されたのだ。
その中で首と胴を切り離された経験が、ないわけがない。
どうなるかを、私は知っている。
人間は、首と胴を切り離されてもちょっとくらいは生きているのだ。
……まあ、なんだ。『生きている』の定義次第だとは思うが。
すぐにその「ちょっとくらい」の時間が経過し、私の生首はランドールの手元から消えてしまう。文字通りの消失。
そして――クラリス・グローリアの胴体に、私の素敵な頭が現れる。
どういう原理か、どういう現象か、そういうことは一切判らない。
が、粉みじんに爆殺されても、挽肉状態まで圧殺されても、私はこうして私を取り戻すのである。さしたる痛みもないし、恐怖も……まあ、あんまりない。
俯せに倒れている自分自身を認識し、身体を起こし、クラリス・グローリアが宮殿の外側へ出ていることを確認する。扉の両脇に控えていた兵が驚愕を顔面に張り付けていたが、とりあえず放置。
私は立ち上がり、のんびりと振り返り、内側で目を丸くしている獅子王へ、もう一度同じような微笑みを見せてやった。
「どうしたランドール。私は生きているし、生きて宮殿の外に出ているぞ。つまらなかったのなら悪いが、余興は私の勝ちだな」
生きて扉の外に出れば、私の勝ち。
こんなもの、どうやったって勝つに決まっている。
なにしろクラリス・グローリアは、死なないのだから。
……まあ、『生きている』の定義次第ではあるのだが。
◇ ◇ ◇
それから。
どういうわけか、私はランドールの夕餉に招かれ――というか、そのまま宮殿の中で食事をしたのだが――獅子王とあれこれ話す機会を得た。
印象を述べるなら、やはりランドールは『王』として相応しくない。
この男は『群』のボスであって、『国』の王ではないのだ。
いやそれこそが獣人の国だというなら、別にわざわざ私から言うべきことは存在しないのだが、獣人の中に否を唱えている者がいるのだし、命題はもっと他の部分にある。それは私の意見とは無関係な話だ。
このまま放っておくと自分たちがまずいことになる。
そして獣王は、このまま放っておかない、という選択をしない。
だからレクスやプラドは、このまま放っておくことを選ばない。
そこに妥協点は存在せず、各々の在り方があるだけだ。
かつて私はユーノフェリザ氏族に「逃げればいい」と言ったが、同じ科白をレクスやプラド、他の獣人たちに吐き出すつもりにはなれなかった。
「まったく、とんでもねぇ小娘だな、おまえは」
上機嫌に酒を呑みながら、ランドールは手ずから私に同じ酒を注ぎ、そんなことを言った。そうしている限り獣の王は悪いやつには見えなかったし、実際問題、別にランドールは極悪人でもないのだろう。
この男が強すぎなければ、こんな面倒な話にはなっていない。
いや、どうだろう。あるいは同じことかも知れない。
群のボスというやつは、大抵の場合は次の世代のボスに追いやられるものだ。
「余興は俺の負けだ。誰かに負けてこんなに笑ったのは、生まれて初めてかも知れねぇな。俺様が、クラリス・グローリア、おまえの滞在を許可する。しばらく俺様のところで遊んでろ。なにか見るものがあって、話したいやつがいるなら、そうすればいい。なんかあったらアスカに言え」
がぶがぶ酒を呑み、がははと笑い、黙り続ける息子のガーランドの背中をばしばしと叩き、蛇人のオーレンが真顔でそれを眺めていた。
これが何処かの部族、何処かの小さな集落の出来事であったなら、私は笑ってランドールに酌でもしてやっただろう。
そのことは、ちょっと残念だった。
ちょっとだけ。
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