053話「獣の王_05」
大鷲人のブルノア。
象獣人のネレスト。
狼獣人のリル。
そして兎獣人のルーチェ。
彼ら彼女らが、私、クラリス・グローリアへ向ける眼差しはそれぞれちょっとずつ違っていたが、概ねの傾向は同じだった。
怪訝と、疑念。
なんだかもう、何処へ行っても同じような目で見られるので、私としてはすっかり慣れ親しんだ視線である。
だからそれを向けて来なかったレクス・アスカには割と強めの興味を持ったし、そういえば獅子王の息子であるプラド・クルーガも、私に対してそういう視線を向けなかったなと思い出す。
「……娘。おまえを王に会わせるかということも含めて、少し我々だけで話がしたい。レクス・アスカのやることは信用しているが、妄信しているわけではない。ワシらを納得させるだけのものはあるのだろう?」
大鷲人のブルノアが言って、くいと顎を動かした。言葉の後ろは私にではなくレクスへ投げかけられたものだが、この女豹への信用というなら私も似たようなものだ。人柄や性格や性質ではなく、能力に対する信用。
レクスなら、この親衛隊四人をどうにか納得させるだろう。
私は椅子に腰掛けたまま鷹揚に首肯してみせ、それからセレナたちに対しても頷いて見せた。好きにさせよう、というわけだ。というか、好きにさせるしかない。なので「こっちがどういう態度を取るか」くらいしか選択肢はないのだ。
「そうか。納得するまで話してくると良い。俺もそうしよう」
当たり前のようにプラドが言って、何故か私の対面の椅子に腰を下ろした。そして同じ調子で山猫獣人のニーヴァへ茶の用意を命じ、レクスを立ち上がらせ、親衛隊の四人と共に退室させてしまった。
一連の出来事は本当に自然で、誰も疑問を差し挟まず、不満もなさそうだった。
なるほど――『王の器』か。
ちょっとした言葉と動作だけで、作戦会議室には私たちとプラドが残されることになったわけだが、たぶんプラドの望み通りなのだろう。
「で、なにが訊きたい?」
と私は言った。
プラドはよくぞ問うてくれたとばかりに頷き、机の上に両手を乗せ、こちらへずずっと身を乗り出してきた。
獅子獣人らしさは獣度合いの問題であまり感じられないが――実際、猫耳だろうが獅子耳だろうが私にはあまり区別がつかない――プラドの精悍さだけはよく伝わってくる。とにかく存在感の強い男なのだ。
「貴様のことだ。俺は貴様や、人族のことが知りたい。俺たちに足りない部分を知りたい。俺たちにあって人族にないものを、俺は知りたい」
「知ってどうする」
「活かすに決まっている。レクスが言ってなかったか? 親父では駄目だ。変化というものを嫌っているからな。親父にあるのは自分の生き方と、自分の生き方に周囲を従わせることだけ。生き方を変えようってつもりがない」
「自分は違う、と?」
「俺は変わりたいし、変わらねばとも思っている。変えたいと考えてもいるぞ」
「お主に変えられる者たちはどう思うかの?」
横から口を挟んだのはセレナだ。
プラドは意外そうに眉を上げ、答える。
「どう思うか、という点はあまり考えたことがないな。変わらねばいずれ衰亡するのだから、変わらないという選択肢がないはずだ」
「変えられる者の意思はどうなる? お主が変えたいと思うのは結構じゃが、変えられる側には関係のないことじゃろう。どう納得させる?」
「納得させなければならないのか?」
不思議そうに――本当に不思議そうに、プラドは首を傾げる。
そこにはセレナに対する苛立ちみたいなものは欠片もなく、ただ問いの意味が理解できないという単純さがあった。
むしろ苛立ちを見せたのはセレナの方だ。
「お主は他人の、他の者たちの人生を大きく変えようとしている。これまでと全く違う方向に。そのことに対する責任は感じないのかと聞いているんじゃ。お主に変えられた者は、それまでの生活は送れないのじゃろ? それまでの生活を守りたかった者もいるはずじゃ。不便はあっても大きな不満はなく、それまでどおりのこれからを、ささやかに願っていた者たちが――」
「それは俺が壊さずともいずれ壊れると言ったはずだ。どこかで変えねばならぬ。他の誰にできる? 俺ならできるし、俺以外の誰もやろうとしていない」
噛み合わない。
そもそも焦点が違う。
なるほど、なるほど……確かにこれは、『王の器』なのだろう。為政者の視点としてはセレナよりも圧倒的にプラドが正しい。最大多数の最大幸福なんて言葉も考え方も、ここにはないだろうが、プラド・クルーガの思想はかなりそれに近い。
個ではなく、種を。
人ではなく、人々を。
そう考えている――のでは、おそらくない。
単純に、そう感じているのだ。
「……つまりお主は、お主によって変えられた者のことなど、知らぬと?」
すっ、と目を細めたセレナが問う。
部屋の温度があきらかに下がったような、そういう空気感。
それをプラドは、一切気にしなかった。
「まるで知らぬとは言わん。できれば良い方に変えてやりたいとは思う。できるかどうかは別の話だが、いずれにせよ、放置して衰亡するよりはずっとましだ」
やましさなど欠片もなく、気後れなどまるで見せず、かといって強く思い込んでいるみたいな固さもない。
そうするべきと思っている――というよりは、
そうするべきだと感じている。
それが私の印象だった。人間観察に自信アリとは言わないが、そこまで人を見る目に欠けているわけでもないはずだ。プラド・クルーガの中にある単純明快なロジックが、私にもなんとなく判る気がした。
論理は実に単純だ。
このまま放っておけば、いずれ獣人たちは人族に衰亡させられる。
少なくとも、獅子王の手が届かない場所にいる獣人たちは、そう遠くないうちに人族に侵攻されるし、そのとき獅子王からの助けはない。
だから、そういう『獣人の国』を変える。
そうではない『獣人の国』にする。
そのために、実の父であるランドール・クルーガを殺す。
殺して、自分が王になる。
「……どうしてだ?」
と、私は言った。
問いが端的すぎたようで、プラドはまた首を傾げるはめになったが、補足を付け加える優しさを私は所持しているので、続けて口を開いてやる。
「どうしておまえは、獣人たちの未来を守ろうとする? 獅子王ランドールは、自分の周辺以外は知ったことじゃないんだろ? だから遠い場所にいる獣人たちがどうなろうが、どうでもいいし、なにもしない。おまえは違う。何故だ?」
「俺は獣人で、獣人の王の息子で、いろんなやつが知り合いにいるからだな。ああ、たぶんそうだ。どっかの集落で暮らしていたなら、こういうふうには思わなかったかも知れん」
机の上に乗せた両手を微妙に動かしながら、プラドは私に向き直る。
視線はこちらへ向いているが、たぶん意識は自分の内側へ。
プラドは続ける。
「そうだな……たぶん、そういうことだ。俺は、例えばレクスが好きだ。あいつの頭脳は得難いし、例えばさっき見たと思うが、ブルノアには敬意を持っている。あの大鷲人だな。象獣人のネレストはいいやつだし、狼獣人のリルも好きだ。兎獣人のルーチェにも一目置いている。そういうやつらが、たぶん他の場所にもいるだろう。これから生まれてくるかも知れん」
「ふぅん」
素っ気なく相槌を打ってやったが、私としてはプラドのことがちょっと気に入ってしまった。
だって、こいつの言ってることを要約すれば『好きなモノを生かしたいけど、自分がどう思われるのかは知ったことじゃない』だ。その思想は、あまりにも人間味に欠けている。そして同時に、あまりにも人間らしい。
「『ふぅん』って……貴様が訊いたんだろ?」
「あんまりナルホドナルホド言ってると、むしろ聞いてないと思われそうだったから、相槌を変えてやったんだ」
「そうか。それで、どうだ? 貴様の問いには答えたつもりだが」
「どうもこうも、私としてはさっきも言った通りだ」
「……親父に会わせろ、か?」
「ああ。プラド・クルーガ、おまえのことはなんとなく、ちょっとだけ理解できた。悪くないと思った。だから今度は獅子王の方だ」
「……俺の方は、貴様のことをまだ理解できていないのだが」
「私は照れ屋さんだから、私自身を語るのはあんまり得意じゃない。私の仲間も、言葉で繋がったやつなんかほとんどいない――いや、まあ、言葉で繋がったやつしかいない、とも言えるけどな」
なにしろ私には暴力という選択肢がないのだ。
だけど言葉の無力さも私は知っている。
なにを言おうが、通じないものは通じないし、届かないものは届かない。
ユーノスも、セレナも、モンテゴも、他の連中も。
たぶん私の言葉なんて最初はそんなに聞いていなかったはずだ。
「よく判らんが……」
困ったふうに眉を寄せるプラドに、私はにっこりと微笑んで言ってやる。
「行動だ。人は、なにを言ったかではなく、なにをやったかで人を見る。私はそこそこ示してきたつもりだし、だから今度はおまえにも示してやる」
見ていろ。
私が――クラリス・グローリアだ。
なんて科白は、照れ屋さんなので言わなかったけれど。
ちょっと話の進みが遅くてすみません。
感想いただけると嬉しいです。




