表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪徳令嬢クラリス・グローリアの永久没落【書籍化】  作者: モモンガ・アイリス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/199

053話「獣の王_05」





 大鷲人のブルノア。

 象獣人のネレスト。

 狼獣人のリル。

 そして兎獣人のルーチェ。


 彼ら彼女らが、私、クラリス・グローリアへ向ける眼差しはそれぞれちょっとずつ違っていたが、概ねの傾向は同じだった。


 怪訝と、疑念。


 なんだかもう、何処へ行っても同じような目で見られるので、私としてはすっかり慣れ親しんだ視線である。

 だから()()を向けて来なかったレクス・アスカには割と強めの興味を持ったし、そういえば獅子王の息子であるプラド・クルーガも、私に対してそういう視線を向けなかったなと思い出す。


「……娘。おまえを王に会わせるかということも含めて、少し我々だけで話がしたい。レクス・アスカのやることは信用しているが、妄信しているわけではない。ワシらを納得させるだけのものはあるのだろう?」


 大鷲人のブルノアが言って、くいと顎を動かした。言葉の後ろは私にではなくレクスへ投げかけられたものだが、この女豹への信用というなら私も似たようなものだ。人柄や性格や性質ではなく、能力に対する信用。


 レクスなら、この親衛隊四人をどうにか納得させるだろう。

 私は椅子に腰掛けたまま鷹揚に首肯してみせ、それからセレナたちに対しても頷いて見せた。好きにさせよう、というわけだ。というか、好きにさせるしかない。なので「こっちがどういう態度を取るか」くらいしか選択肢はないのだ。


「そうか。納得するまで話してくると良い。俺もそうしよう」


 当たり前のようにプラドが言って、何故か私の対面の椅子に腰を下ろした。そして同じ調子で山猫獣人のニーヴァへ茶の用意を命じ、レクスを立ち上がらせ、親衛隊の四人と共に退室させてしまった。

 一連の出来事は本当に自然で、誰も疑問を差し挟まず、不満もなさそうだった。


 なるほど――『王の器』か。


 ちょっとした言葉と動作だけで、作戦会議室には私たちとプラドが残されることになったわけだが、たぶんプラドの望み通りなのだろう。


「で、なにが訊きたい?」


 と私は言った。

 プラドはよくぞ問うてくれたとばかりに頷き、机の上に両手を乗せ、こちらへずずっと身を乗り出してきた。

 獅子獣人らしさは獣度合いの問題であまり感じられないが――実際、猫耳だろうが獅子耳だろうが私にはあまり区別がつかない――プラドの精悍さだけはよく伝わってくる。とにかく存在感の強い男なのだ。


「貴様のことだ。俺は貴様や、人族のことが知りたい。俺たちに足りない部分を知りたい。俺たちにあって人族にないものを、俺は知りたい」


「知ってどうする」


「活かすに決まっている。レクスが言ってなかったか? 親父では駄目だ。変化というものを嫌っているからな。親父にあるのは自分の生き方と、自分の生き方に周囲を従わせることだけ。生き方を変えようってつもりがない」


「自分は違う、と?」


「俺は変わりたいし、変わらねばとも思っている。変えたいと考えてもいるぞ」


「お主に変えられる者たちはどう思うかの?」


 横から口を挟んだのはセレナだ。

 プラドは意外そうに眉を上げ、答える。


「どう思うか、という点はあまり考えたことがないな。変わらねばいずれ衰亡するのだから、変わらないという選択肢がないはずだ」


「変えられる者の意思はどうなる? お主が変えたいと思うのは結構じゃが、変えられる側には関係のないことじゃろう。どう納得させる?」


「納得させなければならないのか?」


 不思議そうに――本当に不思議そうに、プラドは首を傾げる。

 そこにはセレナに対する苛立ちみたいなものは欠片もなく、ただ問いの意味が理解できないという単純さがあった。


 むしろ苛立ちを見せたのはセレナの方だ。


「お主は他人の、他の者たちの人生を大きく変えようとしている。これまでと全く違う方向に。そのことに対する責任は感じないのかと聞いているんじゃ。お主に変えられた者は、それまでの生活は送れないのじゃろ? それまでの生活を守りたかった者もいるはずじゃ。不便はあっても大きな不満はなく、それまでどおりのこれからを、ささやかに願っていた者たちが――」


「それは俺が壊さずともいずれ壊れると言ったはずだ。どこかで変えねばならぬ。他の誰にできる? 俺ならできるし、俺以外の誰もやろうとしていない」


 噛み合わない。

 そもそも焦点が違う。


 なるほど、なるほど……確かにこれは、『王の器』なのだろう。為政者の視点としてはセレナよりも圧倒的にプラドが正しい。最大多数の最大幸福なんて言葉も考え方も、ここにはないだろうが、プラド・クルーガの思想はかなりそれに近い。


 個ではなく、種を。

 人ではなく、人々を。

 そう考えている――のでは、おそらくない。

 単純に、そう感じているのだ。


「……つまりお主は、お主によって変えられた者のことなど、知らぬと?」


 すっ、と目を細めたセレナが問う。

 部屋の温度があきらかに下がったような、そういう空気感。


 それをプラドは、一切気にしなかった。


「まるで知らぬとは言わん。できれば良い方に変えてやりたいとは思う。できるかどうかは別の話だが、いずれにせよ、放置して衰亡するよりはずっとましだ」


 やましさなど欠片もなく、気後れなどまるで見せず、かといって強く思い込んでいるみたいな固さもない。


 そうするべきと思っている――というよりは、

 そうするべきだと感じている。


 それが私の印象だった。人間観察に自信アリとは言わないが、そこまで人を見る目に欠けているわけでもないはずだ。プラド・クルーガの中にある単純明快なロジックが、私にもなんとなく判る気がした。


 論理は実に単純だ。


 このまま放っておけば、いずれ獣人たちは人族に衰亡させられる。

 少なくとも、獅子王の手が届かない場所にいる獣人たちは、そう遠くないうちに人族に侵攻されるし、そのとき獅子王からの助けはない。


 だから、そういう『獣人の国』を変える。

 そうではない『獣人の国』にする。


 そのために、実の父であるランドール・クルーガを殺す。

 殺して、自分が王になる。


「……どうしてだ?」


 と、私は言った。

 問いが端的すぎたようで、プラドはまた首を傾げるはめになったが、補足を付け加える優しさを私は所持しているので、続けて口を開いてやる。


「どうしておまえは、獣人たちの未来を守ろうとする? 獅子王ランドールは、自分の周辺以外は知ったことじゃないんだろ? だから遠い場所にいる獣人たちがどうなろうが、どうでもいいし、なにもしない。おまえは違う。何故だ?」


「俺は獣人で、獣人の王の息子で、いろんなやつが知り合いにいるからだな。ああ、たぶんそうだ。どっかの集落で暮らしていたなら、こういうふうには思わなかったかも知れん」


 机の上に乗せた両手を微妙に動かしながら、プラドは私に向き直る。

 視線はこちらへ向いているが、たぶん意識は自分の内側へ。


 プラドは続ける。


「そうだな……たぶん、そういうことだ。俺は、例えばレクスが好きだ。あいつの頭脳は得難いし、例えばさっき見たと思うが、ブルノアには敬意を持っている。あの大鷲人だな。象獣人のネレストはいいやつだし、狼獣人のリルも好きだ。兎獣人のルーチェにも一目置いている。そういうやつらが、たぶん他の場所にもいるだろう。これから生まれてくるかも知れん」


「ふぅん」


 素っ気なく相槌を打ってやったが、私としてはプラドのことがちょっと気に入ってしまった。


 だって、こいつの言ってることを要約すれば『好きなモノを生かしたいけど、自分がどう思われるのかは知ったことじゃない』だ。その思想は、あまりにも人間味に欠けている。そして同時に、あまりにも人間らしい。


「『ふぅん』って……貴様が訊いたんだろ?」


「あんまりナルホドナルホド言ってると、むしろ聞いてないと思われそうだったから、相槌を変えてやったんだ」


「そうか。それで、どうだ? 貴様の問いには答えたつもりだが」


「どうもこうも、私としてはさっきも言った通りだ」


「……親父に会わせろ、か?」


「ああ。プラド・クルーガ、おまえのことはなんとなく、ちょっとだけ理解できた。悪くないと思った。だから今度は獅子王の方だ」


「……俺の方は、貴様のことをまだ理解できていないのだが」


「私は照れ屋さんだから、私自身を語るのはあんまり得意じゃない。私の仲間も、言葉で繋がったやつなんかほとんどいない――いや、まあ、言葉で繋がったやつしかいない、とも言えるけどな」


 なにしろ私には暴力という選択肢がないのだ。

 だけど言葉の無力さも私は知っている。

 なにを言おうが、通じないものは通じないし、届かないものは届かない。


 ユーノスも、セレナも、モンテゴも、他の連中も。

 たぶん私の言葉なんて最初はそんなに聞いていなかったはずだ。


「よく判らんが……」


 困ったふうに眉を寄せるプラドに、私はにっこりと微笑んで言ってやる。


「行動だ。人は、なにを言ったかではなく、なにをやったかで人を見る。私はそこそこ示してきたつもりだし、だから今度はおまえにも示してやる」


 見ていろ。

 私が――クラリス・グローリアだ。


 なんて科白は、照れ屋さんなので言わなかったけれど。





ちょっと話の進みが遅くてすみません。

感想いただけると嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
クラリスさんはそろそろ服を脱いでおいたほうがいいかもしれない
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ