049話「獣の王_01」
出発から七日ほどで、さすがに飽きた。
なにしろ獣人の領域はひたすら平原で、たまに森や川があり、丘があったかと思えば、また平原を進み続ける羽目になる。
たまにそこらを歩いている野生動物を狩ったりとか、そんなイベントはあったものの、ひたすら平和に変化のない平原を進み続けるのみでは、クラリス・ラブアンドピース・グローリアといえども退屈を感じざるを得ない。
仕方ないので御者役のテナードに馬車の操り方を教えてもらったり、そこそこ打ち解けたプーキーとあれこれお喋りをしたり、セレナをからかったりして時間を潰したわけだが、それだって限界がある。
私は馬車を操るのに向いていなかったし、大して変わらない景色を眺めながら話すことなんてそれほどないし、あんまりからかいすぎるとセレナは怒る。
退屈は嫌いじゃない方だが、考えてみれば最近はそんなものを感じている暇がなかった。久しぶりに出会った退屈はあまり私を心地好くさせてくれず、仕方がないので考え事をしてそれなりの時間を潰すことになった。
で、八日目になって事情が変わった。
それまでの平原ばかりだった景色から打って変わり、目に届く範囲の全てが農地になった。十ヘクタールや二十ヘクタールなんてものじゃない、もっとずっと、地平線の向こうまで続く大規模農場だ。
プランテーション、という言葉が脳裏に過ぎるが、あれは外国の存在があってこその大規模農場だった気がする。これだけの規模の耕作を行い、得られた収穫物を、はたしてどう使うつもりなのか――。
昔の日本では、どのくらいの米を持っているかが即ち大名のパワーとでもいうようなパラメーターだったが、あれは戦争するために米が必要になるから、石高が多ければそれだけ大規模かつ長期の戦争ができるという話だったはずだ。
しかし獣人の領域では、どうなのだろう?
ピザすら知らないような連中が大規模農場で作物を大量に収穫して、一体なんの意味があるのか……まあ、そりゃあ、飢えないのはいいことだが、あまりにも過剰な気はする。もちろん獅子王が住む王都の規模が判らないので今は『気がする』に留めておくが、直感としてはやはり『過剰』だ。
「おい、セレナ。おまえが獣人の領域から追放されたときも、王都の周りはこんなだったのか?」
念のため訊いてみるも、愚問だった。
妖狐もまた私と同じように、見えている景色に驚いているからだ。
「いや……こんな大農場は、我は知らぬ。こんなにつくったところで食いきれぬじゃろうし、平原を潰して耕作しては野生動物がいなくなる。狩りをするのに不便が出るじゃろう」
「そういえば獅子王ランドールは肉食だったか」
肉を好む、とかレクスが言っていたはずだ。
ということは……このプランテーションはランドールの政策ではないのか?
「そもそもあの男が畑を肥やせと命じている姿など思い浮かべられぬ。『雑魚は畑でも肥やしていろ』くらいは言いそうじゃがな」
「なるほど」
となると――レクスと、彼女が見出した『王の器』は、かなり真剣なのだろう。
少なくとも、なんの見通しもなく王位簒奪を狙っているわけではない。
先を見ている。
たぶん。
◇ ◇ ◇
驚くべきことに、田園風景は丸一日も続いた。
馬車で一日進むだけの距離、ずっと農園が広がっていたのだ。
もちろんシミュレーションゲームじゃあるまいし、本当に畑だけがあったわけではない。途中途中に建屋があったり、用水路があったり、あるいは元は集落だったらしい場所なんかもあった。
しかし基本的には、農地が続いていた。
そして、この日は野営にはならなかった。
農地の端あたりから徐々に景色が町へとグラデーションになり、気付いた頃には街の規模になっていた。
で、馬車が止まったところで十数人の獣人に囲まれた。
レクス・アスカの部下――というべきか、ランドールの兵というべきか。
もちろん私たちをハメたわけではなく、出張帰りの軍師殿を迎えに来ただけだ。そもそも私たちが付いてくるなんてレクスですら予想していなかったのだ。
「彼女はクラリス・グローリアといいます。人族ですが、獣人の領域の端にある獣人たちの集落をまとめている者です。私の協力者になりますので、くれぐれも丁重に扱うように」
これが私の知る貴族的な環境であれば、騎士団と貴族、みたいな関係なのだろうか。レクスはそういう意味では騎士団長的な獣人にそんなことを言って、私についての説明はそれだけでさっと流してしまった。
「そういうことだ。多くは訊くな」
と付け加えたのは、山猫獣人のニーヴァだ。
立場の力関係は、どうやらニーヴァの方が騎士団長的な獣人よりも偉いらしい。ちなみに騎士団長(仮)は、猫っぽい獣人だった。豹かも知れないし、山猫かも知れないが、ニーヴァよりも獣度が高かった。
レクスにあれこれ訊きたいところだったが、当人は職場に戻って来たということで様々な報告を受け取ったり、あるいはレクスの方から物事を確認したりと忙しそうだったので、話をしている暇がなかった。
我々――私、セレナ、テナード、プーキーの四名は、騎士団長の部下に案内され、彼らが使っている宿舎っぽい場所で一泊することになった。
彼らは「多くを訊くな」という命令に忠実で、部屋と食事を用意したあとはこちらに関わることなく、結果的に私たちは部屋の中に押し込められた状態で夜を明かすしかなかった。わざわざ文句を言って揉め事を起こすのもバカらしいから、大人しく従ってやったが……ぶっちゃけ、もう退屈は感じなかった。
考えることが多かったからだ。
それはレクス・アスカの思惑であったり、あるいはランドールの息子である『王の器』のことであったり、過剰なまでの大規模農園がなんのためにつくられたのかであったり、もしくは獅子王ランドールのことであったり。
強いから、獣の王様。
獣王であり、獅子王。
狐人たちを追放した。
王というものについて、私は具体的にどうという印象も持っていない。かくあるべしという思想もなければ、強いて悪印象もない。
前世の『私』は日本という王のいない国――皇族はいたが――に生きていたから、絶対的権力を持つ王様というものを上手く想像できない。そもそもそんなやつはいないとすら思う。
クラリス・グローリアが生まれ育ったロイス王国にしても、シルヴァー・ロイス五世が国王ということになっているが、国の全てを思うがままにできるわけなどないのだ。そんなことは誰にだって不可能だ。
あるいは、魔王ならどうだろう?
名前はなんだったか……レクスは直接会ったことがあると言っていたが、えーっと……アーディ・アディロードだ。
魔王アーディは、ユーノスやマイアあたりに聞いたところによれば、やはり強さというものを根拠に王の位置に座っているという。
獅子王の場合は、獣のルールだ。
群のボスが、ランドール・クルーガと見ていいだろう。
だから群の外側で私のようなやつが別の群をつくっていても、気にならない。自分の群を害する『反獅子連』でさえ、直接的な害を加えられる段階にならなければ討ち倒そうとしない。『反獅子連』が好き放題活動できているのは、皮肉なことにランドールが王だからだ。
魔王の場合は、どうなのか。
まさか魔王もまた獣の規律に拠っているとは考え難い。なにしろユーノス……いや、この場合はヤヌスというべきか。ユーノフェリザ氏族が国を追われたのは、レクスの証言を信じるなら『そういう政策だった』からなのだ。
外側にエネルギーをぶちまけてしまうから、内側でエネルギーを消費する。そのための生贄に、たまたまユーノフェリザ氏族が選ばれた。もっと前には別の氏族が、そしてきっと、今後は別の氏族が。
「面白い――とは言い難いな」
寝床に転がって粗雑な天井を眺めながら、私は呟いた。
面白くないのは、嫌だ。
そのことだけは、はっきりしていた。
そして同時に、私は知っている。
面白いことだけやって生きていくことなどできはしないのだ。
ちょっと残念だけれども。
◇ ◇ ◇
十日目。
レクスの部下を旅の一行に加え、ようやく王都へ辿り着いた。
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