047話「移動、流転、停滞_01」
「『王の器』と、器でない獅子王を見てみたいから付いて行くぞ。せいぜい客分として丁重に扱えよ、レクス・アスカ」
翌朝。
寝起きの女豹をつかまえて、にんまり笑って言ってみせた。
が、やはりレクスの表情はあまり動かなかった。
むしろ昨日よりもぼんやりしていたほどだ。
たぶん、朝に強くないのだろう。
「はぁ……付いて来るのですか?」
「そっちの用は済んだろ。獅子王ランドールを殺したいから協力して欲しいって話はもう聞いた。首を縦に振るにしても横に振るにしても、情報が足りない。私はおまえと違って耳で見ることはできないからな」
「つまり、判断をするために『目で見に行く』と?」
「そういうことだな。おまえの言うように、獅子王の息子が『王の器』であるなら、協力したいっていう気持ちになるだろう。あるいは獅子王がゴミクソ野郎なら、それはそれで協力したいって気持ちになるだろうしな」
「なるほど。判りました」
ほとんど即答したレクスは、ちょっと考えるようにして付け加えた。
「ただ、食糧や馬車の余裕がありませんので、それは自前でお願いします」
◇ ◇ ◇
そんなわけで、ユーノスやモンテゴなんかにあれこれと曖昧な指示を出し、ガイノスには改めて迷宮攻略を任せ、出発である。
馬車はヤマト族の荷馬車を一台、大急ぎで箱馬車に改造させた。魔境を開拓しているおかげで木材に不便はなかったし、コボルトたちに細工を任せればあっというまに木材から部材へ早変わり。これを組み立てさせ、人数分の保存食だのなんだの、旅グッズを用意し、準備完了。
メンバーは――まずは私、クラリス・グローリア。
護衛と個人的な理由から、妖狐セレナ。
身の回りの世話をするために、コボルトのプーキー・シャマル。
彼は先日仲間に引き入れたシャマル族の長だ。私に対しては恨みと感謝が半々といったところのようだが、仮に寝ている間に首を斬られても私はあまり困らないし、シャマル族は今のところ重要な仕事を任せていないのもあった。
それから、ヤマト族のテナード。
考えてみればまともに馬車を御せる者がいなかったのだ。ただしアルトはヤマト族のリーダーなので連れて行くと不都合が多くなる。そんなわけで、アルトに相談すると「馬車で旅ならあいつがいいです」とのことで、テナードが推された。
出発してみれば、アルトが推した理由がすぐに理解できた。
馬を操るのが上手いのは当然として、テナードはごくごく自然体なのだ。私にもセレナにもプーキーにも、遠慮や気負いがない。
黙っていても気まずくない――そういうタイプの男。
というか、気まずいというならプーキーの方だ。
いや、別に私は気まずくないのだが、パピヨン犬のぬいぐるみめいたプーキーが怯え半分でこちらの顔色をちらちら窺ってくるのは、なんというか、少々うざったいものがあった。私は加虐趣味の持ち合わせがないのだ。
「なにか言いたいことがあるなら聞くぞ、プーキー。特別に絶対怒らないで聞いてやると約束してもいい。私は約束をなるべく守るからな」
あまり揺れない箱馬車の中、頻繁にチラ見され続けて幾星霜……いや、実際にはたぶん二時間くらいだろう。
相手の様子を窺ってじりじりと焦れるだけの時間は、好きじゃない。
「言いたいこと、っていうよりは……不思議なんです」
わずかな怯えと同時に、ほっとしたような雰囲気でプーキーは言う。
「不思議とは?」
「だって、わざわざ獅子王様に会いに行くなんて……それに、クラリス様は、あの豹族の女に協力するつもりなんですよね?」
「まだ協力するつもりではない」
「でも、あの人の言うことが正しければ、協力する」
「まあそうなるな。実際に見た獅子王がクソ野郎で、その息子が『王の器』であると感じたなら、王殺しに協力してもいいと考えている」
「どうして、ですか?」
「どうして、とは?」
「だって――」
迷うように言い淀み、呼吸数回分の間を置いてから、続ける。
「はっきり言って、僕たちには関係ないじゃないですか。クラリス様は獅子王様の臣下でもないし、敵でもない。獅子王様に税を納めているわけでもない」
「それを言うなら『反獅子連』だって、別に私の敵ではないぞ」
「え?」
「向こうからやって来るから迎撃したんだ。当然だろ。おまえたちシャマル族は、狼族を迎撃できなかったから従わざるを得なかった。これも当然だな。じゃあ、今はどうだ? レクス・アスカに協力しなかった場合、どうなる?」
「……判らないです」
困ったふうに眉を下げ、ぺたりと耳を下げてしまうプーキーだった。よく見れば尻尾も力なく垂れている。普段は重力に逆らうように持ち上がっているのに。
正直、めっちゃかわいい。
しかし今は真面目な話を求められているような気がするので、ちゃんとしよう。
「いいか、プーキー。物事というものは『放っておけばそうなる』ように動くものだ。果実は落ちるし、水は低きに流れる。私が獣人の領域に来る前から『流れ』はあった。どういう意味かは、判るだろ?」
「『反獅子連』……ですか」
ぴょこりと耳が立ち上がる。私は大きく頷いて見せた。
「ああそうだ。『反獅子連』の目的は、文字通り獅子王ランドールの打倒だ。この一点に関してはレクス・アスカとも共通している。つまりそういう『流れ』が生まれている。すると当然、ランドールは反対の流れを生む」
反撃だ。
脅かされれば、誰だってそうする。
「大きな『流れ』に流されてしまう前に、私たちは『流れ』を生む側に立つ必要がある。関わる価値のない、関わっても仕方がないような『流れ』だったら放っておけばいい。だが、そうでない場合は放っておくわけにはいかない」
物事とは、放っておけばそうなるように動く。
大きな流れには逆らえない。
シャマル族が押し流されて『反獅子連』に呑み込まれたように。
私たちだって、流れが大きすぎれば呑まれるしかない。
ではどうする?
簡単だ、放っておかなければいい。
「クラリス様は――」
垂れていた尻尾が持ち上がり、プーキーの眼差しがこちらへ向く。
なんだかキラキラした瞳が、私を真っ直ぐに私を捉えている。
「――そうか、そうなんですね。クラリス様は、クラリス様なんだ」
納得したように呟くプーキーだったが、残念ながら意味は判らなかった。
私は私である。しかしそんなトートロジーを口から垂れ流して悦に入っているようには見えない。だって、半月続いた曇天の切れ間を見つけたみたいに、ひどく嬉しそうなのだ。韜晦であったりするわけがない。
が、やっぱり意味は不明だ。
仕方ないので私は偉そうに胸を張ってにんまりと笑って見せる。
「ああ、そうだ。私はクラリス・グローリアだぞ」
……プーキーの隣に座っている妖狐セレナは微妙に呆れ顔だったが、気にしてはいけない。私は気にしないことのできる美少女なのだ。
◇ ◇ ◇
とにかく、そんな感じで車内の空気を清浄化し、御者のテナードに馬車の扱い方を教えてもらったりしつつ、旅路は順調に進んだ。
日の出ている間に進めるだけ進み、日が落ちればそのあたりで野宿。持ってきた薪で火を熾し、道中で運良く野生動物を狩れればそれが夕食に。狩れなければ保存食の出番だ。私自身は食べなくても大丈夫だが、断食したいわけではないので、できれば道中の狩りは頑張って欲しいところだった。
ちなみにレクスたちの基本的なメインディッシュは麦粥だった。
干し肉や野草のスープに荒く挽いた小麦をぶち込み、どろどろに煮たもの。
はっきり言ってくそ不味い食い物だ。
仕方ないので水団子の作り方を伝授してやった。といっても、小麦粉に水を加えて練ったものを薄く伸ばしてちぎってスープに入れるだけなのだが、どろどろの麦粥よりはいくらかマシだ。
「あまり食事に興味はなかったのですが、こうして歴然とした差を感じると、こちらの方面にも力を入れるべきかも知れませんね」
スープに浮かぶ小麦団子をもっちゅもっちゅ咀嚼してからレクスは言った。
感心しているような声音なのに、焚き火に照らされた彼女の表情はやっぱり変わらない。頭の上の獣耳も、例えばプーキーほど判りやすく感情を見せない。
「文化は大事だぞ。食文化に限らずな」
「でしょうね。ランドールは偏食ですし、調理というものにさほど興味がありません。絵画にも、音楽にも、踊りにも興味がない」
「じゃあ、獅子王は一体なにを好むんだ?」
「単純な闘争と、女、それに酒ですね。一部の蛇人たちが製造している葡萄酒がお気に入りです。肉を食べ、女を抱き、酒を呑み、敵を屠る……それが獅子王です」
「聞いてる限りだと、ただの野蛮人だな」
「違いありません」
耳も尻尾も表情も、ぴくりとも動かさずにレクスは言った。
なるほど、と私は頷き、野営中の他の面々を眺め回してみる。
まず、レクスの兵士たちはとっくに食事を済ませて馬の世話や物資の整理などをしている。猫獣人らしいので夜目が利くのだろう。同じくリーフ・リーザも自分の馬の手入れをしているようだった。テナードも同様だ。
少し視線を横へ動かせば、レクスの側仕えとかいう山猫ニーヴァと妖狐セレナがなにやらぼそぼそと話をしている様子。コボルトのプーキーは馬車の中で荷物を整理しているらしかった。
私は小さく溜息を洩らし、今度は真上へ視線を向ける。
雲ひとつない黒の中、無数の星々が煌めいている。
幾万のおざなりな拍手のようにも見えたし、幾億の亡霊の眼差しのようにも見えた。打ち鳴らされ、届かぬ場所からこちらを見ている。
獣だろうが、人だろうが、魔だろうが――星であろうとも。
知ったことか。
私は、流されてなどやらない。
そう思った。
感想いただけると嬉しいです。
今まで付けてなかった話数の通し番号を手動でちまちま振ってみました。
一覧で見るときにちょっと見難いかな、と思って付けてみましたが、いかがでしょうか。




