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悪徳令嬢クラリス・グローリアの永久没落【書籍化】  作者: モモンガ・アイリス


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046話「迷宮、そして女豹_04」





 ピザをつくるのに必要なのは、生地と具とチーズである。

 それは女の子を構成するものが砂糖と香辛料と素敵なもの全部であるのと全く同じことだ。いや、嘘だ。ちょっと違う。正確には全然違う。


 冗談はさておき、小麦粉はオークたちがつくっており、チーズはトーラス族が飼っている牛の乳を加工してつくっている。

 あとは具材だが、シンプルにトマトソースとバジルだけだ。


 もちろん、地球と同じトマトやバジルは存在しない……のかどうかは判らない。牛だっているのだから、探せばトマトくらいあるかも知れない。しかしわざわざトマトを探さなくたって、トマトっぽい野菜は栽培されていた。


 これは別に獣人の領域にのみ生えている植物ではなく、私が火炙りにされる前もよく食べられていたのだが――まあ、そのあたりの話はいいだろう。バジルだってようするに香草だ。似たような植物なんてあるに決まっている。


 要点はふたつだ。


 ピザは美味い。

 ほとんど誰もピザを食べたことがない。


「これは……!」


 まるで重大な問題に気付いたかのようなリアクションをとったレクス・アスカは、一口だけ食べたピザを二秒間だけ真剣に見つめたのち、がつがつと一切れ分を食べきってしまった。


「熱っ、熱いですね。これは。熱い」


 たぶん本当に熱いのだろうが、ほふほふと息を吐きながら呟くレクスの表情はあまり変わっていない。


「だから言ったにゃ! ピッツァは美味いにゃ!」


 何故かリーフ・リーザが自慢気に主張したが、レクスはピザを食べるのに夢中らしく、まるで聞いていなかった。

 その横を見れば、側仕えの山猫獣人ニーヴァも無言でピザを口に詰め込んでいた。確かに美味い食べ物だとは思うが、ここまで驚かれると、やはりカルチャーギャップのようなものがあるのだろう。

 そもそも私は獣人の平均的な食生活を知らないわけだし。


「すごいですね、これは。確かに小麦を挽いて粉にする、粉に牛や山羊の乳、あるいは水を加えて練ったものを焼くという調理法は知っていましたが、それがこうなるとは……人族は日頃からこのようなものを?」


 ピザの一ピースを咀嚼し終えたレクスが、表情こそさほど変えないものの、かなりの好奇心をあらわに私へ近づいて来る。


「さぁ、どうだろうな。別に人族はピザばっかり食べてるわけじゃないぞ」


 そんな生活は嫌だ。

 というか、ロイス王国で貴族令嬢をやっていた頃でもピザらしきものは食べた覚えがない。トマトソースもチーズもパンも見たことはあるのに。


「我々の食生活は、かなり大雑把ですから、衝撃的ですね」


 うんうん、と独りで頷きながらレクスはニーヴァへ目配せをひとつ。ちょうど二ピース目を食べ終わったところらしいニーヴァは首肯を返してカタリナに次のピザを要求していた。


 言い忘れていたが、場所は集会所跡である。

 つまりその気になればカタパルトでの投石が可能な場所に、組み立て式の石窯を用意させ、ピッツァパーティを開催しているわけだ。


 まあ、今のところ投石しようとは思わないが。


 ちなみに『組み立て式石窯』の作り方は簡単で、ドワーフのドゥビルが暮らしている岩山地帯で切り出した大岩を、魔人種に切ってもらったのだ。剣や槍で岩を斬れる連中の、実に有効利用である。

 そうして切り出した岩を組み立てるのは平均身長三メートルほどのオーク。石窯に火を入れる作業は、魔人種が魔法で行う。単純に、石窯の中に火の魔法を放つのだ。出力調整はなかなか難しかったが、誰だって美味いものは欲するものだ。


 欲しいモノに対しては努力する。

 そういうこと。


「ところでレクス・アスカ。いくつか訊きたいことがあるぞ」


 二ピース目をはぐはぐと咀嚼するロリ巨乳お姉さん女豹に話しかけてみる。ピザに集中しているようだが、ネコ科の耳がぴくりと動いたのは判った。


「おまえ、獅子王を殺したいとか言っていたな。仮に私たちの協力を得られたとしよう。そんで、仮に仮を重ねて、獅子王ランドールを殺したとしよう。その後はどうするつもりだ? おまえが女王にでもなるのか?」


「いいえ。まさか。私こそ王の器ではありません」


 ぺろりとトマトソースの付着した指を舐め、レクスは肩を竦める。


「じゃあ、どうするつもりなんだ?」


「ランドールには子が多くいます。無能も、放蕩も、勤勉も、有能も……そして、王の器足りうる者も」


「親父を殺されて、その後釜に大人しく座ってくれる『王の器』がいるわけか」


「既にこちら側ですから」


 なんでもないことのように女豹は言う。それから、ちらちらと石窯の方へ視線をやっては、自分の腹の辺りを何度か手でさすりはじめた。


「腹一杯なのか?」


「……小食なのを恨めしく思ったのは、もしかすると生まれて初めてかも知れません。ピザですか……なるほど」


 どうやら帰ったら自作してみようとでも思っているのかも知れない。

 が、レクスのピザ構想よりも重大な問題は、中空を漂ったままだ。


「そいつはどんなやつだ?」


「『王の器』ですか。そうですね……公明正大になろうとして苦労なさっています。ランドールとは正反対で、自由奔放という言葉からは遠い人物ですね。ただ、彼が一番ランドールの血を強く引いているように感じます」


「なんて名前だ?」


「プラド。獅子王ランドールの息子、プラド・クルーガ」


「ふむ。覚えておこう」


 王の息子と結託して王殺しを企てる側近――とんでもない悪党に聞こえるはずなのに、レクスからは後ろめたさのようなものをまるで感じない。

 いや、レクスだけではない。リーフ・リーザにしても、山猫のニーヴァにしても、背徳感が全くないのだ。かといって己の正しさを信奉しているようにも見えない。


 ごく自然だ。

 こうするべきと思って、そうしている。


「クラリス殿」


 と、いつの間にかガイノスが自分と私の分のピザを持って横に突っ立っていた。有り難く受け取り、わずかだけ冷めたピースを口に放り込む。


 そういえばこっちの問題も棚に上がっていたか。

 岩山地帯に出現した『迷宮』……こっちもこっちで面白そうではある。


 さて――どうしたものか。



◇ ◇ ◇



 こっちはこっちで話し合いをしたい、とレクス・アスカに告げ、ユーノスやモンテゴらを伴って、とりあえずモンテゴの家に集まった。

 レクスたちはピザパーティを続けてもらって、眠くなったら私の家を使えと言ってある。無駄に広いので、護衛の面々――聞けば山猫ニーヴァの部下とのこと――を収容しても、まあ大丈夫だろう。


 ユーノス、モンテゴ、セレナ、ガイノスにマイア、カタリナとキリナ、あとは何故かコボルトのプーキーと、トーラス族のスパーキ。

 プーキーはついこの間、私たちの仲間になった方のコボルトで、スパーキはあれだ、ユーノスを「アニキ」と呼ぶ牛族のやつ。


「で、『迷宮』の方はどうするんだい?」


 口火を切ったのはマイアだ。槍使いの女魔人種。ユーノスの幼馴染とかいう話だ。素敵な響きで、とても羨ましい。幼馴染。私にはいないものだ。前世も含めて。

 いや、いたところで現状を顧みれば悲しい話になるので、いなくてよかったか。


「そっちはガイノスに任せようと思っている」


 と、私は言った。

 返答は予想通りだったのか、誰も驚いた顔はしなかった。モンテゴだけが少し不安そうにしていたが、それだけだ。


「それはいいのだが……任せると言われても、具体的な方針はあるのか? クラリス殿に考えがあるのなら、聞いておきたい」


「慎重にやれ。好きにやれ。決して調子に乗るな。調子に乗った結果として誰かがどうにかなったりしたら、私はとても怒るぞ」


 自分でもなんだかなと思う発言に、しかしガイノスは満足そうに首肯してみせた。その言葉が欲しかった、とでもいうふうに。


「心得た。クラリス殿の意向を胸に刻もう」


「で、あんたはどうするのよ?」


 マイアがまた話を進めてくれた。私に対して謙ることもなければ遠慮することもない、彼女のそんな態度が私にはむしろ心地好い。

 だって、なんかみんなして『クラリス様』だの『クラリス殿』だから、ちょっぴり距離感は覚えるのだ。そりゃあ自分のやったことくらいは認識しているから、そういう扱いになるのも判らないではないが。


「連れて行くやつを誰にするつもりだ?」


 と、私がどうするかという話をする前に、ユーノスが言った。

 思わず眉を上げてしまうが、そんな私が面白かったのか、ユーノスは口の端を吊り上げて続けた。


「話は横で聞いていたから判っている。おまえ、獅子王の息子に興味が湧いたんだろ。そのついでに獅子王も見てみたいと思っている。レクス・アスカがどうして獅子王ランドールを見限ったのか、担ごうとしているその息子がどんなやつなのか。『目で見てみたい』……違うか?」


 違わない。

 のだが、完全に見抜かれていたのには、驚いた。


「……まったく、呆れたものだな。このクラリス・グローリアの思考をそれほどまでに追跡できるとは。ひょっとしてユーノス、おまえは私の信奉者か?」


「ふん。盲目的な信奉などくそくらえだが、おまえのことはよく見ている。信奉なんぞする気はないが、信じてはいる」


「………」


「忘れるなよ。俺たちは『グロリアス』だ。おまえに変えられた、おまえが変えた氏族だ。俺たちは、おまえと共にある」


「………」


 真顔で、照れもせず、言い切られてしまった。

 しばらくなにも言えずにいると、くつくつと笑い声が洩れてきた。私のじゃない。さすがにまだ、ちょっと笑えない。


 妖狐セレナだ。


「くっくっく……はは、うふふ……クラリス・グローリアともあろう者が、仲間の信頼がそんなに意外かえ?」


「……別に、そんなことはない」


「変えたのというのなら、変えられたというのなら、我もそうじゃ。キリナもな。だから付いて行くなら我が行こう。力の及ぶ限りで、お主を守ってやる。それに、獅子王を殺すならば、やつが死ぬ前に訊きたいこともある」


「それじゃあセレナ、おまえと、プーキーが付いて行け。護衛と、身の回りの世話だ。いいか、クラリスは驚くほどなにもできないからな」


 勝手にユーノスがまとめてしまった。

 ので、私はなんとなく、モンテゴに視線をやってしまった。

 身長三メートルの豚獣人は、小さく笑いながら頷いた。


「クラリス様が、したいようにすればいいべな」


 単純な足し算の答えを告げるような言い方だった。

 もしかすると、単純な掛け算かも知れない。

 どっちでもいいけれど。






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