045話「迷宮、そして女豹_03」
「獅子王を殺したい……じゃと?」
誰より先にリアクションを取ったのは、妖狐セレナだった。茶を入れていた木製のカップを床に置き、はっきりと不審を表してレクス・アスカを睨んでいる。
二十代ロリ巨乳の女豹は、表情を変えなかった。
「はい。ランドールは王に相応しくない。はっきり申し上げるなら、私たち獣人にとって邪魔です。彼が王のままだと、私たちはいずれ人族に平伏すことになる」
口調も、やっぱり変わらない。
そう思ってるから、そう言っている。
「私たちはもっと混ざり合わねばならない。個々で群をつくっているだけでは、個々に切り取られて、従属させられるでしょう。『反獅子連』のような烏合の衆にでさえそれができる。人族ならもっと上手くやるでしょう」
獣人たちの混成軍。
そういう意味では『反獅子連』と、私たち『グロリアス』は似ているのだ。やつらは力で従えて、こちらは言葉と態度で抱き込んだ。どちらが積極的に働いてくれるかなんて火を見るより明らかだが、現象自体は同じことだ。
「獅子王ランドールは強大なのだろう。力で従わせ、獣人たちを纏め上げればいい。どうしておまえは獅子王にそうさせない?」
ユーノスが口を開いた。
もっともな意見だが、反論は簡単だ。私にも判る。
「ランドールはそんなことに興味がないからです。人族が攻めてくるのであれば、戦って追い返せばいい、そのように考えています」
「それでは駄目なのか?」
「ええ。それでは駄目です。そもそも人族は明確に『攻め込む』ようなことをしません。もっと狡猾に、迅速に、私たちを削るでしょう」
まあそうだろう。
恨み辛み以外の理由で生じる戦争の目的は、経済効果が最たるものだ。つまり、戦争することで得をするか、戦争しないことで損をするか。
そして――現代日本の知識を有する私であればすんなり理解できるが、戦争とはなにも武力衝突のみを意味しないのである。
冷戦、なんて言葉もあった。
経済戦争、なんて言葉も知っている。
例えば、人族が『奴隷商人』とかいう戦闘部隊を獣人の国へ送り込み、部族単位で攫っていくようなことがあれば、獣人たちには防ぎようがない。そりゃあ、何度も繰り返されれば人族に対する防衛部隊を組織して国境を守らせたりはするだろう。しかしそうなれば、単に奴隷商売をしばらくやめればいいだけだ。
結果、獣人たちはただ損をする。人族は利益だけを得る。
そして――何も起こらない場所を守り続ける大部隊など、配置しようがない。軍は金がかかる。金のない獣人の国においては、食糧が減り続けるという意味だ。税として麦や穀物は納めさせているようだが、無限に続くわけがない。
国境防衛部隊はいずれ軍縮する。人族が突破できる規模まで軍縮されれば、また『奴隷商人』を送り込めばいい。
私がぱっと思いつくだけでも、このくらいのシナリオは見える。
もっとタチの悪い連中であれば、もっと悪辣な筋書きを構築できるだろう。
「……どうして人族は今まで獣人を襲わなかったんだ?」
眉を寄せてユーノスは問いを浮かべた。誰に対して浮かべた問いでもなかったので、うっかりすれば疑問符が中空をふわふわと漂い続け、いずれはぱちりと弾けていたかも知れない。
「そういう時期なのでしょう」
答えたのはレクスだった。
「時期、とは?」
「例えば魔族は定期的に自ら問題を起こすことで停滞と弛緩を避けていると聞きます。身の内側で軋轢を起こすことで、外側に暴力が向かわないように調節している……そういう政策らしいですね」
「それは、誰から聞いた?」
ユーノスの目付きが鋭くなった。
「魔王アーディ・アディロード」
答えるレクスの口調は、やはり変わらない。
はっきりと顔色を変えたのはユーノスの方だ。
「魔王様に、会ったことがあるのか?」
「はい。こう見えても獣王の側近です。それにランドールは政治的な話を鬱陶しく思っている節がありますから。魔王の意向や考えは私が聞きました」
「獣王に会いに来たということか?」
「そうです。八年前になりますね。獣人の国に侵攻するつもりがないこと、もし獣人の国に流れて来る魔族がいれば、攻撃しても報復しないこと。獣人が魔境を超えて魔族の領土に入った場合は攻撃される、というようなことを仰っていましたね。基本的には、不干渉を謳っていました」
「……そうか」
神妙に頷くユーノスだった。
私としては「へぇ」と息を洩らしたくなったが、レクスの手前、それは我慢しておいた。魔王という言葉の響きからして、もっと傲慢だったり暴虐だったりするものかと思っていたが、聞いてみれば、ただの『強者』だ。
そっちが関わらないなら、放っておいてやる。
魔王が獣人に告げたというのは、ようするにそういうことだ。
無論、視点を変えれば相互不干渉をわざわざ伝えに来た弱腰、のようにも見えるはずだ。たぶん獅子王ランドールはそのように捉えた。
が、それはいい。
今は魔王の話は横に置いておこう。
人族の話が、問題なのだ。
「つまりこういうことか。内側でやることがなくなってきたから、外側に欲望が飛び出してくる時期になった」
と、私は言った。
あまり詳しくはないが、江戸時代の大名なんかは手柄の立てようがなくて苦労したという。もちろん平和主義の大名だっていただろう。しかし戦がなければ戦功を上げられないのは、単純な事実だ。
ロイス王国を振り返れば、大貴族とそうでない貴族の力関係はもう出来上がっていて、小難しい権力抗争はあるものの、なにか新しいことをやるには情勢が膠着してしまっている。
外部になにかを求める時期になった――そんなところか。
発明や発展に力を注げばいいものを、他者から奪うことに執心してしまう。
それを人の性とは言いたくないが、ある種の性質ではあるのだろう。
地球においても、科学を最も発展させたのは戦争だ。
……ん?
今の思考、なにか引っ掛かる気がする。
なんだろうか。クリティカルな部分の表面を撫でたような感触。この事態における本質に、無自覚に触ったような感覚。
「おそらくは、そういうことでしょう」
こくりと頷くレクスに、私の思考は中断させられる。
まあいい、とりあえずは棚上げだ。
話すべきことは、もっと簡単。
「――それで、おまえは結局、なにをどうしたい? おまえがランドールを殺したいのは判った。それが獣人全体を考えてのことだっていうのも理解はした。しかし判らないな。わざわざ私に会いに来て、一体全体何の用事だ?」
目で見に来た?
そんな建前を聞きたいわけじゃない。
この女豹なら、既に算段くらいはつけているはずだ。当初の目的と照らし合わせて、なにをどうするかの修正は終えているだろう。
レクスは少しの間、私をじっと見つめていた。
観察の眼差しだ。他の余分が一切ない、怪訝も嫌悪も好奇もない、そんな視線。特に義理など感じなかったが、私は彼女の視線を正面から受けてやった。
敬意を表したのだ。
獅子王の側近が自らやって来た、そのことに。
ふっ、と吐息を洩らし、レクスは表情を変えないまま言った。
「協力を願いたい。私に協力して、ランドールを討ち取り、人族の侵攻に備えてはくれませんか? それは、貴女たちの自衛にも繋がることです」
裏がなさそうな、言い方。
けれども、表でもなさそうな……。
さて、なんと答えたものか。
というより、私の一存で答えたくない類の要請だ。
私はユーノス、セレナ、モンテゴを順繰りに眺め、それからレクス・アスカ、山猫のニーヴァ、行商人リーフ・リーザへと視線を滑らせる。
――と、
「クラリス様。ピザが焼けましたけれど……」
「もしかして、お邪魔でしたでしょうか?」
カタリナとキリナの少女コンビがやって来て、そんなことを言った。
扉が開かれる音に気付かなかったのは、思考に集中していたせいか。
「ピッツァにゃ!」
と、リーフが脳天気な声を上げ、ピザの話を聞いていたのかレクスも興味深そうにカタリナやキリナの方へ視線を向けていた。
「いいや、邪魔なんかじゃない。返事の前にピザを食わせてやろう。こちらはこちらで、仲間内で相談したいところだったしな。構わないだろ?」
「ええ。構いません」
というわけで、レクス・アスカとの面談は一時中断。
ぶっちゃけ、話をしているだけなのにちょっと疲れてしまった。
不死身だというのに頭を使うと疲労するのだから、なんとも不思議なものだ。
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