042話「次の局面へ_02」
さてさて、面白い話にはなりそうだったが、リーフ・リーザばかりにかまけてもいられないのが実状である。
ぶっちゃければ、あれこれ話したところで猫獣人の行商人の怪我がある程度治るまでは、こちらにしろあちらにしろ、どうしようもないことだ。
怪我が治ればリーフは村を出て、獅子王ランドールの膝元である王都へ――そこがどのくらい栄えた場所なのかを私は知らないが――戻るという。
好きにすればいい、と私は言った。
ただし敵に回るつもりなら容赦も躊躇もしないし、敵に対して卑怯なことだって私はやるぞと脅しておいたが。
ま、さておき――だ。
狼獣人が率いる『反獅子連』への対処にしばらくかまけていたのと、その戦後処理もあって村のことや魔境のことが割とおざなりになっていた。
ので、ようやくそちらに注力できるターンが回ってきたわけだ。
実際のところ、私は戦争なんかよりも畑の面積を増やしたり、魔境の開拓を進めたり、訓練するカタリナやキリナやそれを教えるユーノスやセレナを見ている方が楽しいのだ。モンテゴの肩に乗って彼の頭をぺちぺち叩きながら、村や畑や馬や牛の様子を眺めている方が、ずっと心安らぐことだ。
永遠に心安らいでいたいとすら思う。
どうせ叶わないのは知っているが。
◇ ◇ ◇
新たに仲間に加わった蜥蜴人と狒々族、そしてコボルトのシャマル族に関してだが、実のところ私はノータッチだった。ほとんどノータッチ、というのが正確だが、あれこれ指示したりも別にしていないのだ。
まず、アストラ・イーグニア以下数名の蜥蜴獣人、リザードマンたち。
彼らはクラリス・グローリアにというより、ユーノスら『グロリアス』に下ったと表現した方が判りやすい。
彼らは戦士の一族であり、イーグニア族最強の戦士たるアストラが、ユーノス・グロリアスを認めた。そのことが最も重要であり、そこに私が差し挟まる余分はない。強いて言えばユーノスたちは私の意向に同意するというだけだ。
リザードマンたちがなにをしているかといえば、魔境の川沿いを担当されたらしい。「川沿いの担当」ってなんだよ、と、私ぐらいになると非常に素敵な問いを浮かべることができるのだが、なんと彼らは泳ぐのがものすごく上手かった。
……いや、この言い方はなんか違う。
彼らは水辺で性能が落ちないのだ――とでも評すべきか。
普通の陸上生物であれば、流れる水に膝まで浸かっていればやはり自由に動けないものだ。当然である。
しかし蜥蜴人にはそれがない。流れる水に半身浸かっていても、まったく性能が下がらないのだ。このアドバンテージはかなり大きい。
集落の近くを流れる川は幅が十メートル近くもあり、ところどころで流れが急になったりするので――まあ、私は流れが急でなくても流されるのだが――実際、魔境の探索においてはちょっとした難所ではあるのだ。
そこの問題がクリアされたことにより、探索の精度や範囲や円滑さがかなり改善されたという。
「オレ達、グロリアス、付イタ。クラリス、グロリアス、オレ達、グローリア違ウ。デモ、グロリアス、クラリス、好キ。ソレハ、ワカル」
とは、イーグニア族最強の戦士、アストラの言。
じゃあおまえはどうなんだと問えば、
「クラリス、弱イ、ケド、強イ。キットオレ達ヨリモ。尊敬」
とのこと。
爬虫類顔だけに表情があまり読めないが、正直なやつらだ。
次に、狒々族。
なんというか……アレだ、彼らは喋る狒々だ。
彼らは森に住処を持っており、『反獅子連』による襲撃を受け、降伏して『反獅子連』の戦力に加わった、加えさせられた、そういう経緯があった。そういう経緯の持ち主は少なくないようだった。
で。
粉塵爆発とカタパルトによる投石から、どうにか重傷を回避できた少数の狒々族たちがグロリアスに下ったという経緯になる。
彼らの美点は、わだかまりを持たないところだ。
我々は狒々族の仲間たちを少なからず殺している。戦いとはそういうものだ。狒々族もまた、「戦いとはそういうものだ」と考え、感じている。
種族としての特徴は、森での自由度だ。
やはり狒々だけあって木々のある場所では性能が上がる。戦闘力においてはユーノスたち魔人種、グロリアスの面々が突出しているが、森での機動力だけなら狒々族に軍配があがるらしい。彼らは木々のある場所では立体的に動く。
「クラリス様のこと、オレたちはまだ深く知らない。それでも『反獅子連』よりずっとマシなのは、判る。たぶんクラリス様は、期待を裏切らない」
などというプレッシャーまで掛けられてしまった。
ちなみに狒々というのは日本では「猿の妖怪」みたいな意味合いだったはずで、だとすれば狒々獣人という言い方が正しいのかどうなのか、ちょっとよく判らないが……まあ、別になんだっていいことだ。
どうせどんな誰を仲間にしようが、奴隷にする気などない。
というわけで、彼らもまた魔境の探索と開拓に一役買ってくれた。
で。
そうなると、今まで魔境に回っていたオーク族やトーラス族なんかの手が空くことになり、彼らは元々向いていた農耕やなんかに戻ることができたし、手が足りていなかったドワーフのドゥビルへと人手を回すことができるようになった。
数は力だ。
不死の私が断言しよう。
数は力である。
有効に利用された数は、というべきか。
それから、コボルトのシャマル族。
彼らはポロ族が説得にまわり、我々の仲間になることを選んだ。
そもそもはシャマル族もまた『反獅子連』に侵略され、戦力――というよりは奴隷のような立場だったらしい――として利用されただけであり、狒々族とは違ってそれほど「わだかまらない」タイプでもなかった。
――どうして自分たちがこんなことに。
誰だってそう思う。狒々族や蜥蜴人のように割り切ってしまえる方が珍しいのであり、そんなふうに思ってしまうシャマル族のことを、私は蔑もうとは思わない。そういった感性は大事だ。そう思ってしまうだけの悲惨さを、彼らは十分に体験したと思う。体験させるに一役買った私の科白ではないが。
ちなみにシャマル族の外見はパピヨン犬に似ている。
チワワに似ているポロ族が、悲しみに暮れるシャマル族を慰めている絵面は、申し訳ないがクラリス・かわいいものだって好きな女の子・グローリアのハートにきゅんきゅん来てしまったのはここだけの話にしておこう。
ともあれ、だ。
ポロ族の説得に応じたシャマル族が加わった。彼らもまたコボルトらしく非常に手先が器用で、どんな場所に配置しても実によく働いてくれた。
「僕たち、あなたのことを許せるか、判りません。でも、今はここに加えてくれて感謝もしてるんです。死んだ方がマシだって思ったこともあったけど……やっぱり僕たちは、死にたくなかった」
ものっすごく重いことを言われてしまったが、実際、命の問題は重いに決まっているのである。
他人の人生をまるごと背負うつもりなど私にはないが、クラリス・グローリアの行動によって他人の人生が左右されてしまうことに自覚くらいはある。過多はさておき、さすがにそのくらいは理解している。
そして――そのことに縛られてはなにもできやしない、ということも。
他人の人生を左右する?
他人に関わってしまえば、当然だ。
他人ごときに左右される方にも責任がある。
そうやって開き直る気持ちが、半分くらい。
あとの半分は――そう、「知ったことか」だ。
そういうのはもう、いいのだ。
◇ ◇ ◇
なんだかんだと日々は過ぎ、グロリアスも発展してきたように思う。
まあ魔境の開拓なんかは当初から異常な速度で森を開いたりしていたので、発展というならその速度に関しては最初からかなり早かったのではあるが、それにしたって当初から見ればかなりの『発展』だ。
元々オークの村だったスーティン村はあまり手を加えていないが、スーティン村から丘を挟んだ魔境側は、既に農地としてかなり整ってきたし、ヤマト族が頻繁に馬車を行き来させたおかげで道らしきモノもできてきた。
牛獣人のトーラス族は酪農を営んでおり、乳製品の加工もできるようになった。農作物の収穫は次の時期になるだろうが、幸いなことにオーク族の貯えは十分だったし、魔境での狩猟も順調だった。
この調子でいけば生活に困ることはないだろう。
夢のようなスローライフではないか。
「やっぱりクラリス様に任せて良かっただよ」
私を肩に乗せてのしのし歩くモンテゴが、楽しげに言う。
モンテゴの身長は三メートル近くもあり、彼の肩に乗ってあちこち歩くだけでなんでも楽しく見えてくるので、私は「視察」と称してみんなの働きを眺めて回るのが好きだった。死に物狂いで過労しているやつもいないし、仕事をほっぽり出してサボりまくるやつもいない。むしろたまにサボっていいくらいだが、どいつもこいつも『発展』の魅力に逆らえないらしく、活き活きと働いていた。
「さあどうかな。私に任せたせいで、いっぱいいろんなやつが死んだぞ。それでもモンテゴは私に任せて良かったのか?」
「んだべ。だってクラリス様に任せてなければ、みんな散り散りで、あの『反獅子連』に呑み込まれたり、殺されたりしてたべ」
「これから似たようなことになるかも知れないぞ」
「そうなっても、きっとおでらは『クラリス様に任せて良かった』って思うべな。たぶん。わかんねぇけども、そんな気がするだぁよ」
含みもなにもなく呑気に笑うモンテゴだった。
私はちょっと照れくさくて、意味もなく彼の頭をぺちぺち叩いた。
◇ ◇ ◇
それから。
リーフ・リーザの怪我が癒え、彼女が村を出て――だいたい二十日ほど。
ドワーフのドゥビルの手元として派遣していた魔人種、ガイノス・グロリアスが慌てたふうに報告をしに来たのと、せっかく飼い主の元に戻ったはずのリーフ・リーザが舞い戻って来たのが同時だった。
「クラリス殿。岩山地帯にダンジョンが見つかった」
「クラリス様。あたしの上司……レクス・アスカ様を連れて来たにゃん」
異なるふたつの報告。
スローライフなんて夢のまた夢ではないか。
よく考えたら、別にそんなものは望んでいなかったが。
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