041話「次の局面へ_01」
物事には区切りというものがある。
私、クラリス・グローリアにとっての大きな――大きすぎる――ターニングポイントは、言うまでもなく火刑だ。
あのときクラリス・グローリアは死んだとも言えるし、生まれ変わったとも言える。現代日本に暮らすアラフォーのおっさんの記憶が蘇った時点で、それまでのクラリス・グローリアと、それからの私は明らかに変わってしまった。
もちろん、何故か死なない身体になったのも、大きな変化だ。
あのときの私は火炙りにされていたからそれどころではなかったし、そこから先も自分のことで悩んでいる暇はあまりなかったので、クラリス・グローリアがどういったなんであるかなんてことは深く考えていなかった。
今も考えていない。
棚に上げたまま、放置されて埃を被り、まあいいかと流しっぱなしだ。
なんというか、アラフォーのおっさんの記憶が蘇ったとはいえ、私の意識としては「私はクラリス・グローリア」なのだ。さきほども述べたように、大いなる転換はあったにしろ、その自意識は取り立てて変わっていない。
クラリス・とってもとってもキュートすぎる・グローリアである。
ではでは、ユーノフェリザ氏族の生き残りはどうだろう?
魔境で出会った、ロイス王国エスカード領への突貫を命ぜられた憐れな魔族たち。彼らのうちほとんどは魔王の命に従い、人族へと攻め込んで死んでいった。そうでなかった者たちは私の口車に乗せられ、ユーノフェリザという名を捨てて、私と共に流離うことになった。
そして今、彼らは彼ら自身の名を名乗り上げた。
――俺の名は、ユーノス・グロリアス。
――俺たちこそが『栄光』だ。
まったく人の名を勝手にもじって高らかに宣言するだなんて、本当に悪趣味で愛おしい連中だ。私がどう思うかを考えていなかったのだろうか。
しかしまあ、ユーノスたち魔人種だけではなく、我々を構成するほとんどの者たちがユーノス・グロリアスの宣誓を受けて楽しげに笑っていたのは事実である。
オーク、コボルトのポロ族、犬獣人のマヤト族、牛獣人のトーラス族。
妖狐セレナも、その娘のキリナも。
新たに加わった蜥蜴人の男も――表情はやたら読み難いが――笑っていた。
ようするにそういうことなのだ。
クラリス・グローリアの、というよりも。
私たちの転換点が、ここだったのだ。
流浪のターンは終わり。
ここから先は、流されるのではなく流れて行くターンだ。
流れを生んで、それに乗っていく。
そしてきっと、別の誰かたちが生み出す流れにぶつかっていく。
この世の何処にでも有り触れた光景が、ここにも顕れるだけのことだ。
◇ ◇ ◇
さて、そんなわけでリザルトである。
狼族を中心とする『反獅子連』の、名前はなんだったか、ギャーとかそんなやつの部隊を迎撃し終えて、部隊の生き残りに関する戦後処理。
まずはユーノスとタイマンしていた蜥蜴人、アストラ・イーグニアを筆頭に五名のイーグニア族がグロリアスの軍門に下った。……いや、まあ、グロリアスが軍であるか否かはちょっとあれなのだが、そこは置いておく。
それから、『反獅子連』に従わされていたコボルト族、狒々族の生き残りの中で、何人かがグロリアスの元に身を寄せることとなった。
そうでない何人かは自力で帰るとのことだったが、捕虜を取っている余裕もなければ捕虜にする意味もなさそうだったので、素直に解放してやった。怪我人も連れて行ってくれたのでこちらとしては特に文句もない。
無論、解放した連中が『反獅子連』の本体に我々の存在をリークする可能性はあったが――そこは考えたところで、今更の話だった。
そもそも戦闘が始まってから、狼族の中で真っ先に逃げ出したやつがいないとも限らない。ぶっちゃけ私は確認していないし、たぶん誰も「いた」とは言い切れないだろうが、たぶんいるだろう。いると考えておいた方がいい。
なので、『反獅子連』にグロリアスの存在が露見する心配など、するだけ無駄だ。露見するに決まっているのだ、というくらいに考えておく。
そんなわけで、敵の中からそこそこの人数がグロリアスになった。
もちろん戦後処理はそれだけではない。
むしろそれ以外の方が面倒なのだ。
まず、死体の処理。三五〇くらいの敵軍をほぼ壊滅させたのだから、生産した死体の数もそれなりになった。死にはしなかったものの致命傷を受けた者もいて、そういうやつらにはトドメをさし、どうにか生き延びられそうなやつには治療を施してやりと、それだけで結構な人手を割く必要があった。
なにしろ戦場が敵地ではなくスーティン村だったので、きちんと後片付けをしなければならない。
元集会所だった広場にしこたまぶち込んだ投石の後始末も必要で、ポロ族や新たに加えたシャマル族といったコボルトチームに石を拾ってもらい、ヤマト族と彼らが扱う馬車で『弾』を運んでもらった。
戦後処理と平行して、日常の仕事だって行わねばならない。田畑の手入れや――これはオーク族が主に担当している――魔境の開拓、それに鍛冶士のドワーフ、ドゥビルの元へまた人手を戻さねばならなかった。やるべきことは山積みで、そしてその山は順当に片付けていけば、元の日常が戻って来る。
結果から言えば、敵を撃退し、敵の勢力から味方を増やした。
そういうことだ。
新たに加わった蜥蜴人や狒々族は……こう、なんだ。ぶっちゃけ外見的に可愛げのある連中ではなかったが、それだって今更の話である。魔人種であるグロリアス氏族は首を絞められて一五秒経過した頃みたいな薄紫の肌をしているし、オーク族なんかは身長三メートルほどの豚獣人である。
そこに蜥蜴や狒々が加わったからといって、本当に今更の話だ。
――と、そこまではいい。
例外的な問題がひとつ残っていた。
行商人の猫獣人、リーフ・リーザである。
◇ ◇ ◇
「うぅ……酷い目に遭ったにゃ……」
野戦病院と化したオークの住宅に並べた寝床のひとつに、リーフ・リーザは転がっていた。
包帯などという上等な医療器具は存在しないので、魔人種たちが魔境で見つけた薬草やらなにやらを練り込んだ軟膏を傷口に塗りたくり、葉の大きい薬草をぺたっと張り付けている。骨も何カ所か折られていて、そこに関しては添え木と樹皮の縄固定するという古の方法がとられていた。
「結局、おまえはどういう経緯でギャランたちに連行されていたんだ?」
リーフの顔の近くにどっかりと胡座をかいたユーノスが言う。
「いろんな獣人の集落を回ってこの場所のことを教えてたら、あいつらに捕らえられてこの有様だにゃ……」
力なく項垂れる猫獣人へ、ユーノスは冷たい視線を注ぎ続ける。
「………」
「………」
「………」
「あれ、やっぱりダメかにゃ?」
あはは、と苦笑する。
ユーノスは笑う素振りも見せなかったので、隣に座っている私がかわりに笑ってみせた。クラリスマイルを進呈だ。
「うふふ。まあ、リーフちゃんがそういうことにしておきたいなら、私としては構わないが、信用も信頼も失うかも知れないな。それで都合が悪くなると、もしかするとリーフ以外の誰かに都合が悪くなるんじゃないか?」
勘とハッタリが等分だ。
単純に、リーフ・リーザの動きはなにかおかしい――まずそれが来る。
なんだかんだ言ったところで、私の感覚としては通貨もないのに行商人なんて慈善事業でもなければやる意味がなさそうだ。
では猫獣人の行商人、リーフ・リーザは金銭ではなくなにを得ているのか?
答えはとっくに出ている。
以前、リーフはそれを喜んで受け取った。
情報だ。
では、何処の誰が情報を欲しがっている? こんなものは単純な消去法で考えられる。『反獅子連』にとっ捕まってボコされているのだから、『反獅子連』でない勢力の者だ。
そして――ここから先は勘でしかないが、そいつの名は既に知っている。
「レクス・アスカとかいう豹族の女だろ」
と、私は言った。
くっきりと開かれたリーフの瞳が、なによりの答えだった。
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