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悪徳令嬢クラリス・グローリアの永久没落【書籍化】  作者: モモンガ・アイリス


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038話「癒やしの聖女_02」





 レオポルド・イルリウスに言われるまま、ミゼッタはイルリウス領へ向かうことになった。その先でなにをすることになるのかなんて知らなかったけれど、やはりミゼッタには「拒否する」という選択肢がなかったのだ。


 それは婚約者のエックハルトにしても同じことだった。

 片や伯爵家の次男、片や侯爵家当主。

 ましてエックハルトは――というよりミュラー家は――弱味を握られている。クラリス・グローリアの火刑における顛末を、イルリウスは知っていたのだ。その上でイルリウスはエックハルトを利用するつもりでいた。


「彼の『利用』は、普通の感覚とは少し違うんだ。他人を使って自分の利を得る、それはそうなのだけど……彼は利用した人間にも利を与えようとする。何故なら、結果的にその方が自分の利になるからだ」


 だから決して、利用されるだけではない。

 君のためにもなることを、レオポルド卿は提案しているんだ。


 エックハルトはそんなふうに言って、イルリウス領へ出発することになったミゼッタを安心させようとした。そこにたぶん嘘はなかったし、ミゼッタに対する気遣いもあったように思う。ただ、不器用なのだ。


 そんなふうに言って安心する女の子なんていないよ、と教えたところで意味はなさそうだったし、そもそも貴族に対して物事を「教える」なんて発想もミゼッタにはなかったから、やはり頷くことしかできなかった。


 イルリウス家が用意した馬車と、ミュラー家で手配した騎士を二人、メイドを二人、そしてイルリウス家で手配したと思しきイルリウスの騎士や兵士達。


 まるでお姫様――というよりは、重犯罪者の護送のような。


 そんな厳重体制での移動は滞りなく、特に語ることもなく、実に円滑だった。

 ミゼッタは黙って馬車に座っていれば良かったし、むしろそれ以外のことはなにひとつとして許されなさそうな雰囲気だったし、だから正直言って非常に退屈だったけれど、そのことを愚痴る相手もいなかった。


 名を売れ、とレオポルド侯爵は言った。

 でも、それでなにがどうなるのかは、ミゼッタには判らなかった。



◇ ◇ ◇



 イルリウス領に到着し、ミゼッタはまずレオポルドが所有している別荘らしき屋敷へ案内された。

 別荘といっても侯爵家の所有する別荘だ、エックハルトの実家よりはさすがにいくらか見劣りするものの、外観を単純に評するなら「城」と言ってしまって差し支えない、そういう屋敷だった。


 部屋を宛がわれ、屋敷の使用人を付けられ、ミュラー家のメイドたちが彼らの流儀を覚え、そしてミゼッタはやはり独り放置された。なにをしろとも言われなかったし、なにをするなとも言われなかった。


 三日ほど、黙って部屋にいた。

 四日目に、奇妙な双子が現れた。


 ぞっとするほど整った顔をした、双子の姉弟だった。

 姉をローラ・ギレット、弟をトレーノ・ギレットといった。


「あなたがクラリス・グローリアの替わりなの?」

「きみが『無才のクラリス』をエックハルトに捨てさせたのかい?」

「確か、そう、あなたは――」

「――『癒しの聖女』だったね」

「そう、そんな名前だった」

「そうね、そんな名前だった」


 そんな名前じゃない。

 と、ミゼッタは思ったが、どう見てもこの双子は他人の話を聞きそうになかったので、沈黙するしかなかった。


 実際、彼女らとまともな会話なんて成立しなかったようにミゼッタは思う。


「あの……あなたたちは?」


 という当然の問いにも、双子はまともな返答をしなかった。


「ぼくらはギレット」

「『双子のギレット』とも呼ばれるわ」

「『異彩のギレット』とも呼ばれるね」

「今日はきみを試しに来た」

「別に私たちあまり興味なかったのだけれど」

「仕事なのだから」

「仕事ですもの」

「じゃあ、こちらへおいで」

「どうぞ、こちらへ」


 輪唱のような話し方は、聞いていて頭が痛くなるものだった。

 が、仕事というならミゼッタもそうだ。拒否できぬまま流されてしまった以上、その流れに逆らうわけにもいかない。可能な限り、流れに乗り続けるしかない。


 双子に案内されたのは、屋敷の地下。

 城のような場所の地下室といえば、ミゼッタの拙い想像力でもなにがあるのかは察せられた。できれば外れて欲しい予想は残念ながら覆らず、絵に描いたような地下牢がそこにあり、投獄されている男が一人、いた。


 年の頃は成人したあたり、だろうか。虜囚にしてはやつれておらず、やけに健康的だ。両手首に枷を嵌められている他は拘束らしい拘束もなく、牢の前に現れたミゼッタたち三人を――そう、護衛もつけていないのだ――見て、軽く眉を上げただけで、騒ぐこともしなかった。


「やあ、元気そうだね」

「なによりね」

「彼はとある容疑を掛けられた男だ」

「冤罪の可能性も十分にあるわね」

「というより、おそらく冤罪だな」

「けれど犯人がいない」

「しかも一度捕らえてしまった」

「貴族が、ただ冤罪でしたと解放するかしら?」

「しないね。考えられない」

「だから彼とは取引をしたわ」

「そう、彼に仕事を頼んだ」

「一度だけ実験に付き合ってもらうこと」

「それが彼の仕事」

「それがあなたの仕事」


 途中からどちらが喋っているのか判らなくなりそうだったが、そもそも理解する必要もなさそうだと最後のあたりでミゼッタは気付いた。二人合わせてひとつのことを言っているのだから、わざわざ区別する必要がない。


 それよりも、考えなければならないのは――。


 仕事の内容だ。

 彼の。ミゼッタの。


 手枷を嵌められたままの虜囚が、無言を維持したまま立ち上がって檻の前まで歩いて来た。ミゼッタには目もくれず、ギレット姉弟を睨むようにして、けれどもやはり無言は維持し続けた。


 これに双子は揃って全く同じ表情を浮かべた。

 ニヤァリ、と背筋に無数の甲虫が這いずっているような怖気の走る笑み。


 弟の方が動いた。何処からか取り出した鍵を使い、檻を開け、さあどうぞとばかりに姉のローラとミゼッタを中へ入れる。もちろん自分も檻の中へ。虜囚の男はそれを黙って見ているだけ。双子の笑みは変わらず、怖気だけがいや増していく。


「さあ」


 と、姉が言った。


「さあ」


 と、弟も言った。



 次の瞬間――なにか、よく判らないナニカが光った。



 そう思ったときには、べちゃり、という奇妙な音が響いた。水気を含んだなにかが、それなりの位置から落下した音だ。やや遅れて、金属質の重い物が落ちる音が続く。一体なにが起こったのか――を、理解するのは、もう少しだけ遅れた。


 落ちたのは、手首。

 虜囚の手首から、先。

 そして彼の両手を拘束していた金属製の枷。


 魔法で断ち切ったのだ。

 彼の手を。


 そう考えている間にも、どばどばと大量の血液が流れ出し、床を赤く染めている。虜囚はたぶん呼吸二回分くらいの時間を立ったまま耐えていて、しかし当然のように崩れ落ち、床に倒れてしまった。


「ほらほらほら! なにやってるんだ、ミゼッタお嬢さま!」

「怪我人が目の前にいるわよ、『癒しの聖女』さま!」

「どうして助けてあげないのかな?」

「どうして癒してあげないのかしら?」

「まったく、困ったものだねぇ」

「まったく、困ったものだわ」


 どうかしている。

 ミゼッタは双子の言葉を最後まで聞かず、倒れている虜囚に駆け寄った。まずは転がっている手首を拾い――ぐにゃり、という人間の手を握った感触がとても気持ち悪かった――切断面同士を雑にくっつける。


「い、……っ、ぎ……――!!」


 目も当てられないほどの出血量だというのに、虜囚は気を失わず、歯を食いしばって耐えていた。そのことに驚くより、ミゼッタは精神を集中させて魔法を使うことの方を優先する。


 怪我人がいるのだから、治す。

 それが自分の仕事だ。

 それができるから、こんなところまで流された。


「治します! 痛いと思いますけど、できるだけ動かないで!」


 言って、手首を失った腕に、斬り落とされた手首を押してる。どう考えても痛いどころの騒ぎじゃない。でも、こうしないと、ちゃんと繋がらない。


 外傷へは、外傷に相応しい魔法。


 ミゼッタの精神集中が魔法を呼び起こし、押し当てた切断面が淡い光に包まれる。後ろで双子がなにかを言っていたようだが、ミゼッタには聞こえなかった。


 手首がくっついて、出血が止まって――元に、戻った。

 失われた血液は流石に戻らないが、ほとんど一瞬で、斬り落とされた手首は元の状態に戻った……戻すことが、できた。


「まあ、いいだろう」

「まあ、いいわね」


 あまり興味もなさそうに双子が呟いた。

 けれども、腹を立てるほどの余裕は、ミゼッタにはなかった。


 なんてところに流されてしまったのだろう――。

 そう思ったし、だから次には、こうも思った。


 では、今度はどんな場所に流されてしまうのだろうか?






すみません、もうちょっと主人公の視点から離れたやつが続きます。

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