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悪徳令嬢クラリス・グローリアの永久没落【書籍化】  作者: モモンガ・アイリス


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035話「栄光の_09」





「こちらへどうぞ」


 ファミレスの店員みたいに畏まりながら、ひどく久々に感じられるお嬢さまスタイルで微笑を浮かべ、穀物庫の扉に手を掛けたら開かなかった。


「………」


「………」


 オークの建物は大きすぎて、扉も大きすぎて、私の力では全然開かないのである。なにしろ私はクラリス・箸より重いものを持たない・グローリアだ。この世界で箸なんて見たことないけれど。


「ごめんなさい、開けてくださるかしら?」


 さすがに本心の混じった苦笑を浮かべながら私は言った。

 部隊の長らしき狼獣人は、そんな私を何秒か訝しげに眺めてから、無言で穀物庫の扉に手を掛けた。雰囲気からしてザンバ・ブロードよりは強そうに見えるが、()()()の方は、おそらくどっこいどっこいだろう。


 名は、ギャランとかいったか。

 三日経ったら忘れてしまいそうだが、別にそれほど困らないだろう。


 穀物庫は薄暗く、横長の構造をしている。

 この場合の横長とは、扉を開けたら左側にスペースがある、という意味だ。正面方向にスペースがあるなら縦長とでも表現しただろうが、まあそんなことはどうでもいい。扉を開けただけでは穀物庫の内側を一望できない、というのが重要だ。


「ほう、なかなか広いみたいだな。ザンバたちは奧にいるのか?」


「オークの穀物庫ですから、狭くては話になりませんわ。どうぞ確認ください」


 うふふ、と笑んでギャランを促す。

 疑うでもなく当然のように奧へ入って行くその背を眺め、私は微妙な気持ちになっている自分に気付く。


 肩透かし――というのが、たぶん近い。

 もちろん、こうなるように仕組んでいたし準備もしていた。しかしなんの苦もなくこうなってしまえば、やはり少々の空虚さは感じてしまう。


「おい、娘っ子。誰もいないぞ。ブロード族の連中はどうした?」


 あまりにも呑気な問いに、私は思いっきり溜息を吐いてやった。


「はぁ……度し難い間抜けだな。妥協点のない負け犬を、わざわざ生かしておく必要があると思うか? 全員殺して、焼いて、埋めてやったぞ」


「――あ?」


 たった今まで可憐なお嬢さまだった麗しの少女が、可愛らしさと麗しさはそのまま、口調だけ雑になるという変化に、ギャランは困惑を隠せなかった。


 ぽかん、と口を半開きにして私を見ている。


 本当なら一刻も早く壁をぶち抜いて脱出すべきだった。

 まともな頭脳の持ち主であればブロード族の生存など疑う以外の選択肢などないし、穀物庫に大量の穀物なんて存在しないとすぐに気付いたはずだ。


 丘の向こう側に新しい穀物庫を建て、そちらに小麦やなんかは移した。だから、この建物は厳密に言うなら旧穀物庫である。


 ここにあるのは、天井に張り付けた袋だ。

 中身は石臼でごりごり挽いて作成した、それなりの量の小麦粉。

 そしてその袋は、紐をちょいと引っ張れば裂けるようになっている。ポロ族のイオタがそういう細工をしてくれたのだ。


「実験してないからどうなるか判らないが、一度やってみたかったんだ」


「……は?」


 ひょい、と紐を引く。

 天井に張り付けられた袋が裂け、中身が床にぶち撒けられる。当然だが濛々たる白煙が立ちこめ、前は見えないし息もできない。たったの一呼吸で小麦粉が喉に張りつき、激しく咳き込む羽目になるだろう。


 なので、続く科白は胸の内で呟いた。


 そう、本当にただの好奇心である。

 一度はやってみたかったのだ。


 粉塵爆発。



◇ ◇ ◇



 上空十メートルくらいの位置までぶっ飛ばされているのに気付き、そのまま為す術もなく落下してまた死んだ。


 宙で身を捻って怪我を避けたりする連中は、はっきり言ってどうかしていると思う。勢いよく吹っ飛ばされたら、なんだかよく判らないうちに何処かへ激突するに決まっているではないか。


 で、私はまた生き返る。

 表現として正しいのかは判らないが、そうとしか言い様がない。


「やれやれ……こうして素っ裸になるのも久しぶりだな」


 別に露出狂というわけではないが、派手な死に方をしたときはどうしても衣服ごと破壊されることが多いので仕方ない。いや、まあ、今回に限っては私がわざわざ粉塵爆発をやりたくてやったことなので、ひょっとすると露出趣味かも知れない。


 ともかく。


 私は爆発で崩壊した――本当に景気よくぶっ壊れている――旧穀物庫を眺め、それから、集会所跡の地獄絵図に目をやった。


 丘の上のカタパルトから、一斉投射。


 投石機というものは、地球でもかなり古くから使われていた兵器だ。木材のみでつくることもできるが、今回はドワーフのドゥビルに金属部品をつくらせ、コボルトのポロ族に部材の仕上げと組み立てを任せた。


 あとは部品と『弾』を丘の上に運び、狙った場所に着弾するよう調整するだけ。肝心の『弾』は、ドゥビルの住む岩山地帯に腐るほどあったし、鉱石を採掘するために人員を投入していたおかげで、わざわざ掘る必要もなかった。


 樹皮で編んだ袋に手頃な岩をごっそり詰め、発射し、空中で袋が破れることで、いうなれば散弾が上空から降り注ぐわけだ。


 正直、奇策奇計の類だ。


 集会場跡地に敵を集めなければならないし、防御的な技や魔法を使える者がいれば通じないし、敵が斥候を出してこちらの地形を把握していれば空振りしていたに違いない。成功率は三割に満たないと思っていた。


 が、とにかく成功した。


 旧穀物庫の爆発に巻き込まれた狒々族やコボルトは大半が死んでいるし、投石の一斉射を喰らった敵の部隊は壊滅状態になっている。

 辛うじて生き残っている者、あるいは投石に耐えるか回避するかして戦闘可能な者もいるようだが、状況は決したと言っていい。


「クラリス様!」


 私の着替えを抱えたカタリナが慌てて走って来る。日頃の訓練の賜物か、たぶんオリンピック選手よりも速い駆け足だ。後ろには槍を掴んだマイアもついて来ているようだったが、彼女の方は特に私に対する心配などなさそうだった。


「悪魔みたいな女ね。さすがにあたしたちだけじゃキツいかなって数だったのが、もう鼻歌交じりで済むくらいまで減ってる」


「さすがはクラリス様です」


「……まあ、いろいろ思うところはあるが、敵が阿呆だったのが最大の勝因だな。力押しでやって来たから、それ以外の方法を知らなかったんだろ」


 カタリナから受け取った衣服をいそいそと身に着けながら所感を述べる。


「こんなの、戦じゃないわよ」


 苦虫を噛み潰したような顔をするマイアに、私は鼻で笑っておく。


「はんっ、他人の住処にやって来て他人の全てを力で奪おうって連中が、なにをどうされようが仕方ないはずだ。こうされたくなければ他人を襲うべきじゃない」


 あまり詳しくないが、地球の戦争においては非人道的な武器や行いは禁じられているとかなんとか。例えば捕虜の虐待や拷問、大量破壊兵器による虐殺、必要以上に人体を苦しめる武器の使用、あとは毒ガスなんかもそうだ。


 それらは「こちらも使われたら困る」から「お互い使わないようにしましょう」という約束だった……と、思う。たぶんそうだ。


 そしてそんなものは、この世界にはない。

 地球にだって、本当にあるかと言われれば怪しいものだ。


「……た、……たすけ、て……」


 と、弱々しい声音が割と近くから聞こえてきた。


 見れば旧穀物庫の跡地、そのすぐ傍の瓦礫の下に、コボルトが半分くらい埋まっている。もうちょっと注意して周囲を見回せば、狒々族やコボルトの死体と死にかけがそれなりの数、そこいらに散らばっている。


「クラリス様に牙を剥いておいて、我々から奪おうとしておいて、いざ死にかけたら『助けてくれ』ですか……?」


 穢らわしい、とばかりにカタリナが吐き捨てたが、やっぱり少女だから潔癖なのかも知れないなぁ、なんてことを私は思った。

 思ったついでに、ぺちっ、とデコピンしておく。


「あぅ……」


 なんで? とカタリナは額を手で押さえて私を見る。

 まったく、かわいらしい連中だ。


「自分がそうじゃないからって、他人にまでそれを求めていると、どんどん狭苦しい世界になるぞ。どうせこいつらのうち半分くらいは力で従わされていたような連中だろ。もうひとつ言うなら、敵だからってわざわざ憎まなくてもいい」


 敵は、敵だ。

 怨敵だったり仇敵だったり宿敵だったり不倶戴天の敵だったり、それはいろんな敵がいるだろう。しかし今回の場合は、単なる敵である。


 憎しみを持つほどの思い入れなど、ない。

 夏場の夜に耳元で羽音を立てる蚊の方がよっぽど憎たらしい。


 私はまた視線を集会所跡へ向け、どうにか戦闘可能だった敵がユーノスたちに討ち倒されるのを確認し、やれやれと息を吐く。一人だけ元気そうな蜥蜴人が斧槍を振るっていたが、たぶん時間の問題だろう。


「マイア、片がついたと判断したら、丘の上からトーラス族とヤマト族を連れて来い。まだ戦意を見せてるやつは殺していいが、そうでないやつは回収して治療してやれ。死にそうなやつに関しては、判断は任せる。トドメを刺してやるのでも、仲間に最期を看取らせるのでも」


「……厭な役回りを押しつけてくれるじゃないか」


「そう思うなら、その役回りを違う誰かに押しつければいいじゃないか」


 にんまり笑って返してやれば、マイアはぐっと悔しそうに歯噛みしてくれるものだから、ついつい嬉しくなってしまう。


 まったく――本当に、かわいらしい連中だ。


 きっとこいつらは、自分の娘を自分の娘ではなかったと主張したり、息子の婚約者よりもずっと良い物件が現れたからといって婚約者を貴族のニセモノだったと言い張ったりしないのだろう。


 そしてきっと――そういう連中の食い物にされてしまう。

 実際、そうだったではないか。


「さて、あっちもそろそろ終幕だな。マイアはさっさと動け、怪我人が可哀想だろ。カタリナは私に付いて来い」


 言って、歩き出す。

 わざとらしい溜息と、気持ちの良い返事が、同時に響いた。




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― 新着の感想 ―
気持ちのいい奴らと毎日懸命に生きる これほど充実した人生はないな
[良い点]  きっとこいつらは、自分の娘を自分の娘ではなかったと主張したり、息子の婚約者よりもずっと良い物件が現れたからといって婚約者を貴族のニセモノだったと言い張ったりしないのだろう。  そし…
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