033話「栄光の_07」
アストラ・イーグニアはリザードマンの戦士である。
イーグニア族は戦士の一族で、アストラは中でも最も強い戦士だ。それは虚しい自称ではなく、族長から認められた『イーグニア最強』なのだ。
戦士とは文字通り戦う者。求められ、対価が妥当であるなら赴く。それが戦士だ。少なくともイーグニア族にとっての戦士とは、そういうものだ。
イーグニア族の集落は獣人の領域のかなり端にあり、だから獅子王ランドールに対してどうという感情もない。庇護下にあるわけでもなく、当然だが税も納めていない。無論――というべきかは判らないが、そもそもランドールに興味がない。
だから獣王に刃向かうという仕事も、別に構わなかった。
戦士に必要なのは、戦場だ。
対価と戦場。そのふたつがあれば、他のことは構わない。
それがイーグニア族である。
……そのはずだった。
◇ ◇ ◇
獣人連合『反獅子連』の仕事は、つまらないものだった。
せっかく獅子王に剣を向けるという話なのに、手始めにやったことといえば弱い種族を襲うこと。そんなもの、失敗する方が難しい仕事だ。
雑魚を襲い、雑魚を引き連れ、次の雑魚へ。
その繰り返し。
今回もそうだと思っていた。
これまでの『反獅子連』の作戦で取りこぼした、取り逃がした連中がオークの村に集まっているという。なるほど、農耕に長けたオークの村であれば大人数を受け入れられる余裕があるだろう。
ならば奪おう。
そして『反獅子連』は、より大きくなり、また退屈な仕事を繰り返し、繰り返す。いずれは獅子王が後悔するほどに巨大化するだろう。
そのはずだった。
なのに――オークの村に辿り着いたアストラたちを迎えたのは、魔族と狐人と人族だった。三百からの軍勢が村に押し寄せたというのに、あろうことか彼らは呑気にお喋りをしながら歩いて来るではないか。
怖れも、戸惑いも、闘争心さえない。
むしろ困惑したのはこちらの方だ。アストラはイーグニア族三十名の部下を任されている。残りの半分は族長が自ら指揮しており、指揮系統としてはそのアストラと族長は同列、上に狼族のギャラン・トゥボスという男がいる。
ギャランが、この隊の長だ。
が――その隊長は、魔族と狐人と人族の奇妙な三人組が間近に来るまで、困惑を処理しきれなかったようだ。
事実、待機命令が出たままそれに変更はなく、アストラたちは黙って突っ立っているしかなかった。仕事である以上は仕方ないが……こういうところも、今回の仕事の不満点だ。指揮官が愚図。敵が雑魚であれば問題ない。
しかし、今回は違う。
そのことだけは理解できた。
「ここはオークが暮らすスーティン村だ。おまえらは一体どこのどいつだ? 武装集団が村に押し寄せて、オークたちは怯えている。用向きを聞こう」
魔族の男が一歩前へ出て言った。
アストラは魔族というものを生まれて初めて見たが――そんなことを言えば人族を見るのも初めてだが――なるほど、薄紫色の肌は見た目がいかにも不吉で、魔族以外に忌避されるのもよく判る。
だが、その不吉さはアストラにはあまり気にならなかった。
もっと気にすべきことがあったからだ。
すらりとした長身の魔族から漂うのは、強者の風格だ。腰に提げた剣はまだ抜かれておらず、やったことといえば一歩前へ出て問いを発したに過ぎない。
なのに、物理的に空気が重くなったような気がした。
たったの三人が、三百人を向こうに回して圧しているという倒錯。
駄目だ。話をするな。呑まれてしまう。
思考というよりは反射とでもいうようなアストラの直感は、しかし口から吐き出すことをしなかった。戦士の感性よりも、戦士としての規律を選んでしまった。
この場で対応するのはギャランの役割だ。
指揮系統を乱すわけにはいかない。
「こちらの用を言う前に――」
ギャランが魔族の男と同様、一歩だけ前に出た。
「――貴様らは、なんだ? 我々はオークたちに用がある。どうして獣人の領域に魔族と人族がいる? そして……そこの狐人、これは一体どういうことだ?」
問われた狐人の女は、単に無言で魔族へ視線を向けた。
それを合図に、魔族の男がまた一歩前へ。
ギャランが半歩だけ後退りしたのを、アストラは見逃さなかった。
覇気で負けている。
これは……拙い。
「我々は代理だ。オークたちから全権を委任されている。判りやすく言えば、俺の受け答えはオークの受け答えだ」
「そんなもの、信じられると思うか?」
「そちらが信じるかどうかは、こちらの知ったことではない。おまえたちが信じないのだとすれば、それはオークたちの意思を蔑ろにしたということだ。この問答に関しては時間の浪費になるぞ」
「……何故、魔族がここにいる?」
「問うているのはこちらだぞ、狼の獣人。この地になんの用だ?」
これに対する返答には、わずかな間が必要だった。
もしも犬獣人やトーラス族が相手であれば、ギャランは迷わず突撃を指揮しただろう。最初に蹂躙し、そして支配する。あまりにも簡単な話だ。
そうしなかったのは、魔族を警戒したから。
指揮官としてさほど有能でないギャランをして警戒させてしまうくらいに、魔族の男には風格があったのだ。
息を吸って、吐き出す。
緊張からか尻尾をぴんと伸ばし、ギャランは言った。
「ザンバ・ブロードという狼族が、この村に来たはずだ。ザンバだけではない、ブロード族の連中も一緒に来ていたはずだ。やつらは俺たちの仲間だ」
「ああ、あの犬っころか」
ごく自然に、なんの気負いも見せず――魔族の男は、その言葉を口にした。
ギャランとその直属の部下たちが総毛立つのがアストラにも判った。狼族を犬扱いすれば当然だ。次の瞬間にギャランが魔族の男へ突撃しても不思議ではなく、そうなったとしても、おそらく誰も文句は言わなかっただろう。
存在を侮辱されたのだ。
例えばアストラだって自分たちを「カナヘビ」呼ばわりされれば激怒する。種族に誇りを持つ者ならば当然だ。
が、それもギャランは呑み込んだ。
怒気に身の毛を立たせながら、それでも手ではなく口を出す。
「ザンバを知っているんだな?」
「ああ、もちろんだ。ブロード族とかいう負け犬たちも存じている。おまえたちはあの連中を探しに来たのか?」
「やつらを知っているなら――こちらの目的は判っているだろう」
「侵略と徴発か」
やはり一切の動揺を見せず、魔族の男は簡単に答える。
そんなのは大したことではない、とでもいうふうに。
「理解していて、その態度か。だったら――」
「小麦の用意はしてあるぞ」
まさに進撃の指示を下そうとした出鼻に、そんな言葉がぶつけられる。
「……どういう意味だ?」
「意味もなにも、おまえたちはオークのつくる小麦が欲しいのだろう。とりあえず、おまえらに必要そうな量の小麦は用意してある。それでも侵略がしたい、オークを奴隷にしたいというのであれば、死ぬまで抵抗するし小麦は燃やす。おまえたちはなにも得られない」
淡々と――あまりにも平坦な口調。
こちらの目的は知っているし、対応も決めている。
とっくに覚悟など決まりきっている、そういう態度だ。
が、魔族の男はふと思い出したように、わずかだけ眉を上げた。
「ああ……そういえば、ザンバ・ブロードの話だったな。小麦と一緒に用意してある。もちろん、おまえたちの行動次第で小麦と一緒に燃やすことになるが……おい、そろそろ名乗るくらいはしたらどうだ?」
「ギャランだ。『反獅子連」のギャラン・トゥボス」
「そうか。では、ついて来い」
名乗らせておいて自分は名乗らず、魔族の男はあっさりと踵を返し、村の中心部へ歩を進めていく。人族の少女と狐人の女も、当然のように歩いて行く。
これは……どう捉えるべきか。
論理的に判断をするならば、彼らがオークたちに入れ知恵をして「生き残る道」を示唆した、とでもいうところか。実際、オークたちに命懸けで反抗された上に小麦まで燃やされたのでは、なんのためにここに来たのか判らなくなる。
軍事行動とは、ただそれだけで消耗するものだ。
単純な話、軍を維持しているだけで食糧がみるみる目減りしていく。だから武力を動かすときは『損害を減らす』か『利益を生む』必要がある。
徒労が一番拙いのだ。
こんなところまで来て、なにも得られないのでは話にならない。
そもそもスーティン村は『反獅子連』の目的にはそれほど関わりのない立地なのだ。獅子王ランドールの都は、ここからではあまりにも遠すぎる。
であれば、この提案は考えるまでもない。
受けざるを得ない。
だから――なにか拙い気がする。
けれど――受けないわけにはいかなかった。
「行くぞ。各自警戒は怠るな。不審な動きがあれば、俺の命令がなくとも部隊長の号令で動け」
簡潔な指示を下し、ギャランが先頭を歩き始める。
煮えた泥の中を進むような一歩だった。
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