031話「栄光の_05」
コボルトのイオタ・ポロは、クラリスの元に身を寄せて以降、スーティン村ではなく魔境の開拓地に身を寄せている時間の方が長い。
というのも、イオタの器用さを発揮するには小麦畑のあるスーティン村よりも開拓地にいる方が都合がいいからだ。植物の繊維を縒って糸をつくり、それを編んで服を仕上げるような仕事も、切り出された木材から接合部品をつくるような仕事も、開拓地でやっている方が利便性がよかった。
クラリス・グローリアはスーティン村に滞在していたのでイオタは残念ながらあまり接する機会がなかったけれど、こちらはこちらで、かなり面白い場所だ。
例えば、異常な速度で進む開拓。
魔人種の半数はスーティン村に、残った半数の内さらに半分はドワーフの鍛冶士であるドゥビルの元へ出向していたり、あるいは開拓地とスーティン村を行ったり来たりしており、実のところ魔境に駐在している魔人種は多くない。むしろオークたちや先日受け入れたトーラス族の方が多いくらいだ。
が、それでも魔人種が何人かいる。
彼らは斧を何度も叩き込まねばならないはずの樹木を、武器の一振りだけで切り倒してしまう。誰もが簡単な魔法なら行使できるので、水にも火にも困らない。
「魔境の開拓は、なかなか楽しいぞ」
というのはクラリス・グローリアの言だが、確かに見る見るうちに開拓されていく森というものは、不思議な高揚感をイオタに与えてくれた。
故郷を追われ、飢えを恐れながら辿り着いた先に、未来しか存在しないような場所があるだなんて――イオタには考えられなかった。いや、ポロ族の誰も、そんなことは思いもよらなかったはずだ。
◇ ◇ ◇
そんな開拓地を取り仕切っているのは、ビアンテという魔人種の女性だ。
外見は二十代そこそこ――もちろんイオタは人族や魔人種に詳しくないのだけれど――くらいに見えるが、自己申告によれば御年七十八歳だという。マイアと似た長い髪の持ち主で、マイアよりも少し背が低く、目付きが鋭い。
女傑、という言葉が相応しい人。
少なくともポロ族にはいない類の性格だ、とイオタは思う。ポロ族の面々は自分も含めてのんびりしており、目の前の仕事に集中しすぎるきらいがある。
ビアンテは精力的で行動的、声は大きく、責任感が強く、おそらく開拓地のあらゆる仕事に関わっているはずだ。
ドゥビル・ガノンの鍛冶場でつくられた金属部品が開拓地に運ばれ、イオタと他数人が滞在している小屋で加工や組み立てを行い、川辺までオークに運んでもらうことになる。荷物は先日仲間になったヤマト族という犬獣人が馬でスーティン村まで運搬するのだが、ビアンテはそれらの全てを自分の目で確認している。
「よーしよし、よくやったね。やっぱりあんたたちの仕事は良い」
吊り上がっている目尻をわずかに下げて笑みながら、ビアンテはそんなふうに言ってイオタの頭を撫でる。コボルト族は他種族からそうやって撫でられることが多いので、それに関しては特にどうという感慨もない。
ただ、頭を撫でるその手付きに人格が出るなぁ、と思う。
スーティン村の代表みたいになっているモンテゴなんかは、恐る恐るといった様子で慎重にイオタの頭にそっと手を乗せる。妖狐セレナは高価な陶器を愛でるように耳の付け根あたりを指先で撫でてくる。とてもくすぐったいので、嫌ではないのだが、少し困る。
あるいはクラリス・グローリアは、全く遠慮なしにイオタの顔中をべたべたと触りまくり、最後に毛並みを整えるみたいにさっと撫でてくれた。彼女に触られたのは、それっきりだ。クラリスの場合は、むしろモンテゴの肩に乗って彼の頭をぺちぺち叩いている場面の方が多いのではないだろうか。
さておき。
ビアンテの場合は、遠慮なくがしがしとイオタの頭を撫でてくる。あと少しでも力が強かったら痛いはずなのに、その際だけは心得ている、そんな手付き。
彼女たちの事情は、ぽつりぽつりと断片的に聞かされていた。
元々は魔族の国の氏族で、いろいろあって人間の国に攻めなければならなくなった。でもそれは不可能な任務で、ようは死んでこいという命令だった。
そしてクラリス・グローリアに出会った。
「あたしも本当は行こうと思ってたんだよ。でもね、誰かはあいつらのことを見てやらなくちゃって話にもなった。あたしらは魔王様の民であり、ユーノフェリザ氏族でもあったから……ま、今はもう違うけど」
皮肉っぽく笑うビアンテの表情には、何処か寂しさがあった。
イオタもまた失った故郷のことを考えたけれど……ビアンテが抱いている感傷のようなものは、自分の内側には見つからない。
ポロ族は、襲われ、奪われ、逃げ出しただけだ。
ビアンテたちは、誇り高く死ぬことを選ばなかった。
ポロ族は、ポロ族をやめていない。
ビアンテたちは、ユーノフェリザ氏族をやめてしまった。
きっと、そういうことなのだろう。
「ねえ、イオタ。あんたはどう思う? あの金髪のお嬢ちゃんに、もしかしたらあたしたちは騙されてるんじゃないか――って、たまに思うんだよ。もしかして、あのきらきらした笑顔に騙されて、とんでもないところを歩いているんじゃないかって……そう思ったりもするのよ」
しゃがみ込んでイオタと視線の高さを合わせ、独り言みたいにビアンテは呟いた。頭を撫でる手の動きが、少しやわらかくなる。
「マイアに聞いた。ユーノスのやつ、ここに来る前よりずっと強くなってるんだってね。それはたぶんクラリス・グローリアのせいだろうさ。在り方が変わったんだ。見ているモノが変わったんだ。実際、あたしだって毎日が楽しいんだよ」
ふわり、と。
ビアンテの指先が動きを変える。
宙に舞う羽毛みたいな覚束なさで、イオタの毛並みをなぞっていく。
「……楽しいんだ。死んでいったあいつらのことを忘れて、目の前のことが楽しくて、見えもしない先のことが楽しみで……あたしは、なんて薄情なんだって気もする。ははっ、みんなには内緒だよ、イオタ。これはただの弱音さ」
でもね、と。
消えてしまいそうな声音でビアンテは呟いた。
「――あたしたちは、何処に向かって進んでるんだい?」
◇ ◇ ◇
魔人種たちが切り出した材木をオークたちが工具を使って大雑把に整え、これをポロ族の手で『材料』から『部品』へ加工していく。
もちろん他にも狩りや保存食の作成も平行していたし、やるべきことは山積みだったが、優先順位の高い仕事が終わったのである。
加工品を小屋の入口に運び、それをオークたちが森の入口まで台車で持って行ってくれる。台車には他にも様々な物が乗せられている。森の入口にはもっと様々な荷物が運ばれており、ヤマト族が馬車に荷を乗せていく。
「どうも。今回はイオタさんも村まで行くんすよね」
ヤマト族のアルトが、眠たげな眼差しで言った。種族は違えど、犬獣人という括りでは近しいものがあり、お互いなんだか共感のようなものを覚えていた。
「久しぶりですー。組み立てがあるみたいなので、現地までお願いします」
「うん。馬車全部持ってきたから、最初の一台に乗ってくれればいいすよ。そっちの調子はどうすか?」
「順調ですねー。ごはんも美味しいですよ。ヤマトさんの方は?」
「こっちもそうですね。前までと比べれば楽だし、いちいち文句も言われないし、むしろなんか褒めてくれるし、飯も美味いし。よくしてもらってます」
少し照れたふうに笑って、アルトはこりこりと馬の耳のあたりを掻いた。
気持ちは、イオタにも判るような気がする。
自分たちは――ビアンテたちとは違い、流されるままにここへ流れ着き、居場所を与えられたに過ぎないのだ。
ここにいることを、許された。
できることをすればいい、なんていう優しい取引で。
今のところ、なんの苦もない。
クラリス・グローリアの元に集まった面々の『できること』が違いすぎるから、結果的に『できないこと』へ注力する必要がなくなっている。
故郷の村では、肉が食べたければ罠を使うしかなかった。
それだって成功率は高くない。そもそも村の位置が野生動物を狩れるような場所ではなかった。ポロ族の加工品は物々交換の役に立ったが、自分たちで交換しなければならず、あまり上手な取引はできていなかったように思う。
たぶん、獣人族のほとんどが似たようなものだろう。
自分たちだけで集まることを当然だと思っているし、生活での苦労だって当たり前だと考えている。そこに疑問を挟む余地はなく、改善なんて発想に至らない。
「もしかしたら、ぼくらは……なにか特別な分かれ道の上にいるのかも知れないです。今までと違ったなにかが、これから起こるような……いろんなものを巻き込んで、いろんな人を巻き込んで……」
――あたしたちは、何処に向かって進んでるんだい?
脳裏に浮かぶビアンテの言葉。
イオタには、答えの持ち合わせなんてない。
それはアルトも同様らしかった。
「かも知れないっすね。ここは不思議なところだ。なにより、クラリス様が不思議な人だ。偉い人って、もっとなんでもかんでも欲しがるものだと思ってた」
確かに、それはそうだ。
今はポロ族の代表となっているイオタだが、故郷ではただの若者でしかなかった。そして故郷の村では、長老が実権を握っていた。別に長老は強欲でもなんでもなかったが、自分たちが持っていないナニカをずっと探していた気がする。
知識か、道具か、あるいは人材か――。
今がキツくて辛いから、それを解消するナニカがないか。
でも、クラリスは違う。
彼女はいつだって楽しそうだ。イオタ自身はそこまで接点はなく、開拓地で作業をしてばかりだったけれど、そのことは判る。だって、みんなが楽しそうだった。ビアンテもそれは認めていた。
楽しいから――だから、もっと。
もっと、もっと、もっと、ずっと……。
そして、その先は?
「でも、まあ、今は目先のことをやりましょ。荷物すごい多いし、おれたち、もう一往復しなきゃならないし」
ふっ、と未来から視線を切るように、アルトは荷台へ荷を乗せている仲間たちを見回して言った。イオタも同じようにして、頷いた。
未来のことは判らないけれど、確かだと言えることはある。
こうしなければ自分たちは野垂れ死んでいた。
そのことだけは、イオタにも判る。
◇ ◇ ◇
馬車での移動を終え、丘の上に荷を降ろし、ヤマト族がまた森へ引き返し、今度はドゥビルの岩山近くに行って、その間にスーティン村の面々と協力して『部品』の組み立てを終え、また馬車が戻って――。
そして、とうとう獣人連合がやって来た。
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