表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/179

003話「火刑_03」





 人間を火炙りにして、どれくらい経てば死ぬのだろう?


 私は火刑の専門家ではないので詳しく知らないが、そもそも焼け死ぬより先に酸欠で意識を失うのではないだろうか。

 だって、足元から燃やしていって、炎に巻かれているのだ、そこに酸素なぞあるはずもない。死よりも先に意識不明になり、その後、肉体が損傷して生命活動が停止するはずだ。『いつ死んだか』は明確ではないにしろ、確実に死ぬ。


 だというのに。

 未だに意識も失わず、眼を開いて炎ゆらめく先の見物人たちを眺めている。


 どう考えてもおかしい。

 おかしいが――だったらそれを受け入れよう。


 私が処刑されることだって、私にとってはどう考えてもおかしいことだった。

 それを、私は受け入れざるを得なかった。

 私を取り巻く世界がそのように動いたのだ。


 ならば。

 死なないこともまた、私は受け入れよう。


 だったらどうする?


 私は視線の先を見物人から鎖巻かれる自分自身へ向ける。私を括っている鎖が緩み始めているのに気付いたからだ。

 正確に言うなら鎖が緩んでいたわけではなく、丸太の方が燃えているせいで径が小さくなり、結果的に鎖が緩んでいるだけだ。


 ちょっとじたばたしてみれば、あっさり鎖から抜け出せた。

 というか、すっぽ抜けて落ちるような感じになった。


 丸太の足元は最初に火が着けられた場所だけあって、もう火勢の中心とは言い難い。そこに落下した私は大量の灰と燃えかすを撒き散らしたが、どういうわけか熱さも痛さも息苦しさも感じなかった。


 まあ、衣服が燃え尽きてすっぽんぽんだったので、ちょっぴり恥ずかしくはあったが――アラフォーのおっさんだった記憶のおかげで、恥じらい死ぬほどではないにしても――正直、それどころではない。


 見物人のざわめき。

 焼かれていたはずの少女が火傷ひとつ負わずに炎から抜けだし、自分たちの方へゆっくりと歩いて来るのだから、ざわめかないわけがない。


「どういうことだ――!」


 誰かが怒鳴った。火刑の際に配置されていたミュラー家の兵だろうか。野次馬たちが好き勝手に騒ぎ出すのを尻目に、彼らと私の間に数人が立ちはだかる。


 しかし、どういうことだ――とは。

 そんなものは私が聞きたい。


「知るものか」


 と私は言って、足元に転がっている燃えた木片を拾い上げ、兵士にぶん投げてやった。もちろんクラリス・華奢でキュート・グローリアが木片を投げたところで兵士たちの痛手になるはずもないが、そうしないわけにもいかなかったのである。


 案の定、兵士は片手で木片を払い除けてしまった。

 そして別の兵が剣を抜き、私に突きつけてくる。


 焼き殺すのに失敗したら、次は突き殺すつもりか。


 それもいいだろう。

 なんとなく、としか言いようのない投げ遣りな気分に従い、私は突きつけられた剣に向かってそのまま歩を進めてやった。


 兵が戸惑う。

 私は構わない。

 兵が剣を引きそうになる。

 私はそれを許さない。


 ――ずぶり、と。


 剣先が自分の喉元に突き刺さる感触があった。兵が怯えて剣を引ききる前に、歩みを早めて喉に突き立ててやったのだ。


「ひ――」


 悲鳴なのか息を呑む音だったのかは判らないが、兵は剣の柄から手を離してしまう。剣の先だけよりも他の部分の方が重いので、喉に突き刺さっていた剣が地面にこぼれ落ちてしまう。その際に重大な血管を傷つけたようで、私の首から鮮血が飛び散った。火刑の臭いに血の臭いが混ざる。


 が、どうしてだか私は意識を失わない。

 痛みも、あまり感じない。


 どうして?

 知るものか。


 私はそのまま歩を進めた。兵が怯えて道を空ける。すっぽんぽんなのでやはり恥ずかしいのだが、開き直って堂々と歩くことにした。


 この状況で恥じらっていても、それはそれでなんかアレだ。


 人垣が割れていく。

 焼かれても刺されても死なない少女に怯えて、見物人が道を空けてくれる。


 その先に、ミュラー家の人間が見えた。

 当主とその妻、次期当主であろう長男、そしてエックハルト。

 ミゼッタは……見当たらない。

 まあ、別に彼女に恨みなどないので、構わないが。


 なんだかよく判らないが――まあ、仕方ない。

 受け入れよう。

 そして、受け入れてもらおう。

 私にそうしたように。

 私にそうさせたように。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ドキドキワクワクドキドキ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ