003話「火刑_03」
人間を火炙りにして、どれくらい経てば死ぬのだろう?
私は火刑の専門家ではないので詳しく知らないが、そもそも焼け死ぬより先に酸欠で意識を失うのではないだろうか。
だって、足元から燃やしていって、炎に巻かれているのだ、そこに酸素なぞあるはずもない。死よりも先に意識不明になり、その後、肉体が損傷して生命活動が停止するはずだ。『いつ死んだか』は明確ではないにしろ、確実に死ぬ。
だというのに。
未だに意識も失わず、眼を開いて炎ゆらめく先の見物人たちを眺めている。
どう考えてもおかしい。
おかしいが――だったらそれを受け入れよう。
私が処刑されることだって、私にとってはどう考えてもおかしいことだった。
それを、私は受け入れざるを得なかった。
私を取り巻く世界がそのように動いたのだ。
ならば。
死なないこともまた、私は受け入れよう。
だったらどうする?
私は視線の先を見物人から鎖巻かれる自分自身へ向ける。私を括っている鎖が緩み始めているのに気付いたからだ。
正確に言うなら鎖が緩んでいたわけではなく、丸太の方が燃えているせいで径が小さくなり、結果的に鎖が緩んでいるだけだ。
ちょっとじたばたしてみれば、あっさり鎖から抜け出せた。
というか、すっぽ抜けて落ちるような感じになった。
丸太の足元は最初に火が着けられた場所だけあって、もう火勢の中心とは言い難い。そこに落下した私は大量の灰と燃えかすを撒き散らしたが、どういうわけか熱さも痛さも息苦しさも感じなかった。
まあ、衣服が燃え尽きてすっぽんぽんだったので、ちょっぴり恥ずかしくはあったが――アラフォーのおっさんだった記憶のおかげで、恥じらい死ぬほどではないにしても――正直、それどころではない。
見物人のざわめき。
焼かれていたはずの少女が火傷ひとつ負わずに炎から抜けだし、自分たちの方へゆっくりと歩いて来るのだから、ざわめかないわけがない。
「どういうことだ――!」
誰かが怒鳴った。火刑の際に配置されていたミュラー家の兵だろうか。野次馬たちが好き勝手に騒ぎ出すのを尻目に、彼らと私の間に数人が立ちはだかる。
しかし、どういうことだ――とは。
そんなものは私が聞きたい。
「知るものか」
と私は言って、足元に転がっている燃えた木片を拾い上げ、兵士にぶん投げてやった。もちろんクラリス・華奢でキュート・グローリアが木片を投げたところで兵士たちの痛手になるはずもないが、そうしないわけにもいかなかったのである。
案の定、兵士は片手で木片を払い除けてしまった。
そして別の兵が剣を抜き、私に突きつけてくる。
焼き殺すのに失敗したら、次は突き殺すつもりか。
それもいいだろう。
なんとなく、としか言いようのない投げ遣りな気分に従い、私は突きつけられた剣に向かってそのまま歩を進めてやった。
兵が戸惑う。
私は構わない。
兵が剣を引きそうになる。
私はそれを許さない。
――ずぶり、と。
剣先が自分の喉元に突き刺さる感触があった。兵が怯えて剣を引ききる前に、歩みを早めて喉に突き立ててやったのだ。
「ひ――」
悲鳴なのか息を呑む音だったのかは判らないが、兵は剣の柄から手を離してしまう。剣の先だけよりも他の部分の方が重いので、喉に突き刺さっていた剣が地面にこぼれ落ちてしまう。その際に重大な血管を傷つけたようで、私の首から鮮血が飛び散った。火刑の臭いに血の臭いが混ざる。
が、どうしてだか私は意識を失わない。
痛みも、あまり感じない。
どうして?
知るものか。
私はそのまま歩を進めた。兵が怯えて道を空ける。すっぽんぽんなのでやはり恥ずかしいのだが、開き直って堂々と歩くことにした。
この状況で恥じらっていても、それはそれでなんかアレだ。
人垣が割れていく。
焼かれても刺されても死なない少女に怯えて、見物人が道を空けてくれる。
その先に、ミュラー家の人間が見えた。
当主とその妻、次期当主であろう長男、そしてエックハルト。
ミゼッタは……見当たらない。
まあ、別に彼女に恨みなどないので、構わないが。
なんだかよく判らないが――まあ、仕方ない。
受け入れよう。
そして、受け入れてもらおう。
私にそうしたように。
私にそうさせたように。