029話「栄光の_03」
経過は省略する。
結論から言えば、狸獣人の代官はやっぱり小麦を獅子王に納めていなかったし、オーク族のことは舐めくさっていたし、今回の『獣人連合による反乱』に際して小麦が必要になったからという勝手な判断でスーティン村にやって来た。
そんなわけで代官の死体をひとつ生産し、荷馬車を二十台、馬車を牽く馬を四十頭、そして人足として使われていた犬獣人が――狼族ではなく、コボルトとも違う、犬の獣人だ――二十人。まとめてゲット。
犬の獣人たちは、ザンバやセレナほど人に近くないが、ポロ族のコボルトたちほど獣寄りでもない、狼男と化したザンバを小さくして大人しくさせたような連中で、だいたい柴犬っぽい雰囲気の種族だった。
「おれたち、獅子王に滅ぼされた村の生き残りで、働き手として使われてたんです。だから別に、あの狸のおっさんの部下っていうか……そういうの、どうでもいいっていうか……おっさんが死んでるのに村に戻っても怒られるだけだし、もしかしたら殺されるだろうし……」
というような事情があるらしく、彼らもまたスーティン村に暖かく迎えてやることにした。ちょうど荷馬車も無傷でゲットできたし、我々は馬の扱いにあまり詳しくもなかったのもある。
彼らは個人名はあったが、種族名も氏族名も持っていなかったので、私がいいかげんに「ヤマト」という名を付けてやった。
運送業のヤマト。
犬だけど。
馬の世話、馬車の管理、そして実際の運送。
ヤマト族のリーダーというか、まとめ役の青年はなかなか聡明で、ヤル気満々というタイプでもなく、無難に仕事をこなし、周囲に無理をさせないという上司にしたい系男子だったので、私としてはかなり高評価。
「えっ……いや、おれ、あの狸のおっさんにはすごい怒られてましたよ。もっとたくさん働けとか言われて。でも、仕事の量なんて決まってるし、決まってる量なら、なるべく楽にやりたいですし」
名をアルトという。アルト・ヤマトだ。
低燃費系の男だが仕事は出来るやつで、他のヤマト族からの信頼も厚い。はっきり言って『拾いモノ』である。
馬の世話が好きらしく、丘のあっち側、増反した田畑よりさらに向こうへ新たに厩舎と放牧地を設けることになったのだが、アルトが馬と並んでのんびり歩いている姿は、なんだか平和の象徴みたいに見えたものだ。
「あいつはいいな。必要なことをして、必要じゃないことはしない。必要なことがなにかを理解しているからだ。武術をやらせても、ああいうのは強くなる」
ユーノスがそんなことを言って愛弟子のカタリナを嫉妬させたりしていたが、まあ、たぶん、アルトよりもカタリナの方が普通に強いだろう。十歳そこそこの少女とはいえ、さすがは魔人種である。
ちなみにというか、カタリナの妹弟子としてキリナもまたユーノス大先生の教えを受けているが、こちらも才能があるらしい。こうなってくるとセレナも黙ってはいられず、少女二人に妖狐の魔法を教えていたが、どちらも才能があるという。
「私たち、クラリス様の役に立ちますから!」
「絶対に、クラリス様の役に立ちますっ!」
目をきらきら輝かせて言うカタリナとキリナだった。
ロイス王国の学園で『無才のクラリス』として名を馳せていた私としては、少女二人の眼差しはちょっぴり眩しかったのだが、そこまで悪い気はしなかった。
いや、まあ、ちょっとは悪い気もしていたのだが。
◇ ◇ ◇
ところで。
狸の代官を殺す前に聞き出した情報によると、獣人連合の蜂起はそれなりに獅子王ランドールを困らせているらしい。
なんというか、勝手に『アラビアンナイトみたいな宮殿と、そこに住まう王族』っぽいイメージを持っていたのだが、どちらかといえば室町時代の豪族の方が近いのかも知れない。私だって別に室町時代の豪族に詳しいわけではないので、本当になんとなくの印象だが。
とにかく、獅子王ランドールを中心とした彼の部族があり、その部族に従う直属の氏族があり、その大きな集団に対してふんわりと恭順しているさまざまな部族や種族がいる……というような理解で、たぶんいいはずだ。
例えば代官になっていた狸獣人は獅子王の直属であり、この村のオークたちや、ポロ族なんかは「ふわっと恭順」の方に属する。
で――獣人連合は、直属でない方を襲ったり従わせたりしている。そうなると納税が少なくなるので、獅子王たちが困る。
だから狸の代官は、納税の時期でもないのにオークの村に小麦を要求しに来た。ランドールに追加の税を納めることで点数稼ぎを狙ったのだ。となれば、そういう代官が狸のおっさんだけとは限らない。
「……となると、どうなる?」
集会場に雁首並べて会議を踊らせてみるも、残念ながら華麗なステップを刻めるやつは私を含めて誰もいなかった。
それなりに人口は増えてきたが、やはり政治だの戦略だのは専門知識だ。私だって偉そうに踏ん反り返ってはいるものの、別に専門家ではない。
そろそろ頭脳労働者が欲しいところだ。
と、まあ、それはさておき。
「つまり、現状起こっていることが更に続いて……そうすると、その先がどうなるかっていう話ですよね?」
自分自身の思考を整理するように、カタリナが言った。
後ろに座っていた槍使いのマイアなんかは「おおっ」とばかりに眉を上げていたが、私はマイアが話を途中で聞き流しているのをチェックしていたので、胸の内でマイアを頭脳労働候補者から除外しておく。
人には適材適所というものがあるのだ。
そこを間違えると、悲しいことにしかならない。
「今、起きていること――この村に、他の獣人たちがやって来ること?」
キリナが補足を呟いた。
カタリナも首を縦に振り、続ける。
「獣人連合に襲われた村の生き残りがスーティン村にやって来る。それが続くと……村の人口が増えて、食べ物が足りなくなるかも知れない……?」
「畑も増やしてるけども、収穫はまんず先のことになるべ」
「馬の方は平原があるから、余裕です。おれたちの方も、いつでも動けます」
「魔境の方も、開拓は順調です。ぼくらもお手伝いしてます。保存食はつくり続けてて、今のところ、魔物と動物がいなくなる心配もないっていう話です」
オークのモンテゴ、犬獣人のアルト、コボルトのイオタがそれぞれ見解を示す。
どうでもいいが、チワワのぬいぐるみに似たイオタが真面目な話をしていると、なんだか微笑ましくなる。本人は真剣なのでいちいち茶化したりはしないが、後で頭とか撫でておこうと私は思った。
「次に起こること……か」
ふむ、と腕組みしたユーノスが眉を寄せて頷く。
私は少しだけ沈黙を挟んでから、先を促した。
「ユーノスは、どうなると思う?」
「獣人の流入は、まだ少し続くだろうな。物理的に距離が遠すぎるやつらは、たぶんここまで辿り着けない。あるいは猫の行商人がさりげなく情報を撒いているのだとすれば、思っているより獣人たちは来るかも知れない」
「ふむふむ。それで、その先は?」
「二種類――いや、三種類考えられる。ひとつは、獣人連合がザンバの未帰還に気付いて、軍を差し向けてくる展開。これは以前から懸念していた展開で、たぶんかなり確率が高い」
ユーノスは指を三本立てて見せ、それから指を一本折り曲げる。
「次に、狸の代官を殺したのが響いて、獅子王の兵が差し向けられる可能性が考えられる。こちらの場合は状況が少し厄介だ」
「あの狸は小麦をちょろまかしてたから、この村から獅子王に納税はしていないことになってる。だから『納税が滞っている』みたいな話ではやって来ない」
という私の補足にも、ユーノスはすんなり頷く。
きちんと考察しているということだ。
「来るとすれば、狸が出発前に『オークの村へ向かうことを誰かに知らせていた場合』だな。狸の未帰還を不審に思って、ということになるだろう。もし調査のために来たのであれば、しらばっくれればそれでいいが……実際、どうなるかはよく判らん。獅子王の配下がどういう連中なのかを知らんからだ」
二本目の指が折りたたまれる。
残るは一本。
「特になにも起こらない――この可能性は、無視できないと俺は思うぞ。獣人連合は獅子王を、獅子王は獣人連合を相手にしなければならないからだ。俺たちの状況は、かなり特殊だ」
「なるほど。それで、私たちはどうすればいいと考える?」
問いに、ユーノスは指を全て折り曲げて握り拳をつくり、その拳で自分の胸を軽く叩いてから、言った。
「決まっている。最悪の状況を想定して動くべきだ」
「うふふ……うんうん、そうだな、私もそう思うぞ。じゃあカタリナとキリナ、我々はなにをするべきだ?」
この問いに対する回答は、ほとんど即答だった。
「大軍に対する備えと――」
「――魔境の開拓です」
◇ ◇ ◇
それから数日後。
トーラス族が四十人ほど、牛を四十頭も引き連れてやって来た。
ちなみに彼らは牛の獣人だった。
牛飼いのトーラス族、である。
猫獣人の行商人リーフにここの噂を聞いており、その後、獣人連合の襲撃に遭ったとか。逃げ出す準備をしていたから、犠牲は少なかったという。
男も女もいたが、女性のトーラス族は実に豊かな胸部の持ち主で、そこに例外というものは存在しなかった。
――べ、別に悔しくなんて、ないんだからね!
いや、本当に。
◇ ◇ ◇
で、さらに十日後くらいに獣人連合がやって来た。
そこそこの大軍で。
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