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悪徳令嬢クラリス・グローリアの永久没落【書籍化】  作者: モモンガ・アイリス


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025話「魔と豚と_01」





「ど――どうして、ですか?」


 キリナの問いには戸惑いの色が強かった。

 言葉通り、どうして私がそんなことを言うのか理解できないのだろう。

 狼族のうち一人を残すのは最初から決めていたのだが、そういえばキリナは狼族に拉致されていたので、知る由もないのだったか。


「こいつらから情報を得るためだ。尋問して、いろいろ喋ってもらう。死んだら喋れないだろ」


 と私は言った。

 すっかり親殺しの気分になっていたらしいキリナは少しだけぽかんと口を開けていたが、ややあってから「まあ、それなら」と普通に頷いた。


 おまえの親を尋問するために生かしておくと言われて素直に納得してしまうのはちょっとどうかと思うが、私に言えた義理でもない。自己正当化するための詭弁を吐き散らかさないのであれば、クラリス・グローリアとしては子供が親を殺そうが、親が子供を支配しようが、なんだっていいのだ。


 ……そういえば、素敵な道徳の持ち主が静かだ。

 と思ったら、いつの間にかキリナの母親は地面に転がっていた。

 すぐ傍に立っている妖狐セレナの表情を見るに、彼女がなにかをしてステラを眠らせたのだろう。殺したわけでないのは、なんとなく判る。


 あとは――、


「クラリス。少しやり過ぎたようだ。人型に戻ると思わなかったから脚を斬ったが、このままだと死ぬかもしれん」


 ユーノスが言った。

 うつぶせで地面に転がっているザンバの右足は、足首のちょっと上あたりで切断されており、そこからだくだくと出血が続いている。黒剣を突き刺された右手の方からはあまり出血が見られないので、そちらは放っておいても大丈夫そうだ。


「んー……そうだな、誰か魔法を使ってザンバの傷口を焼いておけ。弱火でじっくりやるんじゃないぞ。手早く表面だけ焼き塞ぐんだ」


 そんなわけで、ジェイドがリソレ(肉の表面を強火でしっかり焼く調理法のことだ)を担当することになり、案の定ザンバが途中で目覚めて耳障りな悲鳴を上げ、ユーノスが再び頭を殴って気絶させたあたりでモンテゴがやって来た。


 身長三メートルの豚獣人は、我々の様子にすっかり怯えながら、言った。


「クラリス様たちは、一体なにをしてんだべ……?」


 答えは簡単。

 残務処理と、事前準備。


 戦いというものは、実践に至る前段階が最も重要なのだ。

 私は戦いなんて嫌いなのだけど。



◇ ◇ ◇



 さて、場所は変わって集会所。

 学校の体育館みたいな、だだっ広い空間がほぼ全てを占めているこの場所は、みんな集まってあれこれするにはこれくらいの広さが必要ということなのだろう。

 実際、オークたちと車座になってみれば、やっぱり縮尺の狂ったような感覚が拭えず、私としてはなかなか面白かった。


 その車座の真ん中に片足を失ったザンバを配置したことも含めて――なかなか面白かった、と言わせてもらおう。


 気絶から目覚めたザンバは、実に大人しく、非常に判りやすく意気消沈しており、こちらの質問には全て答えてくれた。

 反面、ステラの方はどうにも要領を得られず、なにを聞いてもぎゃーぎゃー喚くばかりなので、オークの腰蓑をちぎってつくった猿轡を噛ませて黙らせることにした。クラリス・ヒステリックな女は好きじゃない・グローリアによる冴えた選択である。マイアあたりはドン引きしていたが、もちろん気にしない。


「疑問点としては、大きくみっつだ」


 ひとつは、狼族に協力している人族について。

 ロイス王国の何者かであるなら、元はロイス王国の貴族令嬢だった私でも知っているかも知れないし、そうでなくとも何処の誰が獣人のクーデターに協力しているのかは認識しておく必要があるだろう。


 ザンバに対しては「協力者は狼族の目的など知ったことではない、人族は自分の利益しか見ていない」みたいなことを言ったが、あれは半分くらい嘘だ。

 利益の反する相手にわざわざ協力をするわけがないからだ。

 つまり、狼族の目的と『協力者』の利益は、少なくとも反しないことになる。


「……スペイドとかいう貴族の使いと、何回か会った。連中はランドールが獣人の領域を牛耳っているのが気に食わないっていう話だった」


 そこで協力関係を結んだ、ということか。

 スペイドとは――たぶん、ロイス王国の貴族、トゥマット・スペイド男爵のことだろう。位置関係としてはエスカード辺境領よりもさらに南西、魔境には遠いが獣人の領域に近い位置に領があったはずだ。


 オーク、ハーピィ、それにトーラス族だったか……トーラス族って、どんな容姿だろう? まあ、それはともかく、そういった獣人たちを家畜や奴隷にして、それで――それで、どうする?

 この世界は地球と違って土地が有り余っている。だから獣人を使役して開拓でもするつもりなのか、それとも別の思惑があるのか。


 いずれにせよ、獣人だって自意識があるのだから、黙って隷属するとは思えない。となると、獣人を隷属させるためのなにかが必要になるはずだが、私の知る限り異世界転生ライトノベルで登場するような『奴隷の首輪』みたいなアイテムは見たことも聞いたこともない。


「ふむ……」


 まあ、いい。

 とりあえず保留。


 ふたつめの疑問点。

 ザンバ・ブロードと彼らの一族は――この村を襲った人数に限るならば、たったの十二人しかいない。

 この場合、私がそうしろと煽ったように、むしろ単身で獅子王ランドールの元に乗り込んで喧嘩を売った方が、いわゆる武力政変を成功させるよりもいくらかマシなように思う。こんな少人数でクーデターなんて成功するわけがない。


 だから、このクーデターは連合軍なのではないか。


「へっ……お見通しってことかよ……そうさ、俺たちだけじゃあ無理なのは判ってた。でもよ、ランドールにナメられたままでいるのは嫌だったのさ」


 狼族からはブロードの他に四つの氏族、他に四種の獣人たちとその氏族から成る連合軍が結成されており、今まさに獣人の領域では武力政変の初動が始まっているらしい。他の場所では、他の獣人が襲われているということだ。


「うーん……そんなにランドールとかいうやつの政治は拙いのか?」


 思わずみっつの疑問点とは別にセレナへ訊いてみるが、セレナの方も訝りながら曖昧に肩を竦めていた。


「我は十年以上あの彼岸に引きこもっていたのじゃぞ。世情に詳しいわけがなかろうて。少なくとも狐人の一族が解散させられたときは、統治らしい統治などしておらんかったはずじゃ」


「あぁ、なるほど」


 情報が古いのだ。

 モンテゴたちが獅子王へ小麦を税として収めていると言っていたが、それが気になっていた。セレナの話では武力を有する最高裁判所みたいな扱いだったのが、十年経過して、まともな政府……あるいは王朝として機能するようになったのか。


「それじゃあ、次だ。私としては最も気になる疑問だな」


 狐人の氏族だか部族だか、とにかく彼女らの集団は、ランドールの命令で解散させられ、獣人たちの領域のあちらこちらに散らばったという。

 十年以上前の話だ。

 セレナは魔境と獣人の領域を隔てる川辺で、魔境からの侵入者を防ぐという罰のような命を受け、律儀にあの場所を守り続けていた。

 まあ、そもそもあんな場所にやって来たのはドワーフのドゥビルと我々くらいしかいなかったわけだが。


 で、肝心なのは十年前のこと。

 まだ赤ん坊だったキリナを、ステラがセレナに預けに来たこと。



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 そこが問題だ。

 セレナは、ばらばらになった狐人たちが何処にいるのかなど知らなかった。おそらく他の狐人たちもそうだろう。でなければ解散させた意味がない。また集まってしまうではないか。


「……ランドールの側近の女が、教えてくれたのよ」


 猿轡を外してやると、いろんなものを諦めたような顔をしてステラは呟いた。別にそれほどオークの腰みのは臭くなかったと思うのだが、仮にフローラルな香りだったところで表情は変わらなかっただろう。


「なんてやつだ?」


「豹族の女よ。当時はまだ十代だったはず。すごく頭が良くて、ランドールに重宝されているって……私は当時ブロード族と別の部族が揉めていたところに仲裁を命じられてたけど、出発のときに、その女がキリナの居場所を教えてくれたわ」


「名前は?」


「レクス・アスカ」


「覚えておこう」


 その価値はありそうな気がした。


 他にもいくつかの疑問点について質疑応答し、そのうちいくつかは今ここで考えても仕方のないことだったので、棚に上げて保留しまくっておく。そのうち棚が壊れそうな気もするが、まあ仕方ない。


 と。


「あのう、クラリス様。聞いてもいいべか?」


 おずおずとモンテゴが手を挙げ――巨体なので、どんなに遠慮がちでも挙手すれば目立つのだが――態度と同じくらい遠慮がちに言った。


「おでらは、その……どうすればいいんだべか?」




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