208話「火種_01」
なんだかよく判らない殺し屋が現れ、私クラリス・グローリアが特になにもしないうちに殺し屋は捕らえられ、せっかくなのでとカイラインの部下にしてやった。
レガロよりは年下、くらいの中年がセイメン。
二十歳そこそこの地味な女がイリアス。
せっかくついでに二人の魔力をシロちゃんに喰わせてみると思いっきり体調不良になってしまったが、魔力そのものをほとんど使っていなかったのが原因のような気がする。ロイス王国民は貴族か『癒やしの聖女』みたいな天才でもない限り、魔力に関しては無知といってしまっていい。
セイメンの方はそこから魔力が増えるということはなかったが、魔力を身に纏う身体強化的な使い方はできるようになったし、イリアスの方はただでさえ薄い気配を魔力を使ってさらに薄める『隠形』の魔術が使えるようになった。
というか、カイラインが二人を鍛えたようだ。
あれに鍛えられるなんて私ならごめんだが、四の五の言っていられない元暗殺者の二人なので、まあ、ご愁傷様というやつだ。
「カイラインって、他人にものを教えたりできたんですねぇ」
と言ったのはカタリナで、確かにカタリナから見たカイラインは薄ら笑いを浮かべて私の足を舐める変態でしかないのだろう。
いや、よく考えると一度も足を舐めさせたことはないのだが。
「そろそろあいつにも部下が必要だったからな。ちょっと遅かったくらいだ」
あの変態九尾は変態なだけではなく、きちんと有能だ。
性格のせいで友人をつくり難いタイプだし、謀るせいで仲間からは信用されないので、だったらあいつを嫌っていても問題ない『部下』をつけてやったというわけである。グロリアスにいると現代日本のことは忘れそうになるが、大抵の部下は上司のことなんて好きではないが、それでも仕事はできるものだ。
「でも、あの人族はカイラインを……グロリアスを裏切りませんか?」
「裏切っても戻る場所がないだろ。『短剣の徒』とかいう組織には仕事の失敗が伝わっているだろうし、依頼主であるコラード・ランサムは暗殺者のことなんか屁とも思っていない。つまり助けてくれない」
「……それだと、逆に『いつでも裏切ってくるような手先』を使っている、という話になりませんか?」
おかしいじゃないか、とカタリナは言うが、実際におかしいのだ。そして社会というのはある程度のおかしさを許容したまま歯車が回るようになっている。
相手の尊厳を傷つけるような振る舞いをしたら殴られたって仕方がないだろうし、最悪は殺されるかも知れない。だというのに、パワハラ野郎はそんな心配をせずに部下の生活を締め上げている。そういう会社はたくさんあったし、そういう仕組みはファンタジー異世界にだって腐るほど存在するだろう。
「実際そうだ。そして手先に裏切られる心配を、上の連中はしていない。裏切ったところで行き先がないと考えているからだ。これについては私たちだって同じようにセイメンとイリアスを扱っている」
守るものがない、譲れないものがない――というのは、強いようで弱い。
裏返せば、弱いようで強い、ということでもある。
同時に、こうも思う。
本当になにひとつ守るものがない者など滅多にいないし、遍く全てを譲り渡して構わないというやつだってほとんどいないのだ、と。
「……あのイリアスとかいう女は、孤児について気にしていたみたいですね。たまには孤児院に連れて行けとカイラインに言っておきます」
上手く飲み込めないごろごろした芋の塊を口の中で転がすような顔をして、カタリナはそんなことを言った。
噛み砕けないものを無理して噛む必要はない。飲み込めないのであれば無理して飲む必要もない。それを大人とは言いたくないが、彼女もちょっぴり大人になったのだろう。善いか悪いかは別として。
なんとなく私はカタリナの頭を撫でてやろうと思ったが、身長を追い越されているので、ちょいちょいと手を振って一旦しゃがませる必要があった。
撫でてやったら二年前と同じように嬉しそうな顔をしてくれたけれど。
◇◇◇
「お待たせしましたわ、皆様。こちらがフィリア商会で使っている織機です」
わざわざ魔境の開拓地まで織機を運んできたソフィアーネは、それはもう上機嫌なドヤ顔だった。オークたちに織機を下ろさせ、珍しい機械に群がるコボルトたちを満面の笑みで眺めている様子は、本当に嬉しそうだ
学園ではスーパーエリートお嬢様という感じだったが――まあ、関わっていないので遠目から見た評価にはなるのだが――もしかすると、こちらの方が素のソフィアーネなのかも知れない。
楽しいことが好きで、かわいいものが好きで。
ただ、能力が高すぎて楽しいものが身の回りには少なく、趣味が独特すぎてかわいいものがなかった……のかも知れない。
コボルトたちの作業場に運び込まれた織機は、私は全く詳しくないのだが、なんか横棒を押したり引いたりして糸を編んでいくやつだ。巻いた糸をセットしておく場所が二十個以上あって、かなり複雑な絡繰り仕掛けである。
「これはすごいですねぇ。えーっと、これを引っ張ったらこっちが連動して、ここの糸が伸びて、押して……なるほどなるほどぉ!」
目を輝かせたコボルトのイオタ・ポロが、それこそ犬みたいに織機の周辺をうろついて仕組みを観察している。……その様子を、お嬢様が観察している。
「ああっ、もうっ! 可愛らしいですわぁ……」
恍惚、といった表情のソフィアーネに構っていると話が進まないので、パンパンと手を叩いて注目を集める。
「さて、ソフィーが持って来てくれた織機を解析して、仕組みを把握して同じ様なものを造ることになるわけだが、できそうか?」
「なんとかなると思います。部品はドゥビル師に発注することになりますけど、基本的な仕組みは難しいわけじゃないですね。簡易的なのだったら、三日もあれば造れると思いますよ」
あまりにも頼もしい木工職人たちである。ソフィーが両手で口元を抑えて恋する乙女みたいになっていたが、無視しておく。
「じゃあドゥビルたちに見せる参考資料はイオタたちがつくる簡易版だな。あっちに織機を持っていくのは面倒だからな。それはそれとして、この現物を使って、なにか試作品をつくってみるか」
「あら、そういえばアコはどちらにいますの? 例の『白絹糸』の利用法についての進捗があれば聞きたいのですけれど」
「いるいる。ここにいるよ、ソフィアーネ嬢」
ちょっと前とくらべてやたらみすぼらしくなった錬金術師のアコ・アクライトが、試作の布をいくつか抱えて現れた。彼女の後ろにはニタニタ笑いながらカルローザがついて歩いていたが、どうやら慣れたようでアコは全く気にしていない。
「ふひっ! お、お、お久しぶりですぅ」
「ええ、お久しぶりですわ、カカカカルローザ様。アコが抱えているのは、試作品ですのね? ハンカチのように見えますけれど」
「試作の手間を考えて、小さい布でつくったんだよ。まずはソフィアーネ嬢が示唆したように白絹糸と別の繊維を混ぜて捩って糸をつくった。いくつか配合も試してみたけど、意外と綿糸との相性がよかった。白絹糸に綿を巻くようにして糸にするんだけど――」
「すまんが細かい説明は後回しで頼む」
研究者気質を出して早口になりかけたアコを止め、私はその場の全員をぐるりと見回した。コボルトたち魔境の職人勢、アコとカルローザの研究コンビ、肉体労働を主にしている獣人に、一言も話していないが私の近くにいるユーノス。なんだかいつの間にやら私の従者みたいに振る舞っているカタリナ。ソフィアーネ・カリストと、その従者エリオット・グレイ。
そういえばエリオットは信用できないのでグロリアスには立ち入れないようにしていたのだが、この間の一件で『ソフィアーネお嬢様大好き教』の狂信者であることが発覚したので、出入りを解禁した。
こいつはたぶん、ソフィーを裏切らない。
そしてソフィーをここまで私たちに喰い込ませた以上、私としてもソフィーは裏切りたくないし、おそらくはソフィーの方も私を裏切らないような気がした。最悪でも『手を引く』くらいだろう。
とにかく、その場の全員をぐるっと見回して、私は言う。
「さて――白絹糸を使ったお遊びは楽しいものだから、なるべくだったらこれに注力したいところだ。織機の解析と簡易見本の制作はイオタが中心で、織機を使って試作品をつくるのは別のコボルトが作業頭になれ。カルローザとアコは現状の成果を試作品製作班と相談しながら、研究を続行。シロちゃんと遊ぶのを忘れるなよ。孤児院から子供たちが来たときは、基本的には向こうの人員に任せろ」
なにか質問は?
と訊ねれば、各々が細かい問いを口にしてくれる。私に判る部分は答えてやるが、判らない部分は方針だけを大雑把に伝えてやれば、もう『グロリアス』は自力で歩けるところまで来ている。
「クラリス様。私はどうしますか?」
するりと挙手するソフィアーネに、私は両手を腰に当てて胸を張り、にんまり笑って答えてやる。
「悪いが、おまえは私と一緒に、つまらない方の仕事だ。ランサム子爵家がティアント領にちょっかいをかけようとしている気配がある。領主のスラック・ティアントとヴィクター・イルリウスを交えて、今後の相談だ」
「ああ、そういえば、お父様――カリスト公爵がそのようなことを言っておりましたわ。コラード・ランサムが『グロリアス』を相手になにやら画策しているようだ、と。もしかして、私がこちらにいない間になにかありましたの?」
「殺し屋が来て、殺し屋を捕まえて、殺し屋を懐柔して部下にした」
「あら、それはそれは……グロリアスらしいですわね」
にっこりと微笑むソフィアーネである。
このお嬢様も私たちに染まってきたのかも知れない。
◇◇◇
魔境の開拓地からティアント領都へ向かうため、グロリアスの『砦』を経由したところで、ヴォルト・クラウスが待ち構えていた。
かつてはティアント領騎士団副団長だった男は、今ではティアント領騎士団とグロリアスを仲介する栄光騎士である。立ち位置としては『警備隊』の上官になるが、この赤毛の騎士はグロリアスの獣人たちにきっちり敬意を払い続けているので、実力主義者の猪獣人ゾンダ・パウガなんかもヴォルトには一目置いているそうな。
「クラリス殿。スラックから相談があるので城まで来て欲しいとの伝言を承っています。おそらくランサム子爵家が動いたのでしょう」
感情を見せずに告げるヴォルトに、私はクラリスマイルを返してやる。
「こっちもそのつもりで領都に向かう予定だった。『警備隊』にはいつもよりちょっと気合いを入れて巡回しろと伝えておけ。ただし怪しいのを見つけても自分たちで対処するな。カイラインか、新入りの二人を使え」
「承知しました。それから、もうひとつ。スペイド領からの使者が来ています。表向きはティアント領への使者ですが、グロリアスとも話がしたいとのこと」
「ふぅん。用向きは聞いているか?」
「いえ。ただし使者の名は判っています。タートン・レグラックという獣王国との外交を務めている騎士です。レガロ師と知り合いだそうで」
「なるほど、なるほど」
ややこしいことになっているのか――あるいは単純になっているのか。
現在のところ、獣人たちと交易をしているのはティアント領しかない、ということになっている。厳密にはグロリアスと交易をしているのであって、プラド・クルーガを獣王とする獣王国の民はグロリアス経由でティアント領へ入っているのだが、スペイド領はスペイド領で、きちんと獣王国と交易しているのだろう。表立たず、ひっそりと――しかしたぶん、以前よりも強固に。
「戦になると思うか?」
ユーノスが言った。
楽しそうでもなければ、つまらなそうでもない。ごく普通の調子で。
「たぶんな。だが、問題はどういう戦になるのかってところだ」
以前の『放蕩王子』ブリッツ・オルス・ロイスの件を引き合いに出すまでもなく、敵だからといって叩き潰せばいいとは限らない。グロリアスだけでロイス王国全体は相手取れない以上、落とし所を考えねばならないのだ。
「まったく、面倒な話だ。私たちは春先の子犬みたいにころころ転がって遊んでいたいってのに、なんだって邪魔ばかりされるんだろうな?」
という私のぼやきには、ソフィアーネが答えた。
「簡単ですわよ。クラリス様、貴女が輝いているからですわ。強い輝きに惹かれてしまうのは、人の性というものでしょう」
「ふん。なるほどな。罪な女というわけだ、私は」
鼻息を吐いて肩を竦めれば、ユーノスもヴォルトもソフィアーネも、なんだか微妙そうな苦笑を返してきた。
◇◇◇
ともあれ。
そんなわけで、私たちは随分と久しぶりにティアント城へ赴き、いろいろと意外な話を聞かされることになった。
あと、フォルザ姉様が妊娠していた。
これにはヴォルトが静かに喜びを見せたのだが――残念ながら、今回の事態にあたっては完全な余談である。
ホントはこっちが本題であって欲しいところなのだけれど。
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