202話「成果と変化_05」
ソフィアーネ・カリストにとって、クラリス・グローリアが創り出した『グロリアス』という集団は、非常に魅力的だった。
外側から眺めているときであっても、なかなか面白そうだと思っていた。それがいざ内側に招待されてみれば、この場所以上にきらきらと輝いている場所なんて知らない、というくらいにソフィーの心を沸き立たせた。
まず、未知が多い。
ソフィーの知らないものがあり、おそらくはクラリス自身にも判らないものがある。王都の学園に通っていた頃、そんなものはなかった。予想通りのモノがあり、予想の範囲内で物事は進行した。錬金術師のアコと知り合えたのは嬉しい偶然ではあったが、そのくらいの逸脱者はいるだろう、ということも予想はしていた。
これについては卒業してフィリア商会を立ち上げた後でも概ね同じだ。
ほとんどの物事は、予測の範疇に収まっていた。
それが、グロリアスときたら!
さながら未知という名の宝石箱だ。これからなにが飛び出すかなんて判らないし、そこに見当をつける試みのなんと楽しいことか。そしておそらくは、グロリアスが関わる事態はソフィーの予想なんて大きく超えて進行するだろう。
おまけに、一部の獣人たちの可愛らしさといったらない。
ポロ族、シャマル族のコボルトもそうだし、魔境を巡回していた狒々獣人たちも、かなり可愛らしかった。そう伝えると狒々の人たちは微妙な顔をしていたが、可愛らしいと思うのだから仕方がない。
これまで人族の誰かをそんなふうに思ったことはあまりなかったので、もしかするとソフィーの感性がちょっとずれているのかも知れないが、そこを他人と合わせたいとも思っていないので構わない。
とにかく――グロリアスにはさっさと戻って来よう。
そう決意し、ティアント領都へ引き返したソフィーは『斡旋所』で仕事をしていたエリオットと合流し、事情を説明。アコの方は魔境の開拓地に残してきたので、戻って来た頃にはシロが生み出す『糸』の研究が進んでいるだろう。
そういうわけで、ティアント領都に入って来た時点でいつの間にか後を追ってきたカリストの護衛騎士たちを引き連れ、出発――の前に、婚約者候補に挨拶しておくことに。いきなりいなくなっても驚くだろうから。
屋敷に滞在していなければ諦めようと思っていたのだが――さっさと出発したかったので――都合よくヴィクター・イルリウスは屋敷に滞在していた。
それほど頻繁に会っていたわけではないが、ソフィーはヴィクターに会うたび、彼のギョロ目がわずかに泳いでから仕方なさそうに苦笑する様を見るのがちょっと好きだ。貴族には顔の整った者が多いように思うが、ソフィーはいわゆる美男子にはあまり感情を動かされたことがない。考えてみれば父であるマクシミリアンこそがとびっきりの美丈夫であるからこそ、容姿の整った者に対する感慨が湧きにくかったのかも知れない。父様と比べるとさすがに劣るかな、という人が大半だったし、男性では未だに父を超える美人を見たことがない。
「来たのも急なら、出て行くのも急ですなぁ」
ははは、と苦笑を洩らして茶を啜るヴィクターに、ソフィーはにっこりと笑みを浮かべ、通いのメイドがいれたらしい茶を口にする。そこまで美味しいわけでもなく、不味いわけでもない、普通の茶だ。
「あら、ヴィクター様は私のことをひたすらに面倒だと思っているのでは? 出て行くのであれば万々歳ではありませんの?」
「そう見えていたのでしたら、これは申し訳ありませんなぁ。こう見えて……というか、見ての通り、女性の扱いには自信がありませんのでね」
「ご心配なく。私、殿方に『女性の扱い』は求めておりませんので」
「では、なにをお求めで?」
へらへらと軽薄に笑いながら、目の奥が笑っていない。しかし目の奥が笑っていないとソフィーに察せられている時点で、ヴィクターもまだまだといったところか。マクシミリアンなら変化を見せない。
ソフィーは笑みを変えることなく、小さく首を傾げて答えた。
「さて、どうでしょう。私にもそれは判りませんの」
◇◇◇
ヴィクター・イルリウスと口先で突き合うのは、意外に楽しいものだ。同年代の男性とは軽口を叩き合うなんて経験はなかったし、最も身近な男性であるエリオット・グレイはソフィーに従うのが当然だった……いや、まあ、ごくごく最近、奇妙な挙動を見せはしたのだが。
さておき、しばらくティアント領を離れること、可能な限りすぐに戻って来ることを伝えたときのヴィクターの表情は、なかなか見物だった。「まだこいつと関わらなきゃいけないのかよ」とでもいった表情で、これまでの人生においてはむしろ関わって欲しそうにして来る者が多かったソフィーとしては、ヴィクターのそういう態度はむしろ面白いものだ。
婚約――に関していうのであれば、嫌ではないので話を進めたい、くらいのものだ。あれ以上がきっといるはずだ、なんて強い信仰はないし、邪魔にならないのであれば別に誰でもいいという気もする。
だいたいにして、公爵家の令嬢が好いた男性と添い遂げられるなどと考えている方がおかしい。そんなわけがない。であれば、せいぜい相手を愛する努力をするだけだし、相手を自分好みに変える手管を使うべきだ。
そういう意味においてヴィクター・イルリウスは悪くない。
あまりべたべたした関係にはならなさそうだし、ちょくちょく楽しい舌戦もできるだろう。子を産むことに関しては……正直、ソフィーにとっては予想の範疇にない。楽しいかも知れないし、苦しいかも知れない。でも、大抵のことなら我慢できるとは思う。自由の代償としては、割と破格ではないだろうか。
「お嬢様の将来が幸多きものであることを、このエリオットは確信しております」
執事はそんなことを言うが、ようするに相手が誰であろうがおまえなら大丈夫だろうという意味だ。
「その確信は私にはありませんが……今は、グロリアスですわ」
というわけで、ティアント領都から護衛騎士たちを引き連れ、カリスト公爵領へ舞い戻る。いくつかの領を跨いだが特筆すべきことはなく、ただの移動になった。公爵領へ戻ってみてもさして変化は感じず、グロリアスの速度感の異常さを再認識させられた。あの場所では、なにもかもがあっという間に変わっていく。
クラリス・グローリアは、あの変化の波を泳ぎ切っている。
もちろん「今のところは」という注釈はつくけれど、もっと大きな変化さえ乗り切っていたはずだ。たとえばグロリアスが立ち上がるときなんて、変化の速度も量も、現在の比ではなかっただろう。
その波を掴まえて、ソフィーも泳ぐのだ。
考えるだけでも楽しいのだから、きっと実際に泳いでいる最中は、もっと楽しくて、もっとずっと苦しいことが起きるだろう。知らないこと、知らないもの、予想できない未来……。
それを手に入れるためには、必要なことがあった。
報告である。
ひとまずはエリオットにフィリア商会での用事を任せ、父であるマクシミリアン公爵と面会するために、実家へ戻る。
ソフィーが知っている限り、カリストの城はロイス王都に存在する王城の次に煌びやかな建築物だ。
生まれ育った場所である以上、そこまで強い感慨があるわけではない。でも王都の学園を卒業して実家に戻って来たときには、なにかを思った気がする。それがなんだったかは思い出せないが、感傷のような気持ちだった。
今は――なんというべきか、ここが私の帰るべき場所、という感じがまるでしなくなっているのが、ソフィーとしても意外だった。
安心よりも、さっさと用事を済ませて戻りたいという気持ちが大きい。
そんなソフィーの気分を察したわけでもないのだろうが、マクシミリアンは外せない公務以外を切り上げて、ソフィーとの面会に応じてくれた。
来客に応じるための大きな部屋ではなく、仕事の話をするための執務室での面会になったのは、親子だからというよりはソフィアーネ・カリストの力量に対する信頼の表れ……いや、マクシミリアンは『信頼』などというあやふやな基準で物事を見てないか。おそらくは確信。
ソフィーなら上手くやった、とマクシミリアンは考えた。
だから細かい話を聞くための場を用意した。
「お久しぶりです、お父様。結論から申し上げますと、グロリアスとの関係を築くことができました。以後、グロリアスの内側で、クラリス・グローリアの生み出すあれやこれやに一枚噛ませていただくことになります」
「そうか。よくやった。まずはなにをする?」
「詳しくはクラリス様との信頼関係がありますので父が相手であれ軽々に洩らせませんが、おそらくは、見たことがないものを目の当たりにすることになりますわ。これまでグロリアスがそうしてきたように」
「ふむ。では質問を変えよう。クラリス・グローリアを見てどう思った?」
ヴィクターとは違ってやはり全く表情や感情を動かさず、マクシミリアンは問いを変える。口調や表情から父の内心を覗えない、というのは生まれたときからそうなので、ソフィーはそこで懊悩したりはせず、問いへの答えを考えた。
どう思ったか、というのであれば簡単だ。
「面白い。その一言に尽きますわ」
「どういうところが?」
「お父様が存じているかを私は知りませんが、彼女は王都の学園では『無才のクラリス』と呼ばれていました。伯爵家の令嬢でありながら魔法の才がない。学園においては、そのため周囲から軽んじられ、ほとんど孤立しているようでした」
「……という情報を、きみは実感していたわけではないね」
と、マクシミリアンは、やはり表情を変えずに言う。学園でのソフィーがクラリスと接点をもっていなかったし、興味も持っていなかったということを、知っているのだ。である以上、先のソフィーの発言は伝聞だろう、という意味だ。
頷き、ソフィーは続ける。
「その通りですわ。正直申し上げますと、学園でのクラリス様にはなんの印象もございません。無才である以外には取り立てて目立つ人物でもなかったからです。ごく大人しい、礼儀正しい貴族令嬢。ですが現在の――『グロリアス』の首魁であるクラリス・グローリアは、そのような形容がまるでそぐわない人物です」
「実際にきみが出会い、話をしたクラリス・グローリアか」
「ええ。彼女は――そう、とても面白い人でした。ロイス貴族の思考や規範とはまるで別のなにかを基準にして物事を考えているような……。それがロイス王国の規範と異なっている以上、知られてしまえば少なからず反発を招くでしょうが、グロリアスの製品を見て判るように、非常に革新的で、魅力的です」
「と、きみは評価しているということだね。関係性を持てた、内側に入り込めたのは判ったが、ソフィーはクラリス嬢と仲良くなれたかな?」
この質問は、ちょっと意地悪だと思った。
だって、父はソフィーが特別誰かと親しくなったことがないなんて、それこそ情報として認知しているはずなのだから。
はぁ、と息を吐いてから、ソフィーは苦笑を見せる。
「それは、これからの課題のひとつですわ」
「イルリウスの甥とは、接触できたのだね?」
せっかくみせた苦笑にまるで頓着しないマクシミリアンである。苦手だと思ったことはないが、強いて親しみを覚えたこともない。尊敬はしているし、評価をするのであれば限りなく満点に近い人物ではあるのだが。
「ヴィクター様とも接触はできましたわ。関係としては、まずまずといったところでしょうか。お父様の後押しがあれば婚約――いえ、結婚まで持って行けるように思います。その後はイルリウス侯爵家での立ち回りとなりますが、お父様は、私との約束は覚えておいでですの?」
「ヴィクター・イルリウスとの婚約を取りつけられたのなら、ソフィーの行動の自由をイルリウスに対して交渉する」
「では、そのつもりでいてくだされば幸いですわ」
「ヴィクターと結婚するつもりかい? 彼と会って、きみはどう感じた?」
「どう……と言われましても……そうですわね、なかなか面白い男性ではないでしょうか。そこいらの貴族の男子よりは歯応えがありますし、ある局面においては私よりもおそらくは優秀かと思います」
「なるほど。では、そのつもりでいるとしよう」
娘の婚約に関してですら表情を変えない父親だが、慣れているので特に心は動かない。こう見えて家族想いではあるので、不幸に向かっているとマクシミリアンが感じたのなら、どうあってもそちらへ向かう道を遮断してくるだろう。
現状そうなっていないということは、父から見てソフィアーネ・カリストは不幸に向かって進んでいるわけではないということだ。それはなんというか、百の言葉を尽くされるより、ソフィーを安心させてくれる態度である。
貴族の子女としては結婚適齢期であるソフィーだが、やはりマクシミリアンの娘なのだな、と――こういうときに、ふと感じてしまう。
この男の能力に対する信頼は、赤ん坊の頃から一度とて揺らいだことがない。
はたしてクラリス・グローリアと対面したなら、マクシミリアンはなにをどう思い、考え、どのように対応するのか……ソフィーには見当もつかないが。
と、胸の中で奇妙な家族愛について考えていると、マクシミリアンは注意して見ないと気づけないほど小さく首を傾げて、言った。
「ところでソフィー。コラード・ランザム子爵が『グロリアス』を相手になにやら画策しているとの情報を得た。ランザム子爵家は、レガリア公爵家の派閥だ。そちらの意向であるか、個人としての企みかは判らないが、気に留めておきなさい」
「……ええ、承知しましたわ、お父様。ありがとう存じます」
安心は一瞬だったが、まあ仕方がない。
そもそもソフィーは安心が欲しいわけではないのだから。
感想いただけると嬉しいです。
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双剣無頼 ~現代ダンジョンで雑魚狩りしてた底辺掃除屋、神話級の剣を手に入れてしまう。しかも二本~
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クラリスとは違ったタイプの、変な主人公の話です。
向こうから来た人がいましたら、ここまで読んでくれて、あざます!
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