200話「成果と変化_03」
「ふぉおおぉぉぉぉぉおお!」
急に叫び出した執事に驚いたのは、私クラリス・お誘い・グローリアだけではなく、私に誘われたソフィーネ・カリストも同様だった。
そりゃあ、自分の背後に立っている執事が急に叫び出したら誰だってびっくりするだろうが、このお嬢様が本当に驚いているようだったので、エリ……エレクトリカル……なんだったか忘れたが、執事が叫びだしたのは予想外だったのだろう。
私の背後に控えているユーノスとカイラインは、私からは見えないがたぶんやや警戒して身構えている。そういう雰囲気があった。
ソフィーが驚いているのと同様、ソフィーを挟んで執事の反対側に立っていた錬金術師のアコ・アクライトも普通に驚いている。
「おおおおぉぉぉ――……はぁ、ふぅ……ぬおおおおお!」
わざわざ一呼吸挟んでからまた叫び直した執事は、ぱっとその場から飛び退き、両手を合わせて天を仰ぐようにして、流れるような速さで床に両膝を突き、両手を合わせたまますごい勢いで額を床に叩きつけた。
「お嬢様! ソフィアーネお嬢様! このエリオット・グレイ! お嬢様の決断に感服致しました! 今か今かと待ち続け、ともすれば決断に至らないのではと心配すらしておりましたが、やはりお嬢様はお嬢様だった! ソフィアーネお嬢様を疑ってしまった不肖の執事を、どうかお許しいただきたい!」
ガンガンガンガン!
床に額を叩きつけながら叫ぶものだから、ちょっと離れた位置でことの成り行きを眺めていたキリナがドン引きして青い顔になっている。
いや、もちろん私もドン引きだが。
そしてそれは、ソフィーも同様のようだった。
「お……落ち着きなさい、エリオット。なにがどう……一体全体、どういうことなのですか? なにを言っているのか、冷静に説明しなさい」
「もちろんですとも!」
ついでみたいにもう一回だけ床に額を叩きつけてから、執事はすらりと立ち上がった。ちなみロイス王国には正座とか土下座の文化はないので、さっきの執事の奇行がなんだったのかは本人にしか判らない。
なんというか、狂信者っぽい言動だったが……。
「まずは――少々驚かせてしまったようで、申し訳ありません。お嬢様も、アクライト嬢も、そしてクラリス・グローリア様とその従者様方も。キリナさんも、ですね。感激してしまいまして、激情を抑えられませんでした」
控えめに頭を下げる執事だったが、額からはじんわりと血が滲んでいた。
あの勢いで床に叩きつけていたくせになんとも丈夫な額……いや、まあ、確かに額が丈夫である可能性は否めないが、たぶん人族にしては珍しい、魔力を使って白兵戦を行うタイプの使い手なのだろう。
「……激情を。それは何故です?」
自らの執事に問いを投げるソフィーは、律儀なやつだった。
「お嬢様。私からひとつ謝らねばならないことがあります。私はお嬢様の執事でありながら、マクシミリアン様からの指示を受けていました」
「お父様からの?」
「ティアント領都ではロイス王国貴族の価値観に凝り固まったような態度を取れ。そしてソフィアーネがそのような執事を切り捨てないようであれば、おそらく役に立たないから引き上げさせろ――と、そのように指示されました」
「あぁ……だから、ですか」
おまえ使えなかったもんな、みたいな顔をするソフィーである。隣のアコはきょとんとしていたので、そもそも執事に興味がなかったのかも知れない。
「はい。お嬢様からすると『使えない』執事であると、そのように見えていたことでしょう。仰せつかった仕事自体は無論、可能な限り完璧にこなしましたが、私自身の振るまいに関しては、お嬢様から見ると及第点未満だったはずです」
「否定しませんわ。それで?」
「身内だからといってその様な無能を――そう、幼き時分よりお嬢様に仕えた執事であろうが、そのような無能を切り捨てることができなければ、必ず『グロリアス』との軋轢を生み、いずれ破綻するとマクシミリアン様は仰いました」
マクシミリアン……マクシミリアン・カリスト公爵か。
はたして公爵家の当主から、私がどのように見えているのか。どうしても知りたいわけではないが、知っておいて損はない。
執事は恍惚として表情で続ける。
「今日に至るまでの私を、ソフィアーネお嬢様は無言で許し続けました。私の態度になにを言うでもなく、です。実際、仕事そのものはこなしていたから解雇を言い渡す理由は弱かったはずではありますが――」
そんな甘っちょろいことでは困る、ということか。
これは『グロリアス』の実際がどうという話ではなく、マクシミリアンの想定の話なので、ぶっちゃけ「ふぅん」くらいのものだが。
「――しかし、今、まさにたった今! ソフィアーネお嬢様は、この私を切り捨てました! いえ! なにも仰らないでください。お嬢様が心の中でエリオット・グレイを切り捨てたことくらい、私には判るのです。そう、必要なのは私との対話でもなければ態度を矯正するよう指示することでもなく、判断だったのです」
「判断……ですか」
「ええ、ええ! お嬢様は心の中で私を切り捨てた! ここより先を歩くのならばこの執事は邪魔だなと考えた。それが重要なのです。お嬢様は決断ができる人になられました。これまで、このエリオットは不思議でならなかったのです。お嬢様は手の届く範囲のものにしか手を伸ばさなかった。確かにお嬢様は優秀にございますれば、その手が届く範囲は途方もないでしょう。しかし、未知の先へ手を伸ばそうとしたことは――これまで一度もなかった」
ふっ、と悲しげに微笑する執事だった。まあ、わりかしイケメンなので仕草と表情は様になっているのだが、先の狂乱を見た後では、ドン引きレベルにポイントが加算されただけだった。
「ですが、今! お嬢様は未知の先へと手を伸ばされました! 羽ばたこうと決断し、羽ばたくための重りを切り離す判断をなされた! あぁ――やはりお嬢様は素晴らしい! お嬢様! ソフィアーネお嬢様! この無礼な執事に、どうかこれからもお嬢様にお仕えする許可をいただけませんでしょうか!」
ぴゃっ、と素早くソフィーの眼前へ移動し、片膝を突いて右手を伸ばす。あまりにテンションが高いせいで、ソフィーは寒暖差で風邪を引きそうな顔をしているが、執事の言は理解しているようだ。
ソフィーは小さく息を吐いてから、差し伸ばされた手を五秒ほど見つめて、その手を思いっきりぶっ叩いた。
ぱちぃん! なんて大きな音が響く。
たぶん私が叩いたらぺちんくらいの感じなので、ちょっと羨ましかった。このお嬢様は運動神経もいいのだ。
「エリオット。エリオット・グレイ。貴方、この私を見くびるのも大概になさい。確かにお父様の思惑には気づいていませんでしたし、貴方自身をやや無能と思っていたのも事実ですが――無能でないなら結構。以降も私に仕えなさい」
「ははっ! ありがたき幸せにございます!」
またも土下座する執事を眺めながら、そろそろ茶番は終わらせてくれないかなぁ、なんてことを思った。こんなの見せられても、ぶっちゃけ困る。
「いやはや、美しき主従関係ではありませんか」
なんて言った九尾の妖狐の顔が全然笑っていなかったので、マジで茶番だ。もちろんユーノスは無言を通していたし、私としても言うべきことはなにもない。
私も無関係なやつらの前では気をつけよう、と思った。
茶番と思われたらちょっとムカつくだろうし。
◇◇◇
さて。妙な茶番はあったが、この後の動きが重要だ。心の動きも重要ではあるが、じゃあどうすんの、という話になる。
いつだって実際にどうするのか、という点が重要なのだ。
思ったり祈ったりするだけで物事は進展しない。
まずはキモい執事のエリオット・グレイ。
こいつはマクシミリアン公爵と繋がっているらしいので、グロリアスの開拓地には近寄らせない。これについては本人も承知してくれたので話が早かった。まあ、開拓地の情報が漏れることを考えるならソフィーもアコも案内するべきではないが、こいつらは味方……味方側に取り込もうと思ったので、胸襟は開いてやる。
そんなわけでエリオットはティアント領都で『斡旋所』の運営を続けてもらうことにして、ソフィーとアコを、まずは開拓地に案内し、シロちゃんと会わせてやることにする。んで、考えてもらう。
あのでっかい蚕が生み出す糸を、どのように加工するか。
今はコボルトが手編みして絹生地をつくっているが、服飾にも詳しそうなソフィーなら有用な意見が出せるだろうし、錬金術師のアコなら違った角度からの意見も出るだろう。私は全知全能ではないので、人の意見は聞くタイプだ。聞いた上で無視することもあるが。
で、シロちゃんとの邂逅、コボルトたちの仕事を踏まえた上で、ソフィアーネ・カリストの事業計画を傾聴することになる。
糸の加工、絹生地の利用法、どのような製品を生み出すのか。そのためにはどういった施設が必要で、どういう設備投資が必要か。
コボルトたちは、開拓地であれこれ試行錯誤をするのが楽しそうだった。
グロリアスの魔人種たちも開拓地を広げていくことや整備することを楽しんでいたし、グロリアスの発展を楽しんでいる。他の獣人たちも、前に進む楽しさを知り、十分に楽しんでいるようだ。二年前に金を造ってから、猪獣人のゾンダ・パウガなんかは仲間や部下に飯だの酒だのを奢るのを楽しんでいるし、キリナやカタリナなんかは美味しいお菓子と茶を出す店に行っているようだ。
ユーノスは……どうだろう。
こいつが個人的な楽しみを満喫しているところなんて見たことがないが、それを当人に訊けば「おまえといる以上に楽しいことがあるか?」なんて言い返されたことがある。クラリス・アトラクション・グローリアといったところか。
まあ、好きにすりゃいい。
好きにするのを許す余裕は確保してある。
おまえが頑張ってくれないと困る――なんてのは、嫌だ。
頑張りたいやつが頑張りたいときに頑張る――そっちの方が、ずっといい。
◇◇◇
なにはともあれ、ソフィーとアコを開拓地へご案内。
のために、ティアント領都から魔境の森を越えて砦の街へ。
今となってはもう街と評した方がいいような規模の場所になっており、学舎もあれば孤児院もあり、商業区域もあるし、宿泊施設もある。出店で串焼きも買えたりするし、飯屋もある。
「ちなみに森からこっちはグロリアスの領域だから、知ってると思うがロイスの通貨は使えない。こっちに来る際は必ずティアント領都でグロリアス通貨との両替を済ませて、ティアント男爵家からの許可をもらって来ることになる。ある程度は自由に行き来できるようにしてあるが、明らかに怪しい連中は弾かれるわけだ」
「……となると、むしろ砦の街に入ってなおなにかをする者は、身元の保証を請け負った何者かの差し金である可能性が高い、ということになりますわね」
ガイドっぽいことを言ってみると、ソフィーがきっちりとした考察を返してくれたので、やっぱり頭がいいのだろう。あれこれ裏を読むのに慣れているだけかも知れないが、もしかするとグロリアスの現状については私よりソフィーの方が正確に把握しているかも知れない。
「まあそういうやつらもいたが、そもそもティアント男爵家で抑えられない連中に関しては流して通してやれとも言ってる」
揉めるのは『グロリアス』とであって、ティアントとではない。
そしてティアント領にはヴィクター・イルリウスがいるので、明確に揉め事を起こすとなると、レオポルドを敵に回す覚悟が必要になる、というわけだ。
こそこそした陰謀や画策なんかは鼠みたいに這い回っているものの、現在のティアント領やグロリアスは、ロイス王国とは小康状態を保っている。
いずれ、あの『放蕩王子』なんかが気を取り直してリトライしに来るかも知れないが、それをさせないためにソフィアーネ・カリストを取り込むわけだ。
こちらのそういう狙いは、もちろんソフィーにはお見通しだろう。
委細承知というよりは、大枠について。
その日は砦で一泊し、アコ・アクライトが獣人たちと物珍しそうに会話を楽しんでいたのが印象的だった。獣人に対する偏見がないというか、そもそも他者への偏見がないのだろう。これは大貴族であってもあまり敬わないという意味なので、ロイス王国の貴族子女としては生きにくかったに違いない。
そんな彼女をソフィーが拾ったということは、有能なのだ。
私としてはアコの性格は、結構好きな方だ。彼女は砦で出会った誰に対しても物怖じしなかったが、それはおそらく、誰であろうが敵わないからだ。そのへんの野盗であろうが、獅子獣人のラプス・クルーガであろうが、あるいはユーノスなんかの魔人種であろうが、はたまたコボルトであろうが、アコにとっては同じこと。
そういう意味では私に感性が近い。
……いや、まあ、私は死なないのだけど。
「クラリス嬢は凄いなぁ。みんなが貴女に敬意を持っている。ボクは人から敬意を持たれたことがないから、どんな気分かは判らないけど、凄いと思うよ」
うんうん、と一人で頷くアコの態度に卑屈さはない。
「私はアコに敬意を抱いていますのに」
ちょっと拗ねたふうに言うソフィーはさすがに可愛かった。
ともあれ、この二人が『グロリアス』向きの性格であるのは、獣人たちにも伝わったようで、砦では概ね好意的に見られているようだった。こちらの連中が人族に慣れたのもあるだろうが、そうでなかったとしても、たぶんソフィーとアコなら大丈夫だったのではないだろうか。
そもそもソフィアーネは、たぶん基本的に他者へ期待していない。獣人であろうが人族であろうが。その意味で、わざわざ獣人を見下す価値観を持っていない。
アコの方は前述通り、価値観そのものがロイス王国民のそれとはズレている。はたしてなにが彼女をそうさせたのかは気になるところではあるが、いずれ訊くこともあるかも知れないし、訊かないままかも知れない。私以外の誰かが訊くこともきっとあるだろう。なにもかもを知りたいわけじゃないので、それでいい。
砦に一泊した後は北上して、魔境の開拓地へ。
シロちゃんの住処では孤児が数人遊んでいて、おまけに変態の女魔人種が魔力を吸われて気持ちよくなっていた。
〈やあ、クラリス。また新しい人族?〉
と、シロちゃんが言って、ソフィーとアコを見て小さく首を傾げる。
なんともカオスな光景で、思わず笑ってしまった。
そう――これが私たちなのだ。
これが、私たちの誇る『栄光』だ。
感想いただけると嬉しいです。
カクヨムさんで新連載を始めたので、宣伝です。
双剣無頼 ~現代ダンジョンで雑魚狩りしてた底辺掃除屋、神話級の剣を手に入れてしまう。しかも二本~
https://kakuyomu.jp/works/7667601420162999739
現代ダンジョン、ダンジョン配信ものです。よかったら読んでみてください。
クラリスとは違ったタイプの、変な主人公の話です。
向こうから来た人がいましたら、ここまで読んでくれて、あざます!
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