002話「火刑_02」
さて。
私、クラリス・グローリアが如何にして火刑に処されることになったのか。
ぶっとい丸太を十字に交差させたものを大地に突き立て、そこに鉄の鎖で私を括りつけ、足元にはたっぷりの燃え種をばら撒いて、火を着ける。
というのはプロセスの問題だが、実際やられてみると酷いものだった。
最初は少し煙たくて、ちょっと熱い。
しかしすぐに冗談では済まないレベルの火勢になり、足元から自分の肉が焼けていくのが判った。衣服にも引火し、ほどなくして文字通りの火だるまだ。
なのにどういうわけか、私は前世の記憶を取り戻し、こうして過去を回想している。自分の肉が焼ける音を聞きながら。
――まあ、ともかく。
ミゼッタという魔法の才に溢れた少女と、私の婚約者であるエックハルト・ミュラーが出会ったところまでは話したか。
詳しいところはよく知らないが、ミゼッタは農家の娘でありながら村の癒し手として活躍していたところをミュラー家の人間に見つけられたそうだ。
癒し手というのは、おそらく村医の助手だかなんだかをやっている最中、持ち前の才能で無理矢理に回復魔法を発現させたりしたのだろう。
まさに『異常な才』だ。
回復系の魔法は、魔法の中でも圧倒的に難しいのである。それを誰の教えもなく才能だけでやってのけるとなれば、泥中の宝石どころの騒ぎではない。
で、ミュラーの家に招待されたミゼッタは、そこでエックハルトと出会い、エックハルトは彼女を見初めてしまったというわけだ。
私、クラリス・キュートで仕方がない・グローリアよりも、ミゼッタを選んだ……そのことについては、別にそれほどショックでもない。
衝撃というなら、ミュラー家がグローリア家よりもミゼッタを選んだことだろう。つまり、私とエックハルトの婚約をどうにかしてしまえとミュラー家は判断したのだ。仲が良かったはずの隣領を裏切るほどにミゼッタが魅力的だったのか、あるいは別のなにかがあったのか……。
ミュラー家の言い分はこうだ。
「グローリア家の次女クラリスは、実はグローリア家の血を引いていない。これはミュラー家に対する裏切りのみならず、ロイス王国貴族としての重大な犯罪行為である。よってミュラー伯爵家は公式にグローリア家を告発する」
これに対する我がグローリア家の回答は、こう。
「当家としても今回の告発は青天の霹靂である。クラリスがグローリアの血を引いていないのであれば、彼女は当家の人間ではない。エックハルト殿との婚約は解消し、彼女の身柄は引き渡そう」
これはつまり、我がグローリア家はイモを引かされたわけだ。
全面的にミュラー家と対立するよりも、私を引き渡して今回のことはなかったことにし、この件については後々ミュラー家への貸しにしてしまえ、という政治的な判断をした……そういう感じである。
これには私もびっくりした。
無才ではあったが、私はそれでもグレることなく真面目に生きてきたのだ。エックハルトに対しても、愛こそなかったがそれなりの情は感じていた。
それなのに……なんだか、簡単な足し算の解答みたいな結果として、火炙りにされることが決定してしまった。
私は暴れることすらできなかった。
なにしろ美しくはあるが発育不良気味の少女であるし、魔法の才はなく、戦力としてのクラリスはそこらの農民一人分にも劣るほどだ。
身柄の引き渡しが決まったあとは、あっさり拘束され、地下牢に押し込められて三日過ごし、丸太の十字に貼り付けられ、王国直属の裁判官がやって来て判決を言い渡したと思えば火を掛けられていた。
そして私は前世の記憶を取り戻したのだ。
アラフォーのおっさんだった『私』の記憶を。
◇ ◇ ◇
私としては、こう思う。
ひとつ、父の判断は情こそ薄いが妥当でもあったのだろう。
ひとつ、前世の私については、振り返るほどの価値がない。
ひとつ、……それにしたって私、なかなか死なないぞ。
そう――今まさに火で炙られているのだ。
結構な火勢で、服なんかもう燃え尽きている。
さっきまでは肉の焦げる音と臭いがしていたのに、今は炎のど真ん中にいるせいか、息苦しさこそ感じるものの、臭いといえば焦げ臭さだけ。それも木が燃えたときの臭いであって、タンパク質が焼けるあれではない。
眼に映るのは、火刑を見物しに来た野次馬たち。
二百人くらいいるだろうか? 誰もが『ニセモノの貴族令嬢』に注目しているわけではなく、世間話をしているおばさんなんかも見える。よくまあ人間が焼かれているのを眺めながらいつもの調子で世間話なんかできるものだ。
最前列の方ではさすがに私の様子を訝っている者もいた――なにしろ、炎に巻かれながらちっとも焼けないのだから――が、だからといってそれを誰かに報告する者はいない。
人垣の奧には、ミュラー家の面々が見えた。グローリア家の人間はいない。私とは無関係だと主張した以上、この火刑を見物しに来るわけにもいくまい。
火に掛けられる直前――『私』を取り戻す直前の私は、ただ怖がっていた。
畏れていたし、恐れていた。
死ぬのは怖いし、焼かれるのは嫌だし、こんな理不尽をただ処理していく人々がおぞましい。別に悪いことをしたわけでもないクラリス・グローリアを、損得だけで殺してしまおうという判断が、ただ忌まわしかった。
私としては、こう思う。
――私は、もっともっと怒るべきだったのだ。