197話「斡旋と活用_04」
私、クラリス・グローリアは子供がちょっと苦手だ。
嫌いなのではない。憎んでもいない。本当に、ちょっと苦手なだけだ。これは別にフリというやつではなく、なんというか、未成熟な自我を抱えた一個人と相対するのに、私はあまり向いていないのだ……と、思う。
怖いじゃん。
大人に悪影響を与えたのなら、そりゃあ自己責任だろと言い放てる。しかし子供に悪影響を与えたら、そりゃあこっちの責任だ。
こっちの責任で子供の人格形成に影響を与えて、私の影響を受けた自我が確立するだなんて、やっぱりちょっと恐ろしいことだ。
それが大人の責任だろと言われればそれまでだが、怖いなと思ってしまうこの感覚自体は事実なのだから仕方ないではないか。
だっていうのに、この二年でグロリアスが掻き集めた人族の子供の数は、まあそれなりのものになっていた。カティアの孤児院を含めれば都合五つの孤児院を解体させ、その人員をまるごと吸収した形になる。他にもストリートチルドレンみたいなやつらを保護したりしてるので、実数はもうちょっと増えるか。
三歳児もいれば、十五歳くらいの少年もいた。それなりに大きいやつらは、たとえばティアント領都で結成した『警備隊』の下働きをやらせたり、あるいはグロリアスで手がけている建設事業での手元作業員をやらせたり、はたまたグロリアスにおける孤児院の運営を手伝わせたりした。
で、小さな子供たちはといえば、満足に飯を食わせてやり、安全で安心な寝床を提供し、ナナやカティアのような孤児のケアに慣れた人員をあてがい、余裕や意欲のある者には軽作業を任せ、可能な限り『勉強』をさせた。
文字の先生であるカティアの教え、新たに雇った教師による教育……は、まだちょっと早いやつが大半だったが、一部の孤児は教育を受ける水準にいた。
人材は、宝である。
……とかいう経営理論をどっかで聞いたことがあるが、そんなもんは言い方の違いであり、もっと単純に言えば『マンパワー』だ。数は力だし、数を揃えれば特化するやつも出てくる。これまでのグロリアスは人材的に恵まれすぎていただけの話であり、普通に考えれば数を揃えりゃクズもいるのだ。
まあ、今のところ、目立ったクズは出てきていないが。
あるいは――私の目に留まる前に、人知れず排除されているのかも知れないが、そういうシステムが出来上がっているのであれば、私からああだこうだ言うような話でもない。別に、私が指示したわけじゃないし。
みんな好き勝手やりゃいいのだ。
許される範囲内で。
◇◇◇
さておき。
苦手な子供たちを五人集めて魔境の開拓地に移動したのだが、やはり子供というものは度し難い。人というものがそもそも度し難いのでやむなしであるが、私としては子供たちの面倒を見るつもりなんてさらさらなかったので、道中では同行したカタリナや連れて来たカルローザに子供たちを押しつけてやった。
ちなみに子供から見るとカタリナはちょっと怖くて、カルローザはナメてもいい感じらしいので、カルローザの方が人気だった。
「こここ、こら、あた、あたしの髪の毛を引っ張らないでくださいよぅ!」
「あははは! カル姉ちゃん、よわーい! ざーこざーこ!」
ちょっとやんちゃなメスガキがそんなことを言って、カタリナに頭を叩かれて泣いてたりしたが、私はガン無視した。
無論、というべきか――クソガキの中には私に絡んでくるようなやつもいたが、私に対する無礼をカタリナは全く許さなかった。カルローザに対する無礼とは天と地ほども扱いが違った。私もちょっと怖かったくらいだ。
「あなたたち。あなたたちがこうして笑っていられるのも、毎日満足に食べられるのも、安心して眠れるのも、クラリス様のおかげなのよ。元の生活に戻りたいっていうのなら、すぐに戻してあげるわ」
温度を感じさせない完全な真顔で言うものだから、どんなに幼い子供でも「あっ、これは本当にマジなやつだ」と理解したようで、以降は私に悪戯をするやつはいなくなった。そのかわりというか、八歳くらいの、今回の派遣においては最も幼い女の子が私の隣にちょこんと座って、クラリス様、クラリス様、と慕ってくるようになってしまった。どうやら感謝を伝えたかったようだ。
ぶっちゃけ、微妙な気分だ。
私はクラリス・アフロディーテ・グローリアではないので、溢れ出る愛情が故に孤児たちを助けたわけじゃない。余ってる人的資源で、彼ら彼女らを持って行っても犯罪組織以外の誰も困らなかったから掻き集めただけだ。
それが嬉しいと言われてしまえば、そうなんだぁ、と頷く以外ないのだが。
やはり過剰に崇められるのは、ちょっとむず痒いものがあった。
まあ、それはともかく――でっかい蚕のシロちゃん、だ。
コボルトのイオタ・ポロに指示をしてシロちゃんの住処造りと絹糸の作成を任せていたのだが、大して時間も経っていないのにどちらも形になっていた。
絹糸の方はいったん置いておくとして、まず、住居。
開拓地のちょっと外れた場所――未開拓領域との境界あたりに、なんというか、割とがっちりした柵で囲まれた小さな植物園みたいな場所が出来ていて、そこの木の枝にシロちゃんは留まっていた。
〈久しぶりですね、クラリス。それと、人族の子供たちですか?〉
触角をちょこんと揺らしながらシロちゃんが言って、子供たちがぎゃーぎゃー騒ぎだし、カタリナがそれを鎮めるのに五秒しかかからなかった。
すっかり『怖いお姉さん』になってしまったが、しかし子供に対する面倒見のよさはマイアとはあまり似ていないなぁ、なんてことを思った。
あの槍使いの魔人種は、そういうところ、割とフリーダムだ。子供が騒いでいたらさっさと離れるんじゃないだろうか。
「やあやあ、久しぶりになってしまって悪かったな。私も私で忙しかった。イオタたちがつくった住処の具合はどうだ?」
〈とても過ごしやすい環境です。実験的に、捕らえた魔獣を拘束してワタシの餌として与えてくれましたが、食事としては以前の狐獣人の妖術が美味しかったような気がします。あれは、とても濃厚でした〉
ふるふると羽根が動き、顔がちょっとだけ斜めになった。
とっておきの妖術を喰われたナントカラインとしてはどんな気分なんだろう、と思ったが、当人は現在、キリナをストーキング中のはずだ。
「そうか。ところで人族の子供たちについてだが――ほら、おまえたち、並べ並べ。お互いに自己紹介だ。このでっかい虫は、でっかい蚕のシロちゃんだぞ」
〈シロです。子供たちの名を、教えてくれますか?〉
というシロに、子供たちはきちんと並んで順番に自己紹介をした。カタリナの薫陶というよりは、カティアやナナたちがきちんと教えているのだろう。
〈それで、クラリス? この子たちをワタシのところに連れて来たのは……?〉
「ああ、シロちゃんにこいつらを喰ってもらおうと思ってな」
〈……え?〉
でっかい蚕はフリーズした。
ついでにきちんと並んだ子供たちも。
カタリナだけはくすくす笑っていたので、慣れの問題なのだろう。
◇◇◇
もう随分と懐かしい――いや、別に懐かしむようなやつらではないのだが――かつて私を五百回も殺しまくった双子の魔術師。
ローラ・ギレットと、トレーノ・ギレット。
ギレット姉弟。人呼んで『異才のギレット』。
あのぴーちくぱーちく輪唱する双子の魔術論を、私は五百回殺される間にも延々聞き続けており、自分ではろくに魔法も使えないくせして、おそらくはロイス王国でも希有な魔法論を受講したわけだが、中でも面白い考察があった。
貴族だから魔法が使えるというのは、半分は幻想ではないか――という話だ。
これはロイス王国の貴族的価値観を根底から覆す言説だが、ギレット姉弟にとって貴族であることの特権など路傍の小石ほどの価値もなかったのだろう。だから平気でそういう考察もできた。そのあたりの思考の柔軟さは、たぶん私よりもレオポルド・イルリウスの方が評価していたはずだ。
ギレット姉弟によると、そもそも本当に貴族の血脈という概念が有効であるならば『無才のクラリス』なんて生まれるわけがないじゃないか、とのこと。まあこれは極論ではあるが、論としては一定の強度がありそうだ。
そしてこの論を逆に振るならば、本当に貴族の血脈なんて概念が有効であるならば『癒やしの聖女』は一体なんなんだ。いや、待てよ。そもそも貴族というものが最初はなんだったのか、という話になる。国が興る以前、貴き血を持つものは、貴族なんて呼ばれていなかったはずではないか。
結論。貴族でなくても魔法は使えるし、貴族と貴族の子供だから魔法の才が強くなるわけではない。
反論。じゃあどうして王族はあんなにも強大な魔力を有しているのか。
で、推論に至る。
強力な魔法使い同士をかけ合わせることで、より強力な魔法使いが生まれる可能性が高まる。しかし魔法使いでない親から生まれた子であっても、強力な魔法使いが生まれる可能性は有している。
そういう意味で、ロイス王国の貴族はサラブレッドみたいなものだ。
走る良血馬がいれば、走らない良血馬もいる。さほど期待されていなかった馬が重賞を何度も獲ったりもする。
では、貴族の子供たちと市井や農村の子供たちの違いはなにか。
考えるまでもない。実際に魔法に触れられるか否か、という話になる。たとえばレガロのおっさん――『爆圧』の魔術師は、たまたま村に来た魔術師がレガロに魔法の才を見出したというが、その魔術師が訪れなければ、レガロはたぶん農村の子供のまま育ち、農民として生きたはずだ。あるいは街に出てなんらかの職についたかも知れないが、そこの考察はどうでもいい。
ようは魔法に――実際的な魔力に触れるかどうか、という話なのだ。
魔法の才があったとて、己の内側に存在する魔力について知覚していなければ、そんなものはないのと同じだ。そして実際のところ、この世界の全てのモノには魔力が内在している。そこらの小石にでさえ、わずかな魔力があるという。ギレット姉弟に言わせるなら「でなければ土を操ることなどできないわ」「水を操ることも」「風の刃を生み出すことも……」とかなんとか言って私の胴体が四分割されたわけだが、それもまあ、割愛する。分割だけに。
そんなわけで、シロちゃんには子供たちの魔力を喰ってもらった。
アクィアスのアールヴたちが管理していたシロちゃんの森が死んでいたことを考えるまでもなく、生物から魔力が失われすぎると、たぶん死ぬ。魔術師が魔力枯渇によって昏倒するのはそういう理由だ。
なので死なない程度に魔力を喰ってもらい、子供たちは『魔力が失われた』ことを実感する。つまり、我が身に内在していた魔力を知覚することになる。
ついでにカルローザの魔力もがっつり喰ってもらった。
〈あっ、これは美味しいですね。狐獣人のそれとは違いますが、とても質のいい魔力です。繊細で、ほのかに甘い。ええ、とても美味しい〉
上機嫌にぱたぱたと羽根を震わせるシロちゃん。
カルローザの方は一気に魔力を喰われたせいで顔面蒼白になっていたが、何故か「ぐへへ」とニヤついていて、結構キモかった。
◇◇◇
実験結果。
五人連れて来た子供のうち一人が、火魔法を使えるようになった。
なんでいきなり使えるようになるのかは、さっぱり判らなかったが――もしかすると、誰かが火魔法を使うところを見ていたのかも知れないし、単に才能があったのかも知れない。その子は例の、私にひっついてきた一番小さな子だった。
「クラリス様、クラリス様。これでわたしも、クラリス様のお役に立てますか?」
きらきらした眼差しを向けられてしまったので、クラリス・人体実験推奨委員会長・グローリアとしては、ちょっぴりばつが悪かった。
「ああ、もちろんだ。期待しているぞ」
なんて言ってしまう私は、やはり汚い大人なのである。
別に残念ではないが。
感想いただけると嬉しいです。
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向こうから来た人がいましたら、ここまで読んでくれて、あざます!
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