019話「豚と犬と_03」
おおよそ二日ほど、我々は移動を続けた。
ユーノスら魔族の面々は文字通りに全員がついて来ようとしたのだが、せっかく魔境を開拓したのに放置してしまうのはもったいないし、ドワーフのドゥビルとの契約もあったので、数人は残した。
逆に言えば、十人の魔族が同行したということだ。
そのうち一人はまだ十一歳のカタリナだったりするが、それにしても魔人種を十人。ロイス王国のエスカード辺境領では、三十人程度の魔族を迎え撃つのに五百以上の戦力を注ぎ込んだのだ。狼族の戦力は未知数だが、おそらく「まるで話にならない」ということには、たぶんならない。
ひょっとすると楽勝かも、くらいに私は思っていた。
魔境の開拓地から川を越え、セレナの小屋から森を抜けると、視界一杯に地平線が広がっていた。何処までも続く平原である。
話によればモンテゴの村――スーティン村は、ちょっとした丘陵を越えた位置にあるという。身を隠す手段はないが、狼族がしっかり見張りを立てていなければ、ある程度近づくまでは気付かれまい。
ちなみにというか、移動はモンテゴの肩に乗った。
なにしろ私の歩く速度は十一歳のカタリナよりも遅いのだ。図体のでかいオークの肩は、なかなか座り心地がよかった。
「それにしても、オークというのは農耕民族なのか?」
道中はそれなりに退屈だったので、気になっていたことを聞いてみた。なにしろオークといえば女騎士や姫騎士を孕ませる畜生と相場が決まっている。
なのに、モンテゴときたら腰は低く、口調は純朴な田舎者で、私を肩に乗せても「クラリス様はほんとに軽いべなぁ」などと言うだけで、私のプリティなヒップと自分の肩が触れていることには全く頓着しなかった。
「おでらの村は、そうだべな。昔はオークにもいろいろあって、まんず乱暴者の集まりもいたみてぇだども……弱肉休職っつーんだべ、他にも強ぇ獣人族はいっぱいいるからよ。乱暴者のオークはいなくなっちまったみてぇだな」
「弱肉強食だな。そして自然淘汰だ」
「んだべ。クラリス様は賢いんだなぁ」
心の底から感心した、とばかりにモンテゴは頷く。
私は頭髪のないオークの頭を無意味にぺちぺちと叩きながら、続けた。
「ところでどうして私に『様』をつける? 言っておくが、私はセレナを助けるつもりはあるが、おまえたちを上手に助けられるかどうかは判らないぞ」
「んだども、クラリス様に頼らねば、どうにもなんねぇべ。それにクラリス様は、クラリス様って感じがするど。偉い人なんだべ」
「別に私は偉くない。とても可愛らしいだけだ」
「うへへ。クラリス様は面白いんだなぁ」
邪気のない笑い方をするモンテゴに、それこそ私は邪気を抜かれてしまう。
農耕民族で、平和主義で、無邪気なオーク。
もしもスーティン村の連中がみんなモンテゴのような性格をしているなら――それは随分と平和な場所なのだろう。
「モンテゴ、おまえのことが私はなかなか気に入ったぞ」
と、私は言った。
豚の獣人は、照れくさそうに「うへへ」と笑った。
◇ ◇ ◇
さて、一回だけ野営を挟んで歩き続け――まあ、私は歩いていないが――ごくあっさりとスーティン村に辿り着いた。
事前に教えてもらっていた通り、村の直前はちょっとした丘陵になっており、丘の上から村を一望できるようになっている。見ればかなり広大な耕作を行っているようで、丘の麓に見える集落よりも、小麦畑の方が百倍以上面積が大きい。
他にも丘から見えるのは、村の奥側に広がっている森と、川だ。位置関係を考えると、たぶん魔境と獣人の領域を隔てているあの川から枝分かれした支流というやつではないか。それほど大きな川ではないが、ずっと遠くまで流れている。
村の建物は全て木造のようで、躯体は大きいが簡素なつくりのようだ。家と言うよりはむしろ物置、みたいな建物が多い。その中で異彩を放っているのが、集落の中心にある巨大な平屋だ。
「集会場だべ。あそこにみんな、押し込められてんだ。中と外に見張りがいて、身動きもできねぇんだ。たまにセレナさんが村長の家に連れてかれて、なんか話をしてたみたいだども……大丈夫だべか」
狼族を妖術で騙し、モンテゴを逃がしてから……およそ四日。
「さて、どうかな。生きてるにしろ、死んでるにしろ、狼族の慰み者になっているにしろ、状況は実際確認してみなけりゃ判らん」
「集会場には狼族の見張りが立っているな。二人だ。他には――その村長の家だろうな、そこに見張りが一人。集落の端に穀物庫が見えるが、そこには誰もいないな。小麦畑の方にはオーク族も狼族も見当たらない。どうする、クラリス。もう少し観察してみるか?」
目を細めて村を眺めながら、ユーノスが言う。
「決まってるだろ。私が一人で行く。で、連中を見極めてやろう。万が一にも平和裏に話が終われば、普通に歩いて戻って来る。そうでなければ、なにか派手な合図を出す。そしたら突っ込んで来い。どっかの家屋が燃えたり爆発したりしたら、狼族は皆殺しにしていいぞ」
「一人くらい残しておくか?」
「うーん……まあ、そうだな。私が相手をしてるやつがいたら、率先して無力化してくれ。あとは臨機応変。それでいいか?」
「ああ、判った。合図は派手に頼む」
「うふふ――セレナが生きてたら、そうしてもらおう」
なにしろ私の魔法では派手な合図など出せないのだから、仕方ない。
妖術をぶっ放してもらえば、なにより判りやすい合図になるはずだ。
「ク……クラリス様が、一人で……行くんだべか? 大丈夫け? あいつら、おでらの仲間だって簡単に殺しちまうんだど」
「問題ない」
困惑するモンテゴに一言だけ答え、私はのんびりと歩き始めた。
さて、狼族とやらは、どんな連中なのか……。
できることなら、愉快なやつらであって欲しいものだ。
全く期待はしていないが。
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