018話「豚と犬と_02」
狐人であるセレナの見た目は、六本もあるふさふさの尻尾と頭に生えた耳が特徴的ではあるが、基本的には人族とあまり変わらなかった。なんというか、前世ではこういうコスプレを見たことがあるなぁ、くらいの感想だ。
しかし豚の獣人、オーク族を初めて見たときは、それはそれは驚いた。
なにせ本当に豚のような顔をした、身長三メートルくらいの獣人なのだ。
肌は豚と同じような薄桃色で、豚と同じように全身を短い体毛で覆われている。でっぷりと腹が突き出しており、衣服といえば腰蓑が一枚きりで、私の胴体よりも手足が太い。一発ぶん殴られたら、私のような可憐な少女なんてぐちゃりと潰れてしまうだろう。
まあ、それはさておきだ。
◇ ◇ ◇
その日は、朝からカタリナの相手をしていた。
私専用に建ててもらった小屋にやって来て「剣を学びたい、自分もクラリス様の役に立ちたい」などと言うものだから、思わず朝っぱらからユーノスを呼びつけて剣の稽古をさせてみた。
カタリナは、話を聞けば見た目の通り、まだ十一歳とのこと。どうやら魔人種というのは二十歳前後の肉体を維持する時間が長い種族らしい。どこぞの戦闘民族のようだが、実際、戦闘民族としての側面は強いのだろう。
これまでカタリナは家事の手伝いなんかは積極的にやっていたそうだ――道中で狩った動物の皮剥なんかもやっていたくらいだ――が、戦闘術の方は習っていなかったそうだ。ごく単純に、「まだ早い」から。
「でも、今はそんなことを言っていられる状況じゃないと思います。早ければ早いほど、いい。クラリス様の足手まといにはなりたくないんです」
胸の前で両手をぎゅっと握り締めてカタリナはそんなことを言った。
まったく、なんて意地らしい娘だろうか。付け加えるなら、なんてバカな子供なのだろうか、とも思った。しかし私は、この手のバカは嫌いではない。
そんなわけでユーノス先生の出番である。
なにしろ私は可憐なだけの少女であり、剣も魔法もろくに使えないのだ。
ユーノス大先生の教えは比較的単純で、まずは魔力を使えるようになること。より正確に表現するのであれば、意識的に魔力を扱えるようになること。
魔人種という連中は、無意識に動作に魔力を乗せているようなバケモノだ。魔境を歩いていたときにも感じたが、彼らは全く疲れることのないクラリス・グローリアよりも移動のペースが早いのである。
で、やらせてみれば、カタリナの才能はなかなかのものだった。
「俺がおまえくらいの年齢のときは、もっと無様だったぞ」
とは、ユーノスの言。
見た目はそれなりのイケメンだというのに、褒め言葉が絶妙に下手だった。
ので、私が盛大に褒めておいた。ちょっと褒めるだけでキラキラした瞳で見てくれるのだから、簡単なものだ。ちょろい。
とかなんとか、そんなことをやっているときだ。
「ちょっといいか。オークが来ているのだが……クラリス殿を呼んでいる」
斧使いのガイノスが現れ、そんなことを言い出した。
元々が仏頂面で、長身のユーノスよりさらに上背のある男なので、普通にしていても威圧感のある男だが、このときは加えて緊迫感もあった。
「オーク?」
と、私は首を傾げた。
なんといってもクラリス・グローリアはロイス王国に暮らす貴族令嬢でしかなくて、獣人の事情になど詳しくないのだ。よってクラリスの記憶には『オーク』という単語から連想できる何物も存在しなかった。
しかし『私』の記憶によれば、オークとは女騎士や姫騎士を手込めにしてしまうファンタジー作品の敵キャラクターであるという謎の知識があった。
であれば、まさかこんな場所にオークが攻め込んできた?
有り得ない。
まず、この魔境の開拓地に魔族と私が暮らし始めたことを知っているのは妖狐セレナと、彼女が育てているキリナ、そしてドワーフの鍛冶士ドゥビル・ガノンだけだ。セレナもドゥビルも外部と交流していないので、我々の所在がバレる要素がない。なので、軍勢を用意してここを攻めてくるやつらはいない。
ということは――どういうことか?
そんなものは、会ってみれば判ることだ。
で。
実際会ってみれば、あらびっくり。
身長三メートルくらいはある豚面の獣人が一人、申し訳なさそうな表情で腰を低くしていたのだ。いろんな意味で驚いてしまった。
「やあやあ初めまして。私を呼んでいるという話だったな。私がクラリス・グローリアだぞ。でっかいおまえさんは、どちら様だ?」
「あ……う、あのぅ、おではモンテゴといいます。スーティンっつうオークの村に住んでて……セレナさんが、クラリスさんに助けてくれろって……あんたがクラリスさんだべか? えらいかわいらしい娘っ子だべな」
「そうだな。私はとても可愛らしいぞ。でもとりあえず、それは置いておく。セレナというのは、妖狐セレナか?」
「ですだ。この前、狼の獣人たちが、おでらの村を襲ったんだど。あいつらは、おでらの畑が目的だったんだけども、あっちゅう間に村は乗っ取られちまった。そんで何日かして、狐のちびっ子がさらわれて来たんだべ」
「ふむ……」
狐のちびっ子というのは、キリナのことか。
話がいまいち見えてこない。
私は腕組みして顎をくいっと動かし、続きを促した。
モンテゴは豚鼻をぷくりと膨らませて頷いた。
「んで、次の日にセレナさんがやって来たど。狼族の連中となんだか話をして、でも結局、捕まっちまった。おでらも一緒に捕まってたんだけども、セレナさんの妖術で見張りを騙して、おでを逃がしてくれた。そんで、川の向こうの方に魔族と人族がいるから、人族のクラリス・グローリアって娘っ子に助けを求めろと」
「セレナがそう言ったのか」
「んだべ」
「なるほど……モンテゴといったな。いくつか質問だ」
まず、どうしてモンテゴの村が襲われたのか――これについては、どうやら『手頃なオークの農村だったから』ではないか、とのこと。
どうやら村を襲った狼族とやらは、なにか別の目的があり、その目的のために、とりあえずのように農村を襲ったらしい。
ようは物資の徴発だ。
「おでらは獣人の中じゃ弱っちい方だからよ……だども、獅子王に小麦を納めて、平和に暮らしてたんだ。狼族のやつらは、獅子王に逆らうつもりなんだ」
「クーデターか」
「くうでたぁ?」
「武力による政変のことだが……いや、ちょっと待て。そもそも獅子王とやらは別に獣人を統治してるわけじゃないんだろ」
確かそのはずだ。
獣人たちは魔族よりも原始的な文化形態を持っており、王はいるが国家はない……みたいな、そういう連中だったはずだ。もちろん権力はあるのだろう。他者を従わせることもできる。
だからセレナたち狐人の集団は解散させられたし、モンテゴの村は獅子王にいわば税を納めていた。
しかし、そうじゃない連中もいるはずだ。
「んだども、狼族のことなんか、おでは判らねぇどよ……うぅ、そんな、みんなで集まっても……おで、嘘なんか吐いてないど」
言葉の途中でモンテゴが怯えだしたのは、いつのまにか魔族の連中がぞろぞろと集まっていたからだった。
最初はユーノスとガイノス、それにカタリナだけだったのに、気付けば開拓地のほとんどの魔族が私の後ろに集まっていた。
「なんだなんだ、みんなで集まって、豚をいじめるつもりか?」
「どうするつもりかは、こちらの科白だ」
雑な茶化し方をした私に、ユーノスが言った。
「どうするつもり……? 私が、ということか?」
「ああそうだ。話は聞いていた。まあ、正直言って全貌は掴めていないが、ようするにセレナが助けを求めたのだろう?」
「モンテゴの言うことが本当ならな」
「おまえはそいつが嘘を吐いていると思うのか?」
ふん、と鼻息を吐きながらユーノスは豚の獣人を一瞥した。
もちろん私としても、モンテゴが嘘を吐いているとは思えない。そもそも、最初に考えたように、セレナかキリナが洩らさねば、この場所のことなど知りようがないのだ。そしてこの場所を知ってなお一人きりで訊ねるなど、切羽詰まっていなければやりたくないはずだ。
なにしろここは、魔族の集落なのだから。
「ふん。それじゃあ逆に訊くが、ユーノス、おまえはどう思っている? この話を聞いて、クラリス・グローリアはどうするつもりなのだろうと考えている?」
「決まっている。おまえはセレナを助けに行く」
一瞬たりとも迷わず、ユーノスは断言した。
その確信が何処か楽しげで、私もつられてにんまりと笑ってしまう。
「だったら重ねて訊くぞ。私がセレナを助けに行くとして、おまえは――いや、おまえたちはどうする? 別に、呑気にお留守番していたって、私は構わないぞ」
「愚問を吐くな。当然、助けに行く」
「何故だ?」
「ふたつ理由がある」
「言ってみろ」
「ひとつは、俺たちと、あの女狐は、良き隣人でありたいからだ。あの女狐にはこの場所を黙認してもらった恩もある。助けを求めているなら、助けるのが当然だ。それは、俺たちがどのような何者なのかという問題だ」
「なるほど。それで、もうひとつは?」
「おまえが行くからだ」
と、やはり一切の躊躇を見せずにユーノスは言った。
後ろにずらりと並んでいる魔族たちも、全くの同感とばかりに頷いてる。
「クラリス・グローリアが行くのだから、俺たちも行く。当然のことだ」
そういうことらしかった。
全く、おかしな連中である。
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