170話「間断/迷宮探索_01」
「そんなこんなで、人族の子供をたくさん受け入れるのに、砦の近くに建物を建ててるってことだな。ロメオ、おまえも孤児なんだから、混ざりたいなら混ざってもいいのだぞ。ふっふっふ。ウチは寛大だからな、弟子が人族の子供と戯れても、微笑ましく見守ってやることができるのだ」
馬車の荷台に胡座をかいて腕を組み、天を仰いでからからと笑う獅子姫ラプス・クルーガに、ロメオは「はぁ」と間の抜けた返事をした。
先日、クラリス・グローリアがティアント領の孤児を引き取って、孤児の中で孤児に文字を教えていた女を雇うことになったそうだが、それってやってることがゴルト武装商会みたいだよな、とロメオは考えてしまった。
かつてロメオは孤児で、ゴルト武装商会に拾われ、商会の兵として育てられた経緯がある。扱いが悪かった――極悪だったわけではないが――のでゴルト武装商会に愛着がなく、あっさりグロリアスに寝返ったわけだが。
「なんだ、あんまり興味がないのか? 同じ人族の子供だろ?」
「いうて、ラプ姉だって同じ獣人たちにそこまで興味がありそうには見えないっすよ。オレだって見知らぬガキにそこまで興味ないっすよ」
「むん? それもそうか。確かにまだ知らぬ相手だものな。でもまあ、クラリスが拾ってきたんだ。楽しみにしておけ。ロメオは字が書けるのか? 書けないなら、ウチの代わりに文字を教えてもらってくるといいぞ」
「まあ、一応、難しい言葉はともかく、書けますよ」
ゴルト武装商会で育てられたのだから、簡単な文字と計算は必須だった。覚えられないと飯があたらない、なんてのは当たり前。計算を間違うと盾を背負ったまま走らされることもあった。
「じゃあウチは覚えなくていいな。ふっふっふ、おまえはウチが拾ったんだから、ちゃーんと師匠に尽くすように!」
「うっす」
獅子姫が上機嫌なときは、適当に追従しておくに限る。ロメオとしては師匠を自称する獅子獣人の少女が嫌いではなかったし、グロリアスという集合体には好感を覚えている。キツいことはあっても、嫌なことがないからだ。
「うむ! いい返事だぞ! ところで今日の目的は覚えているな?」
「そろそろ実戦の経験を積ませたいから、ドゥビルの親方の岩山地帯にある迷宮に挑むっす。現場では魔人種の旦那が先導してくれる手はずになってるっす」
「よし! その魔人種の名前は?」
「ガイノスの旦那っす。斧使いで、顔が怖いっす」
「はっはっは! ウチの父様よりは怖くないぞ! もう死んでるから会わせてはやれないが――いや、人族の弱っちい子供を連れてったら、もしかしたらブチ殺されるかも知れないな。生きてても会わせない方がいいかも知れん」
「うっす」
ラプス・クルーガの父親とは、話に聞く前獣王ランドール・クルーガのことだろう。もちろんロメオは会ったことも見たこともない。しかしグロリアスの中で前獣王ランドールの話題は、それなりに浮上する機会が多かった。
本当に――強かったのだろう。
現在のロメオではとても敵わないラプス・クルーガよりも、はるかに強かったというのだから、どれくらい強いかなど見当もつかない。
そもそも拾い主であり師匠である獅子姫は、まだ十四歳だか十五歳くらいだという。ロメオの方が歳上だ。にも拘らず、その実力には雲泥の差があり、ロメオとしてはラプスに逆らう気が起きない。
まあ、逆らいたいとも別に思わないのだが。
犬獣人――ヤマト族の御者が操る馬車の荷台で、上機嫌なラプスのとめどない話に雑な相槌を打ちながら、ゆっくりと流れていく景色に目を細める。
晴れていて、暖かくて、ときおり吹く風が気持ちいい。
「楽しみだな、ロメオ!」
風を受けてふわりとなびくラプスの髪は、獅子のように雄大だった。ロメオよりも年下で、ロメオよりも背の低い、圧倒的強者。
「うっす。楽しみっす」
と、ロメオは普通に頷いた。
◇◇◇
土竜獣人シムリカ氏族いわく『鍛冶の神の迷宮』は、現在地下二十八階層まで攻略が進んでいるらしい。
岩山地帯の岩壁に現れた巨大な洞穴が『迷宮』の入口だ。中に入ってみれば、見た目とは裏腹に平面で構成された通路になっていて、この通路がやたらと入り組んだ『迷宮』になっている、というわけだ。
通路では不意に魔物が現れ、倒せば拾得物を落とすことがある。岩山の『迷宮』においての拾得物は基本的になにかしらの鉱石や金属の鋳塊で、これをドゥビルの鍛冶場へ運び、グロリアスの様々な加工品になる。
ごく最近では馬車の車軸に取り付ける衝撃干渉具。魔鉄の棒を螺旋状に変形させた『撥条』の仕掛けだ。これがあるのとないのでは尻への痛みが明確に変わってくる。長距離を移動するのなら尚更だ。
あるいはドゥビルの弟子である魔人種の少年ラフト――獅子姫ラプスと名前が似ているが、そういうこともあるだろう――が、練習を兼ねて武具を造ってくれることもある。基本的にはクラリスの指示がない限り、ラフト少年はひたすらに武具を打ち鍛えているらしいが、それはそれでロメオとしては感心するばかりだ。
で、その鍛冶士見習いラフト・グロリアスが、クラリス・グローリアの指示によって打ち鍛えた武器が……何故かロメオに渡された。
「えーっと、ロメオだっけ。あんたに渡せって、クラリス様が。『刀』っていう武器だってさ。たぶん、すぐ壊れるから、別の直剣も渡しておく。とにかく使ってみて、使い心地を教えて欲しい。たぶんスケルトンくらいなら百体斬っても大丈夫だと思うけど……まあ、たぶん、すぐ壊れる」
出来映えに納得がいっていないのか、ラフトの表情は見るからに不機嫌そうだった。渡された『刀』とかいう剣は、鞘から抜いてみれば細身の曲剣で、いかにもすぐに折れてしまいそうな雰囲気がある。
なんというか、美しさはあるのだが、武器として頼りない感じがした。
「これを使えって、クラリス様が?」
「うん。えーっと……クラリス様からの伝言。『なんかロメオとかいうやつは魔力を流動させるのが得意っぽいから、身体とか武器に魔力を流動させて戦うのがいいと思う。たぶんな。でも、単純な出力勝負では獅子姫に敵うことはないし、魔人種を相手にしたら絶対負ける。工夫しろ』だとさ」
「これを使って、工夫しろ、ってこと?」
この細身の曲剣をわざわざ造らせたということは、そういうことになる。
ラフトは魔人種らしい薄紫の顔色を不機嫌でさらに暗くしながら、何度か考えるようにして首を動かした。
「おれ自身は戦いが得意なわけじゃないから、想像とか推察になるけど――たぶん、あんたみたいな普通の人族が、どれだけ訓練しても真正面から獅子姫様に勝てることはないんだと思う。同じように、普通に剣を打ち合っても、ユーノスに勝つこともできない……って、たぶんクラリス様は考えたんだと思う」
「それで、この……カタナを?」
「真正面から力をぶつけ合わない、真っ向から剣で打ち合わない、たぶんそういう武器だと思う。指示通りに打ったけど、まあ魔鉄で打ってるからそこらの鋳造の剣よりは丈夫だけどさ、やっぱり、その形じゃ脆いんだよ。焼きを入れるときに背中側に泥をつけて温度差を生み出すなんて意味が判らない技術をなんでクラリス様が知ってたのかは謎だけど……たぶん、おれの技術が足りてない」
途中からぶつぶつと独り言のように呟くラフトだったが、なんとなく――本当になんとなく――クラリスの言いたいことは、判るような気がした。
確かに、ロメオは獅子姫ラプス・クルーガに鍛えられている。
グロリアスに来る前と後では、自分で判るくらい明確に強くなってはいる。
しかし、間違いなく……届かない。
ラプス・クルーガのように戦っては、ラプスに敵わない。
ユーノス・グロリアスのようには、そもそも戦えない。
ならば、どうする?
ロメオとしては、ある程度の実力をつけたあとは、へらへら笑いながら身の丈に合った仕事をして適当に過ごせればいいとは思う。
だが、それでは、きっと獅子姫は納得しない。
ラプス・クルーガがつまらないのは……ロメオとしても、面白くない。
恩がある。
返すべき恩が。
「それはまだ未完成だから、たくさん使ってぶっ壊してきて。次はもっといいのを打つ。その刀ってやつ、すごく難しいんだ」
恨みでもあるかのように、ロメオへ渡した刀を睨むラフト。
そんな鍛冶士見習いを見て、何故だか獅子姫が上機嫌に笑い出した。
「ふははは! いいじゃないか、いいじゃないか二人とも。ウチは楽しみだぞ。そうだな、父様にはこういうのが足りなかったんだ。さあさあ、武器はもらったし、話は済んだ。済んだよな? じゃあ行くぞ、ロメオ」
「……え、あ、うっす。刀、どうもっす」
「うん。じゃあ、行ってらっしゃい。早いとこ、ぶっ壊してきて」
踵を返してうきうきと歩き出す獅子姫の背中を追いながら、それでもラフトへ礼を述べてみれば、当の鍛冶士見習いは自分の作業場へ歩き出すところだった。
どいつもこいつも、歩きたい方向へ歩いている。
ロメオとしては、わざわざ歩きたいわけではないのだが、まあ仕方ない。
それでは、いざ『迷宮』へ――。
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