017話「豚と犬と_01」
妖狐セレナの住む辺境の一軒家から川をしばらく下ったあたりで、ちょっとした岩山地帯に行き当たる。
これがファンタジー世界特有の奇妙な地形なのか、地球にも有り得るものなのかを私は知らないが、森がいきなり途切れて岩山が現れるのは、なんとも不思議な光景だった。
「ここに鍛冶士が住んでるのか」
岩山ゾーンに入ってすぐ、みすぼらしい掘っ建て小屋が見えた。
私やユーノスたちが魔境を開拓して建てた簡素な家よりも、むしろこっちの方が見た目が貧相だ。石壁と木の屋根。木材を加工して造られたらしい窓が嵌め込まれているが、いかにもやっつけ仕事というふうだ。
そのかわり、小屋の隣にある鍛冶場らしき建物は見事なものだった。それができるなら家の方もちゃんと施工しろよと言いたい。石を切り出してレンガ状に組み上げた壁や、同じ石材でつくられた煙突、空気の循環や採光も考えられているのか、ガラスの窓なんかも採用されている。
「ああそうじゃ。十何年か前だったな、貴様らと同じように、魔族の風習に従って何処ぞに突貫した連中の生き残りが逃げてきた」
「なるほどな。ユーノス、心当たりは?」
振り返って聞いてみる。セレナの他にはユーノスともう一人、でかい斧を使う魔族も――ガイノス、という名だ――ついて来ていた。
「十何年か前だと……ディーハッツ氏族だったか」
「どんな連中だ?」
「魔人種の一族と、その一族が下僕にしていた亜人たちの氏族だな。他の氏族からひどく評判が悪かった」
「どんなふうに?」
「下僕の扱いが悪かった。そのくせ、自分たちより強い氏族には媚びへつらうような連中だった。そういう態度は、魔族の中では嫌われるものだ」
「……ユーノス。私の記憶が確かなら、おまえたちは『まとも過ぎた』から嫌われたんじゃなかったか? 魔族っていうのは度し難いほど気難しい連中だな」
「合理的でないのは、まあ、確かだ」
けらけらと笑ってやったが、ユーノスは皮肉っぽく口端を持ち上げてそんなふうに答えた。出会った当初なら怒って反論しただろうに、随分と達観したものだ。
「で、そのディーハッツの生き残りがいるわけか?」
「住んでいるのは魔人種ではないぞ。ドワーフ族の男じゃ。運良く生き延びたから逃げてきたと言っておったな。鍛冶が得意だというから、居住の許可をくれてやったかわりに、生活用品を融通してもらっておる」
「ふぅん。ま、とりあえず、会ってみよう」
言って、私はみすぼらしい掘っ建て小屋の方でなく、鍛冶場の方に足を向けた。煙突から煙が上がっていたからだ。
◇ ◇ ◇
ドワーフ族の男は、ずんぐりむっくりで筋骨隆々の小男……まあ、なんというか、地球のフィクションでよく見る、いわゆる『ドワーフ』だった。
だいたい身長は私と同じくらいで、しかし体重は三倍くらいありそう。
ドゥビル・ガノンというのが、そのドワーフの名だった。
「セレナ殿か。それに……魔人種と、人族……?」
ずかずかと鍛冶場に入ってみれば、ドゥビルはまず妖狐セレナへ声を掛け、それからユーノスとガイノス、そして私へと視線を動かした。
「やあやあ、初めまして。私はクラリス・グローリアだ。後ろのはユーノスとガイノス。あんたはドゥビル・ガノンだな?」
「儂になんの用事じゃ? 見たところ、セレナ殿の知り合いのようだが」
むっつりと眉を寄せ、ドゥビルは警戒心を表すように腕組みをした。それでも会話をするつもりがあるのは、セレナのおかげだろう。
だが、『セレナの知り合い』で終わっては、話にならない。
「鍛冶士に用事なんて、鍛冶以外にないだろ。セレナが鍛冶士の知り合いがいるというから、紹介の手引きをしてもらったわけだ。ドワーフのお爺ちゃん、どうだ、私たちのために鎚を振らないか?」
「……なんだ? セレナ殿、この娘はなにを言っている?」
ものすごく気まずそうな顔をされてしまった。
が、当然ながら私はそういうことを気にしない。いちいち気にしていたら、こんな場所になどいるものか。
「なにと言われても、この人族の言葉に裏はない。信じ難いじゃろうが、言ってることはそのまま、言ってる通りじゃよ」
「鍛冶をしろ、と?」
「鍛冶士なんだろ、ドワーフのお爺ちゃん――」
言って、にっこりと笑って見せる。
クラリスマイルをプレゼント。
「――実際のところ、私は老人の昔話にはあんまり興味がないんだ。どんな過去があったとか、どんな辛い人生を歩んできたとか、魔人種に対してこれこれこういう感情を抱いている、とか、そういうことだ。そんなことより、あんたは鍛冶士で、鉄を打つ。見れば随分と豪勢な生活を送ってるみたいじゃないか。毛皮でも、家でも、肉でも用意するぞ。どうせ金なんかあっても仕方ないだろ?」
「儂は奴隷にはならんぞ」
「私が欲しいのは奴隷じゃない。尊敬すべき隣人だ」
「………」
ぎろりとドゥビルが私を睨みつけるが、私としては萎縮する理由がひとつもなかったので、スマイルを維持しておいた。
沈黙が――たぶん、十秒ほど。
それから深い深い溜息が吐き出され、ドゥビルはグローブみたいに分厚い手をこちらへ差し出してきた。
ので、なんとなく握手してみる。
身長は大して変わらないのに、私の小さな手とドワーフの分厚い手では、なんだか全く別のモノのようだった。
「違う。そっちの魔族の男の斧を見せてみろ。そっちのやつの腰の得物は魔剣の類じゃろ。打ち直しは必要ない。じゃが、そっちの斧は拙いな」
「ぱっと見で判るのか。まあ、開拓とか言って樹木を四百本くらい伐採したからな。多少は悪くもなるか」
「戦斧で伐採したじゃと?」
「剣でもやらせたぞ。魔人種の桁外れの戦力はこういうところで役に立つ」
「……判った。確かに鍛冶士が必要なようだな。斧でもなんでも打ってやる。伐採用のやつをな」
呆れ半分、という感じでドゥビルは呟いた。
もちろん呆れ以外の半分がなにかなど私には判らないが、私はドワーフの手に手を乗せたまま、もう一度にっこりと笑ってやった。
◇ ◇ ◇
それから。
首尾良く鍛冶士をゲットした我々は、ドゥビルに渡す報酬を取りに魔境の開拓地へ戻った。こちらが渡すものは道中で倒した魔物の毛皮や、作り置きの燻製肉などだ。必要があれば木材も運ぶと言ってあるし、人手も貸すという約束だった。
ドゥビルの仕事は、斧を五振り、ナイフを数本、鍋やフライパン、鉄串などの雑品を一通り。さすがに全てをいっぺんに揃えるわけにはいかないので、ちょくちょく鍛冶場へ物を運ぶついでに品物を受け取ることになっている。
「これで文化的な生活の第一歩だな」
うきうきで私は言ったが、誰も同意してくれなかった。
「……のう、クラリス。貴様は一体なにをしたいのじゃ?」
二日酔いの余韻を噛み締めるような顔をしてセレナが言う。
が、問いに対する答えの持ち合わせは少なかった。
「そんなことを言われても『楽しく過ごしていたい』ってくらいしかないぞ。なにか企んでたりとか、野望があったりとか、そういうことはない」
実際、魔境の開拓はなかなか楽しかった。
魔人種のアホみたいな身体能力を用いた樹木の伐採や、家屋の建築、魔法がある世界での原始的生活がこんなにもイージーだとは思わなかったし、イージーモードの開拓なんて、遊びみたいなものだ。
もっと凝った遊び方をしたくなった。
だから鍛冶士が必要だったし、塩だって欲しい。他にも欲しいものはいっぱいある。どうしても欲しくなるかは、また別の話だが。
「無軌道で、場当たり的……か。おぞましいやつじゃ」
「なんてひどいことを言う狐だ」
「我に四十回も焼き殺されてなお、貴様はなにひとつ変わらなかった。目的がないと言ったな。つまり貴様を縛るものがないということじゃ。貴様のようなやつが、なにに縛られることもなく、ふわふわと流されるまま流れていく。これをおぞましいと言わずして、なんと言えばいい?」
「はん。私のような美少女のやることをなんて言うべきかなんて、決まってる」
「なんと言う?」
「『素敵』だろ」
「『最悪』じゃな」
眉を寄せながら唇の端を吊り上げる、なんとも微妙な表情をセレナは浮かべた。
◇ ◇ ◇
それから三日後。
魔境の集落にいきなり豚の獣人――オーク族の男がやって来て、セレナとキリナが狼族に捕らわれたことを教えてくれた。
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