016話「獣人①_04」
キラキラした人がやって来たと思ったら、全てが変わった。
それがキリナにとっての実感であり、感慨だった。
特に不満はないけれど変化もない日常が――目も眩みそうな光の中、激動にさらされて、瞬きひとつでさえ惜しいような毎日に。
育ての親であるセレナが負けを認めたことも衝撃だったし、川の向こうに魔族が暮らし始めることも衝撃だった。
話に聞いていた『邪悪な種族』であるはずの魔族が、意外に理性的だったことも驚かされた。ユーノスなんかは寡黙で義理堅く、セレナも口では挑発的なことを言うけれど、彼に対しては一定の信頼を置いているようだった。キリナとしても、ユーノスのことはちょっとカッコイイな、なんて思っている。
友達も、できた。
魔族の集まりの中に、キリナと同い年くらいの女の子がいた。
名を、カタリナという。
身長はだいたい同じだが、耳の分だけキリナの方が高い。名前に同じ「リナ」がつくこと、お互い以外に歳の近い者がいなかったこと、そしてなにより二人ともクラリス・グローリアが好きということもあり、仲良くなるのは早かった。
カタリナはクラリスを「クラリス様」と呼ぶ。
聞けば、彼女がいなければ自分たちは死んでいたという。新たな生きる道をくれた、自分たちの救世主。とても凄い人。カタリナたちの族長でさえも、クラリスを殺すことはできなかった。
それは、そう、セレナにもできなかったことだ。
全身を焼き尽くされ、その業火の中から楽しそうに歩いて来るクラリス・グローリアの姿を、キリナは忘れないだろう。
クラリスは強大な力をもってセレナを打倒したわけではない。
絶大な権力を行使して、言うことを聞かせたわけでもない。
それなのに――変化が訪れた。
だから、たぶん、もしクラリスや魔族たちが川の向こうに集落をつくらなかったとしても、きっと「なにか」は変わっていたのではないか。
キリナはそう思う。
◇ ◇ ◇
魔族たちは精力的で、熱心で、そして礼儀正しかった。
キリナとセレナが暮らす一軒家から、彼らの集落は見えない位置にある。川のあっち側からちょっと距離を離した場所に集落をつくったからだ。
川の増水を警戒したのも、もちろんそうだ。
しかしもうひとつの理由としては、セレナに対する義理を通したのである。
妖狐セレナは辺境の守り手だ。
彼方から此方への侵入を阻むこと――それが獅子王ランドールからの命令だ。例え狐人たちを解散させるための方便だったとしても、命令には違いない。
「だったら、そちら側に行かなければよいのだろう?」
とは、クラリス・グローリアの言である。
川のあっち側に魔族たちが集落をつくったところで、こっち側へ来ないのであれば、なるほど命令違反にはなるまい。そんなものは言葉遊びのようなもので、建前にすらなっていないことくらいキリナにも判ったが、その屁理屈は、なんだか悪くないな、とも思った。
魔族たちは森を拓き、伐採した樹木を利用して家を造り、狩りをした。彼らは森の野草などにも詳しく、集落が彼らの居場所として機能するまでは、本当にあっという間だった。
安定した生活を送れるだけの基盤が、あっさりと整ってしまった。
そして――クラリス・グローリアは『安定』など求めていなかった。
ある日、彼女は森兎の肉を持って来て、こんなことを言った。
「とりあえず欲しいのは、塩、鍛冶、それに布だな。塩に関しては岩塩があればいいんだが、まあ、いずれにせよ魔境の探索はするつもりだ。鍛冶の方は、セレナの方で心当たりがあるんじゃないかって気がしてるんだが、どうだ? 布に関しては、今のところお手上げだな」
発展を望んでいるのだ。
こそこそ隠れ住むつもりなど傍からなくて、獣人たちが定めた『あの世』の側に、堂々と自分たちの居場所をつくろうとしている。
「……鍛冶については、心当たらんこともない。後で紹介してやる。塩は、こちら側の岩塩床は融通してやれん。そちらで探せ。布は……判らん。機織りでもしたいのか? そもそも、どうしてあれこれ急ぐ?」
「別に急いでるわけじゃない。知ってるだけだ。この世の何処にも、誰かをそっとしておいてくれる場所なんかない、と。自分はここで引きこもってるから放っておいてくれなんて、最初から無理な話だ。世界はそのようにできていない」
「貴様らさえ来なければ、反論したくなっただろうな」
「だが、私たちが来た。よかったなセレナ、来たのが私たちで。なにしろ私は他人を迫害しない。無茶な命令も、理不尽な指令も、私は大嫌いだ」
うふふ――と、楽しそうに、クラリスは笑う。
無邪気な子供のようでもあり、年老いた魔女のようでもある微笑。
そっち側にふらふらと歩いて行きそうになる、そういう笑い方。
◇ ◇ ◇
世界は待ってくれない。
本当に、クラリス・グローリアの言う通りだった。
豚の獣人が血祭りに上げられて初めて、キリナはそのことを実感した。
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