015話「獣人①_03」
大見得を切っておいてアレだが、経過は省略する。
というのも、妖狐セレナの狐火をまともに喰らって黒こげになったクラリス・グローリアが瞬時に復活して「ほらほら仲良くお話ししようじゃないか」と迫る絵面が四十回くらい繰り返されたからだ。
はっきり言って、そんなに面白いものではなかった。
セレナの方からすれば、それどころではないだろうが。
「なんなのじゃ!? 一体貴様は――なんだというのじゃ!?」
最初は余裕たっぷりだったセレナの表情が、刻一刻と変わっていくあたりは、まあ、ちょっと面白かったけれど……うん、まあ、いいだろう。
ちなみに背後で待機させておいてユーノスだが、最初こそ私が殺されるたびに強烈な殺気を放っていたものの、途中から白けた顔で傍観を決め込んでいた。
理由には、察しがつく。
私が素っ裸だから。
一発目に妖狐の青い鬼火で焼かれてしまってから、私は実に四十回も全裸で妖狐へ迫り続けているのである。
「ええい! いいかげんに焼け果てろ!」
懲りずにセレナが腕を振る。
巫女装束めいた布地の多い装束が、動作と一緒にふわりと揺らぐ。
ぽ、ぽ、ぽ――と、なにもない中空に青い火種がみっつ並んで現れ、それが絡み合い、燃えさかり、私を中心とした火柱に変わる。
業火。
肉と骨がまとめて焼けていく感覚。
その、焼け焦げた古い『私』を、クラリス・グローリアが破り捨て、にやにや笑いながら妖狐へと歩を進めていく。
「ひっ――」
はっきりと、その貌に怯えが浮かんだのを私は見逃さない。
何度殺しても平気な顔で歩いて来る金髪の美少女は、確かにどれだけキュートであったとしてもホラーだろう。
だが、怯えの理由はそれだけではない。
魔力切れだ。
人間を焼き尽くすような火力を出す魔法を、四十数回。
これはあの『双子のギレット』ですら不可能な魔力量だ。もちろんあの姉弟はまだ若かったから総魔力量は発展途上だったのだろうが――しかし、それでも『異才のギレット』だ。あの姉弟よりも多い魔力を有する? 十分に脅威的ではないか。
しかし、いずれは底を突く。
その瞬間が訪れただけの話である。
「さあ、さあさあさあ! どうする妖狐セレナ。ご自慢の鬼火だか狐火だかが通じなくて、ただの少女に此処まで近づかれて――」
ひた、ひた、ひた。
素足で、素手で、素裸で。
無造作に近づき、もはや腰が引けてちょうどいい位置まで落ちていたセレナの顔を、私は両手でそっと掴まえる。
甘美なキスシーンみたいな絵面だが、別にズキューンと唇を奪いたいわけじゃない。そもそも私はなにも奪うつもりはない。
「――さあ、ここからどうする? 妖狐セレナ。札があるなら切ってみろ。何枚出しても同じことだ。疲れるだけだ。それでも出せるものなら出せばいい。見せろ。クラリス・グローリアが見物してやろう」
「……化物か、貴様は……っ!」
ぎりっ、と奥歯を噛んでから、セレナは言う。
焦燥と恐怖、慚愧と動揺、そして、ほんのわずかの好奇心。
「なんてひどいことを言うんだ。見ての通り、ただの美少女だぞ、私は」
セレナの顔を掴んだまま言って、にっこり笑って見せる。
とびっきりのクラリスマイルに妖狐もどっきり。
の、はずだ。
知らんけど。
◇ ◇ ◇
「ふん……話がしたいのであったな? だったら招いてやる。そちらの魔族も、手を出さなかったのは褒めてやろう。ついて来るがいい」
顔を掴んでいる私の手を振り払い、妖狐セレナはそんなことを言って、丘の上の一軒家に引き返した。
木造の家は――なんというか、ひどくアットホームな空間だった。
丁寧に造られており、丁寧に使われている。それが一見してよく判る。家自体もこぢんまりとしていて、自分たちで掃除も行き届かせているのだろう。
「キリナ。その女に着物をくれてやれ。我の古いのがあったろ。あれでいい」
居間というか茶の間というか、くつろぎスペースに私たちを通したセレナは、よく通る声で奧に声をかけた。
少しの間があって、最初に出会した少女が布を抱いて現れ、私にその布を突き出してきた。受け取ってはみたものの、どう見ても一枚の長い布だ。
「娘か? それとも妹か? 悪いが着方が判らないぞ」
「どちらでもない。友人の子だ。我が育てている。キリナ。すまんが着せてやっておくれ。我は茶でも淹れてくる。そこの魔族は、黙って座っておれ」
「ユーノスだ。『そこの魔族』ではない。おまえはセレナ、そっちの娘はキリナだな。大人しく待たせてもらおう」
「ふん。貴様に『待て』ができるのは、もう知っておるよ」
苦々しげにセレナが言うのは、先程のお遊びを思い返してのことだろう。どれだけ私が殺されようが、ユーノスは手を出さなかった。最初の数回くらいは私が死ぬ度にセレナへ斬りかかりそうな気配があって冷や冷やしたものだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
私に対して好奇心一杯という顔をしたキリナに着替えを手伝ってもらって、居間に戻り、椅子はないので床に尻を降ろして。
念願の、お話タイムである。
◇ ◇ ◇
獣人について、人族は驚くほど無知である。
魔族に関しては、ある程度の知識があった。これは私のようなただの貴族令嬢であっても、という意味合いだ。おそらくエックハルト辺境領の領主や、あるいはロイス王国の上層部はもっと詳しく知っているだろう。
敵を知ることは、とても重要度の高い事柄だから。
対して獣人。
彼らについて、少なくともクラリス・グローリアはよく知らない。王都の学園でも教わったことはなかった。ロイス王国で獣人を見ることも、なかったと思う。もしかすると旅の獣人なんかがいて、彼らは自由に世界を旅しているのかも知れないが、私は見たことも聞いたこともない。
彼らは基本的に、縄張りの外側に出ないからだ。
と、セレナは言った。
現在、広義に『獣人』と呼ばれる多くの種族は、獅子王ランドール・クルーガによって統治されている――ことになっている。
というのも、そもそも獣人とは獣がそうであるように、各々の群をつくり、曖昧なコミュニティを形成していたからだ。
故に『獣人』ではあっても『獣族』ではない。
そんなわけで『獣人の国』というものも、また存在しない。
あるのは獣人たちの規律である。
獣人にとっての獣王とは、聞いた限りでは最高裁判所に近い。群と群での揉め事が起き、それが深刻化した際にどちらかの絶滅を防ぐため、獣王に裁きをちょうだいしに行くわけだ。
ここでの獣王は完全なる独裁者であり、裁きに対する控訴はない。被告人は粛々と判決を受け入れるか、もしくは殺されるかだ。
「なんだか、どっかで聞いたような話だな、ユーノス?」
と、話の途中で茶々を入れてみたが、ユーノスは私をちらりと一瞥しただけで、特になにも言わなかった。セレナは不可解そうに首を傾げていたが、とにかく先を話してもらうことにする。
といっても、まあ、本当に似たような話だ。
それなりに穏当に暮らしていた狐人たちが、あるとき、ある種族に因縁をふっかけられた。
狐人はもちろん泣き寝入りなどしなかった。私にそうしたように、相手を狐火で焼き払い、あっという間に種族間戦争の勃発――というところで、別の種族がこの争いを獅子王へ投げた。
やましいところなど狐人にはなかったから、裁きの際も堂々と胸を張って獅子王の前へ出た。
結果、狐人に対する一方的な迫害が待っていた。
◇ ◇ ◇
そういうわけで、狐人の一族は解体され、妖狐セレナは辺境の守りを命じられたという。他の狐人がなにを命じられ、何処に行ったのかはセレナにも判らない。
唯一の例外は、キリナである。
「十年前か。互いの居場所を知らないはずだったのに、旧友が訊ねてきおった。それで、キリナを我に押しつけていきおった。自分にはやることがあると言ってな。いずれ我を解き放つとも言っておった」
ふっ、と自嘲気味にセレナは息を吐く。
当のキリナはそんな育ての親ではなく、私の方をじっと見つめていた。これまでの話は理解していたようで特に退屈そうではなく、だからこそ……この場面では、セレナを見つめて然るべきではないのだろうか。
自分を捨てた者と、自分を育てた者。
それに対する感慨がキリナには全くといっていいほどない。
むしろ私に対する興味の方が強そうだ。
「――で、貴様らは?」
野草のハーブティをずずずと呑みながら、セレナが問う。
「こっちも似たようなものだ。こっちというか、ユーノスの方だがな」
せっかくなのでユーノフェリザ氏族の顛末についても語ってやることに。半分が死に、半分が名を捨てた。
「それで、名を捨てた魔族が、こんなところになんの用だ?」
「決まってるだろ。ここらに居を構えようと思ったから、許可をもらいに来たんだ。どうしても駄目そうだったら別の場所を探したが、どうやらここなら大丈夫そうだな。魔族の連中、川のあっち側に住まわせるが構わんだろ?」
「……はぁ?」
なに言ってんだこいつ、みたいな顔をセレナはした。
最近、こういう顔をされるのが好きになってきたような気がする。
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