101話「帰還と対策_02」
モンテゴの肩に乗り、オークたちのスーティン村へ辿り着く。
私のような小さく華奢な美少女からすると縮尺の狂ったような建物や田園風景が広がっているが、懐かしさすら感じるのだから不思議なものだ。
「クラリス様でねぇか!」
「おぉ! クラリス様のおかえりだべ!」
「クラリス様!」
作業中だったり、そこいらに座り込んで世間話をしていたオークたちが、モンテゴの肩に乗っている私を見つけて喜色をあらわにする。
私は特にサービスの意図なく、頬を緩むままにして彼らに手を振ってやった。
「これがおまえの場所か、クラリス」
微妙な顔をしたままモンテゴの隣を歩いていた猪獣人のゾンダ・パウガが言う。
「そうだとも言えるし、そうじゃないとも言える。ここは元々、このモンテゴたちの村だ。例の『反獅子連』が呑み込みそうになったところを、私たちが邪魔してやったわけだ」
「そんで、おでらはクラリス様に、おでらの未来を託すことにしたんだぁよ。おめさんらも、クラリス様に付いて行くことにしたんだべか?」
モンテゴの頭をぺちぺち叩きながら言えば、当人は上機嫌にゾンダへ補足し、緊張というものを全く見せずに疑問符を浮かべる。
どう考えても自分よりはるかに強力であろう猪獣人に対して、ただの豚獣人が怯えない。これを平和ボケなどと評するものがいたとすれば、私は鼻で笑って見下してやるに違いない。
「ゾンダ・パウガだ。元はランドール様の重臣で、おめぇの言うとおり、クラリスの配下になった。よろしく頼む」
「おではモンテゴだべ。このスーティン村のオーク共のまとめ役……村長みてぇな感じになっちまってるべよ。こちらこそよろしくお願いしますだ」
なにか通じ合うものがあったのか、猪と豚の獣人たちは意外なほどスムーズに打ち解けたようだった。
「そんでクラリス様、これまでのことはみんな集まってから聞くとして……これからどうするべ? 家に戻ってみんなを待つべか?」
「いや、あれこれ確認する必要がある。まずは……そうだな、魔境の開拓地へ向かうとしよう。それからドゥビルの岩山地帯に行く」
「だったらマイアとカタリナを先に岩山地帯へ向かわせるか」
と、いつの間にか近くを歩いていたユーノスが言う。私は話の早さにちょっと嬉しくなり、またモンテゴの頭をぺちぺちした。
「ああ、そうだな。ドゥビルたちの成果物を、見せられるように用意しとけと伝えてくれ。あと、そっちに集合することになるから、飯の用意もだな」
「んだらば、それはこっちでやるべよ。近いうちにあれこれ運ぶかって話になってんべ。宴の支度して、ヤマトんとこのを連れてあっちに向かうべさ」
言って、モンテゴは肩に載せていた私をひょいと持ち上げてからゾンダの肩へ載せ替えた。そして「したらば、後でな!」と言って小躍りするような感じで走って行く。さっき息切れするほど走ったというのに、元気なやつだ。
「では、クラリス様。私たちもそのようにします」
「使い走りってわけね」
魔人種の少女カタリナと槍使いのマイアが駆けていく。彼女ら二人だけなら、下手に馬車を使うよりも走ったほうが速いのだ。
「んで、クラリス様よ。新参者に進行方向を教えちゃくんねぇか?」
半笑いの仏頂面という、なんだかよく判らない顔をしたゾンダが問う。
なんとなくゾンダの頭に手のひらを乗せ、よく晴れた空と懐かしい田園風景、スーティン村の家々を眺めてから、私は言った。
「ふふん、そんなものは決まってる。私たちは未来に進むのだ」
悪くない科白だと思ったのに、感激しているのは妖狐セレナの娘であるキリナだけだった。ゾンダはやっぱり仏頂面だったし、ユーノスなんかは鼻で笑っていた。
別にいいけども。
◇◇◇
スーティン村から北へ向かうとちょっとした丘があり、そこを下ると犬獣人のヤマト族や牛獣人のトーラス族が管理する牧場地帯に出る。
ヤマト族は馬の世話、トーラス族は牛の世話。
ちなみに厳密に決まっているわけではないので、ヤマト族を手伝うオークもいれば、スーティン村で炊事を担当しているトーラス族の女もいる。来年あたりに豚と牛のミックス獣人が生まれたとしても、合意であるなら私から言うべきことはひとつもない。実際のところはなにも知らないが。
で、牧場地帯を抜けてさらに進めば、獣人の領域の果て、魔境と呼ばれる大森林の手前に出る。そこそこの幅がある川が流れており、手前側にはセレナとキリナの家があるが、現在はポロ族の誰かが管理しているそうだ。
魔境からこっちに来たときは思いっきり川で足を滑らせ、ユーノスに助けてもらったわけだが、現在では頑丈な橋が架けられており、馬車で進むことすら可能である。環境のアップデートは心と生活を豊かにしてくれる。
「魔境を切り拓いてんのか……」
驚いたように呟くゾンダに、途中から付いてきたヤマト族の代表、アルト・ヤマトが気の抜けた笑みで首肯する。
「驚きますよね。あっち側を開拓しようなんて、おれたちの発想じゃない」
「然りよな。我も森の動物を狩ることはあれど、森を拓こうなどとは考えの端にも登らんかったわ」
クスクスと笑みを洩らすセレナ。
なにも私だって好き好んで森を拓かせたわけではない。最初は、獣人の領域に遠慮して、獣人の領域でない場所を居場所にしようと思ったのだったか……今となってはすっかり忘れてしまったが。
ちなみにというか、もはや魔境の開拓そのものに関しては大した指示をしていないので、なにがどうなっているかは私も知らない。
橋を渡って森に入ってみれば、なんというべきか、森林浴を楽しめるキャンプ場、くらいの拓かれっぷりだった。馬車が通れるだけの道は整備されており、しかし全ての樹木を伐り倒して真っ平らにしているわけでもない。
例外的に、拠点となる広場だけはかなりのスペースを平らに整地しており、おそらくは木の根までしっかり取っ払っているのだろう。
これがすべて人力というのだから、恐れ入る。
もっとも、魔人種の手にかかれば斧で樹木を一刀両断したり、魔法で根を焼いたりできるのだから、地球の基準で考えても仕方がないが。
「あっ、クラリス様! 戻ったのですね!」
と、魔境に入ってきた私たちに気づいて声を上げたぬいぐるみがいた。いや、違う。一見すると動くぬいぐるみに見えるが、コボルトのイオタ・ポロだ。
ポロ族の代表である彼は、魔境の開拓に参加していることが多い。
「ああ、戻ったぞ。あれこれ話すことがあるから、あとでドゥビルの岩山地帯に集合だ。作業の指示とかあるだろうし、ここにも用事があって来たんだ」
「用事、ですか?」
こてん、と首を傾げるイオタ。思わず頭とか顔をなんかをもみくちゃにしてやりたくなったが、やめておく。
「確認しておく必要があったからな。これまで燃やしたものの灰とか、私がこっそり指示しておいたものが、どのくらいの量になったか」
「それならあっちの倉庫棟の方だよ。大した量になってるから、どんどん倉庫をおっ建てる羽目になった」
急に後ろから声がした。
私を積載しているゾンダもそいつに気付いていなかったようで、ぎょっとしたふうに振り向いた――そのせいでちょっと振り落とされそうになったが、なんとか堪える。ゾンダの頭には髪があったので。
背後にいたのは、ビアンテだった。
主に魔境の開拓を取りまとめている、ユーノフェリザ氏族の生き残りでは最も年長の女傑だ。といっても魔人種の寿命からすればまだ若いようで、外見年齢はせいぜいが二十歳そこそこといったところ。なんなら斧使いのガイノスの方が顔は老けているかも知れない。
「やあやあビアンテ。久しぶりだな。指示は実行していたようで、重畳だ」
「あんたね、獣王に会うって旅立つときもあたしにゃ挨拶もなかったじゃないか。よくもまあ親しげに笑うもんだよ」
「誰に頼まれたわけでもないのにみんなを取りまとめてくれているやつを、有り難いと思って当然じゃないか。苦労性の女には親しみを覚えるのだ、私は。それにビアンテは出立の挨拶なんか欲しがらないと思ったからな」
ふふん、と笑んで見せれば、どういうわけか渋面を返された。
「まあいいけどね。苦労ったって、大した苦労じゃあないさ。それで? 五十日以上も離れるってのに顔を見せない女が、わざわざ顔を出しに来た理由は?」
「後でまとめて話すが、ビアンテには先にひとつだけ教えておこう」
「……ふん。いい予感はしないね」
という科白の割には、渋面はちょっと崩れていた。
わずかに吊り上がった唇の端が示すのは、おそらく予感だ。
そしてその予感は、正しい。
「たぶん、人族と一戦交えることになる。向こうからこっちに来るだろうから、迎え撃つ形だな。砦を建てるつもりだ」
「はっ! 獣人共の争いに首を突っ込んだかと思えば、今度は人族かい。人族のあんたが、まるで自分は人族じゃないみたいに言うじゃないのさ」
「そりゃあそうだろ。だって、あっちに私の場所なんかないぞ」
にんまりと、明確に意識してクラリスマイルをプレゼント。
ビアンテの表情の中、わずかに怯みを発見。
こんなに可愛らしい美少女に怯えるなんて、失礼な女である。
「ここだ、ビアンテ。ここが私の場所だ。私たちの場所だ。奪わせたくないモノだ。失くしてしまってもまあいいやで済まされないモノたちだ」
ひょい、とゾンダの肩から飛び降りて――結構高かったので上手に着地はできなかったが――私はビアンテ・グロリアスを見上げて微笑む。
「ビアンテ。砦の建設指揮をおまえに任せたい。これからドゥビルのところに行って、これまでのことと、これからのことを話す。頼まれてくれるか?」
「……まったく、ろくでもない女だね、あんたは」
そうだろうか?
そうかも知れない。
◇◇◇
そんなわけで、仲間を増やしてドワーフの鍛冶士、ドゥビル・ガノンの住む岩山地帯へ。道中ではビアンテがユーノスになにやら愚痴を垂れていたようだったが、可哀想なことにほとんど無視されていた。
ちょっとは同情しないでもないが、ビアンテ・グロリアスがその名を受け入れた以上、当人だって思っているはずだ。
仕方がない――と。
元凶である私が言うのもおかしいが、この点ついてはとても理解できる。仕方がないのだ。私がこのような私である以上、そうしないわけにはいかない。
自由の翼を得た気になって、自分を慕ってくれる誰かを見捨てて見知らぬ何処かへ独りで流れていく、なんてことを私は選択しない。嫌だからだ。
ビアンテもまた、彼女が彼女であるという理由によって、自分の周囲を見捨てることができない。ヤヌス・ユーノフェリザたちと一緒にエスカード領で人族の軍に特攻しなかったのは、ユーノスたちを見捨てられなかったからだ。
だから彼女のことは、好きだ。
しかし私が私である以上、あまりビアンテには好かれないだろう。
それもまた、仕方がない――か。
ともあれ。
「ったく、出発も帰還も急な嬢ちゃんだな。期限も区切らず注文なんかするんじゃねぇよ。しこたま造れっつったから、本当にしこたま造ったぞ」
岩山地帯へ到着すれば、先触れ役のマイアとカタリナから話を聞いていたらしいドワーフのおっさん、ドゥビルが成果物を工房に並べて待ち構えていた。
「細くて曲がる鉄線。そいつを切る鋏。それに、魔鉱石を混ぜて造った鉄の棒。ガイノスたちがダンジョンから鉄のインゴットと魔鉱石をずんどこ運び込んで来やがるから、本気で大量生産に乗り出す羽目になった」
一体何をするつもりだ――。
ドゥビルは言うが、おそらくドゥビル以外にも同じ疑問を抱えているのだろう。どいつもこいつも、興味津々といった顔で私を見ていた。
しかし、答えは既に言っている通りだ。
「だから――砦を建てるのさ。人族を相手に一戦交えるために」
感想いただけると嬉しいです。




