100話「帰還と対策_01」
私、クラリス・ロングタイムノーシー・グローリアにとって、九本の黒い尾を持つ狐獣人カイラインが語った話なんてものは詳細に描写したいものではない。
いや、なにもカイラインが嫌いというわけではない。
かといってそんなに好きでもないが、憎悪を煮えたぎらせるほどのこともされていないので、表に見えている性格が気に入らない、というだけの話だ。表に出ていない深い部分に触れてみれば、あるいは気に入ってしまうかも知れないが、今のところそこに手を突っ込んでみたい気持ちはゼロに近い。
そんなわけで、要約する。
かつて獣王ランドールの命によって解散させられた狐獣人たち。その中にカイラインも含まれていたが、この狐は妖狐セレナのように「そこにいろ」と言われた場所に定住などしなかった。
では、なにをしたか?
カイラインは流離った。
獣人の領域から北、魔境に入り、しかし魔族の領域へは向かわず、アールヴと呼ばれる森の民が暮らす魔境の深部へと移動した。
ほとぼりが冷めるまでは獣人の領域から『九尾の狐』という存在を消すべきだ、とカイラインは考えたのだ。追放された瞬間から復讐を考えていたことになるが、その報復心を制御できるのがカイラインという狐人だった。
ちなみにアールヴというのは、話を聞いた感じ、ファンタジー・フィクションで描かれる、『いわゆるエルフ』みたいな感じだ。
その森の民たちは、不意に現れた胡散臭い狐獣人を、強烈には拒絶しなかった。
つまり言葉を交わすことすら不可能、みたいなディスコミュニケーションではなかったという意味合いだ。歓迎はされなかったが、しかしある程度の意思疎通は許容された。集落に招かれることはなかったが、カイラインが森の中で勝手に野宿する分には止めることもなかった。
そして黒い九本の尾を持つ狐人に言わせるなら「言葉さえ通じるなら敵地にだって居場所くらいは作れる」とのことだ。
カイラインの性格と能力でアールヴたちの興味を引き、彼らから話を聞き、決して好かれることもなかったのに、およそ十年ほどの月日をアールヴたちの領域を転々と流浪しながらカイラインは過ごした。
長い時間だ。
しかしその時間は、カイラインの報復心を鎮ませることはなかった。セレナなんかはキリナを預けられて子育てに奔走しているうちにランドールのことなど喉に刺さった小骨くらいの存在にまで小さくなっていたというのに。
ともあれ、長い時間が経過した。
長寿であるアールヴ――話によると、魔人種と同じかそれより長い寿命があるらしい――にとってはそこまで長い時間ではなかったかも知れないが、客観的に見れば十分に長い時間である。
ほとぼりは、冷めた。
報復心は、冷めない。
そんなわけで獣人の領域に戻ることにしたカイラインだったが、そのとき世話になっていた集落の長に出立を告げると、二百歳を超えるというのにせいぜい二十代くらいの見た目の彼は、カイラインにあるものを渡した。
「貴様の性格とお喋りは気に入らぬままだったが、貴様の知性と妖術は興味深かった。これはその対価だ」
アールヴの長がカイラインに渡したのは、アールヴたちの至宝ともいえる『秘石』だった。人族の価値基準で考えると、かなりの値打ち物だ、ということをカイラインは知っていた。
で。
長い時間を経てから獣人の領域へ戻ってみれば、カイラインの予想通り『獣王に叛意をもつ獣人』が簡単に見つかった。狼獣人の四大氏族を筆頭に、目を凝らしてそこらを探せば、彼らは本当に何処にでもいたという。
とはいえ、カイラインはカイラインなので彼らを統率してその頭領として振る舞うことなどできはしない。それは資質の問題だ。致命的なほど集団の頭に向いていないのがカイラインという男だったし、それは自覚があった。
なので狼獣人の四大氏族に『入れ知恵』をしたり、彼らの参謀役として振る舞うことで指向性を持たせることにした。かつてカイラインが我慢したように、狼獣人たちが煮えくり返る腸を抱えたまま堪えていたように――気の向くままに牙を剥いたところで、ランドールには届かないからだ。
そういうわけでカイラインの思惑通りに『反獅子連』は膨れ上がる。
奇しくもそれは女豹レクス・アスカの策に重複していた。
レクスが使者を通じてカイラインに接触し、互いに互いを疑いつつもその指向性を認識する。どちらも獣王ランドールを殺したい。その目的は一致していた。
だが、ただの策では足りない。
だから必要だったのだ――獣王の爪を一度だけでも防ぐための鎧が。
こちらの牙を届かせるために。
◇◇◇
「人族は獣人の領域に興味がない。獣人たちは人族に興味がない。だから、ちょっと足を伸ばせば行き来できるというのに、互いに交流を持っていない――なるほど、確かに大局を見ればそういうことになるでしょう」
意地悪そうにニヤつきながらカイラインはそんなことを言った。
続けて、こうも言う。
「しかし大局を離れて見ればどうでしょう? 人族の領域に興味を持つ獣人、獣人の領域へ好奇心を持つ人族。そういう個人がいないわけがない」
道理である。
マクロとミクロ、なんて概念をこの世界の人間が有しているかはさておき、感覚的にそれを識る者なんて掃いて捨てるほどいるだろう。
そもそも本当に交流が絶無だというのなら、獣人の領域から東の森を抜けたところに人族の領域があるなんて誰も知らないことになる。
だから個人単位では存在するはずだ。
と、カイラインは考えた。正解だった。
獣人の領域を窺っている人族は、いた。
そいつに接触し、カイラインは言葉巧みに彼らの興味を引いた。なにしろそいつらは獣人の領域に興味があり、いろいろと知りたいことがあり、実際に知ってみれば、どうしたって獣王ランドールは邪魔だった。
カイラインにとって、接触した人族が何者であるか、という点はあまり重要ではなかった。何故なら人族の領域のことをカイラインは深く知らないからだ。ロイス王国の何処の貴族がなにでどうで、なんてことは知ったところで意味がない。情報の真偽からして不明なのだから。
そんなわけで割り切った九尾の狐は、狼獣人用の鎧を購入した。対価としてアールヴからもらった『秘石』をくれてやったが、別に惜しくはなかった。絶対にボられているだろうと確信しながら、それでも全く構わなかった。
ランドールに牙を届かせられるなら、安いものだ。
「これが私の物語ですが……まあ、あまり面白くなかったでしょう? 非常に残念ながら、私自身もそう思いますのでね」
なんて言いながらカイラインは愉快そうに笑ったが、物事というのは筋を追えばいいというものではないのだ。
だからといって「大切なのは気持ちである」なんてことも、私としてはちょっと言いたくない。気持ちだけで動くような連中は、他人の気持ちを考えないからだ。じゃあおまえはどうなんだと言われればクラリスマイルをサービスする以外になくなるので、この話はここで終わりである。
とにかく、筋は追えた。
本当に面白くない話だった。
◇◇◇
だらだらと馬車で平原を進むこと、およそ十日。
あまりにも見飽きた景色の先に、もはや懐かしい気にもなるグロリアスの領域が見えてきて、郷愁のようなものを感じたのは我ながら意外だった。
この世界の何処にも『私』の場所などあるはずもないのに。
それでも『私』を内包した私、クラリス・グローリアと出会った面々が、あれこれあって集まった場所がある。
定期的に思い出さないと私自身、あまりにも美少女なので忘れそうになるが――というのはさすがに冗談だが――クラリス・グローリアの中には現代日本で生まれ育ったアラフォー男性の記憶があるのだ。
もちろん、この世界に生まれ落ちたあまりにも可愛らしいクラリス・キューテスト・グローリアとして生きてきた記憶もある。どちらの自意識も私のもので、だからおまえはなんだと問われれば、私はクラリス・グローリアだと答えるしかないのだけれども、『私』を内包する以前の私を知る者であれば、到底納得すまい。
別に――かつての私を知る者に納得してほしいわけではないが。
何故なら――今の私しか知らない連中が、私を親しく思っている。
さすがに認めよう。慕われているのだ、私は。
「クラリス様ぁー!!」
景色の向こうから大声を上げながら、体長二メートルを超えるオークが走ってくる。その嬉しそうな顔と声に、うっかり私も上機嫌になってしまう。
そのオークは別に並外れた体力の持ち主ではないので、景色の向こうからこっちまで全力疾走して平気なんてことはなく、私たちが乗る馬車までたどり着いた頃には、もうくたくたになっていた。
「なんだぁ、こいつぁ?」
新入りの猪獣人であるゾンダ・パウガとその配下たちが、馬車の近くでめっちゃ疲れているオークに怪訝な視線を向けていたが、説明は後でいい。
私は馬車からひょいと飛び降り、とびっきりのクラリスマイルを進呈。
ぱぁっ! と、私の顔を見たオークの表情が輝くのが判る。
おそらく百人が見れば百人、喜びという感情をそこに見るだろう。
もちろん私も。
「出迎えご苦労。帰って来たぞ、私は。随分と久しぶりに感じるが、せいぜい二ヶ月くらいか。こっちの調子はどうだった、モンテゴ?」
「なぁんも問題はねぇべよ、クラリス様」
満面の笑みで頷き、モンテゴはちょっと息を整えてから、その場に跪いた。
なにを言いたいのかが判ったし、そろそろ馬車の座席も飽きていたところだったので、オークのでっかい肩に私は私のキュートなお尻を下ろす。さっきまでの疲弊感など知らぬとばかりにモンテゴは立ち上がり、私たちに注目する面々へ、やはり満面の笑みを浮かべて言った。
「みんなもだぁな。おかえりなさいだべ」
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