001話「火刑_01」
私の名は、クラリス・グローリア。
グローリア伯爵家の次女。今年で十六歳。
さらさら金髪ヘアーの持ち主で、ちょっと身体のメリハリが足りないのがネックだろうか。あと、童顔だ。十六歳といったが、ここにマイナス二歳しても気付く者は少ないのではないか。そう思う。
私は、クラリス・グローリアだ。
私が、クラリス・グローリアである。
ほんの一瞬前までの私とは、だいぶ違ってしまったようだが。
というのも、私は前世の記憶を取り戻したのである。
西暦二千年あたりの日本に暮らす、アラフォーの独身男性の記憶が……私の中に突如として芽生え、ついさっきまでの私との乖離を生んでいる。
まあ、いい。
とにかく私はクラリス・グローリアだ。
グローリア家の次女であり、十六歳であり、金髪美少女で、童顔で……
そして今、火炙りにされている。
火刑なう。
◇ ◇ ◇
私について、少し話そう。
伯爵家の次女に生まれたクラリス・グローリアは――つまり私のことだ――溺れそうなほどの愛情を注がれて育った。
父も母も兄弟姉妹も家人たちも、実に私を可愛がったものだ。
なにしろ私は可愛らしかった。
天使のよう、などという褒め言葉を、割と真剣に口から吐き出す者さえいた。
そんな私、クラリス・めっちゃキュート・グローリアの扱いが変わったのは、八歳の時分である。
この世界は地球と異なる、いわば『剣と魔法の世界』である。
魔物や亜人が存在する中世ファンタジー風の、おそらくは地球と物理法則やなんかも異なっているであろう世界。
端的にいえば、異世界転生というやつだ。
ロイス王国の貴族は八歳の時点で魔法の才を計測される。
なんだかよく判らない水晶玉に手を当てて、色がどうだ、光の強さがどうだ、そんな感じで子供を格付けする非人道的な行いがまかり通っているわけだが、話の流れから判るように、私の『魔法の才』はゴミクソだった。
それ以降の私の扱いは、まさに急転直下だった……とまでは、いかない。
かなり扱いは悪くなったし、親兄弟家人たちが気まずそうにしていることは幼い私にも判ったが、なにしろ私はキュートだった。
あまりにも可愛らしい私を、無才だからといってゴミクソ扱いすることは、さすがに憚られたのであろう。
ただし周囲からの評判は散々なものだった。
剣と魔法の世界において、離れた土地の人間を知る術は、概ね口コミである。知っている限り、この世界に印刷技術はまだ存在していない。本も写本だ。辛うじて植物紙は存在するようだが、錬金術師が技術を独占しているという。
いや、話が逸れた。
私の容姿を知らない者にとって、クラリス・グローリアは『無才の無能』であり、それはグローリア家の評判を貶めるのに有用だったわけだ。
細かい事情は省くが、グローリア家に敵対的な一派と、そうでない一派があり、グローリア家とかなり親密だったミュラー家との間で、私の婚約が決められた。
貴族は血を重ねた生き物だ。
魔法の才ある者同士を掛け合わせて血脈を深めていくのが貴族である。
故に、父とミュラー家の当主はこう考えた。
『クラリス自身に価値はないが、その血に価値がある』
当時の私はどう思っていただろうか?
あまり思い出せない。
自分が無才のゴミクソであることに強いショックを受けたのは覚えているが、その後はしばらく呆然としていたような気がする。
そもそも、貴族の次女ともなれば、才の有無などほとんど関係なく政略結婚させられるのだから、婚約が決まったときも「ああそうか」くらいの感想しかなかったような気がする。父上もほっとしただろうな、とか、そんな感じ。
婚約者――エックハルト・ミュラーの方は、どうだっただろう?
彼と初めて会ったときのことも、実を言うとあまり覚えていない。貴族の次男坊といえば真面目クン・高慢ちき・お山の大将のどれかだと相場が決まっているが、エックハルトは真面目寄りの男だったように記憶している。
我々の関係は、熱くも冷たくもなく、それなりに良好だった。
グローリア伯爵領とミュラー伯爵領は隣り合っており、頻繁に行き来もあったから、なにかのおりにはよくエックハルトと逢っていた。
何度でも繰り返すが、なにしろ私はキュートだった。クラリス・かわいすぎる・グローリアだった。いくら『無才のクラリス』といえど、エックハルトも実物の私を前にしては絆されないわけにはいかなかったのだろう。
彼は逢うたびに頬を赤く染め、緊張しながら私をもてなしてくれたものだ。
それを恋だとは思わないが。
とにかく、だ。
非常に可愛らしく、魔法の才がゴミクソ。
これが私、クラリス・グローリアだ。
エックハルトとの関係がおかしなことになったのは、一年ほど前――。
◇ ◇ ◇
ロイス王国の貴族子女は、十四歳からロイス本領の学園に通うことが義務づけられている。
いわゆる学園編が始まる流れだが、残念ながら学園ではそれほど激動のイベントは起こらなかった。『無才のクラリス』も、ロイス王国のクソガキを掻き集めた学園内ではそこまで目立つ存在でもなかったからだ。
私ほどの無才はさすがにいなかったが、あまり才能のない子女もいた。ましてそれが上級貴族の息子だったりすれば、表立って蔑むわけにもいくまい。
ただ、エックハルトの価値観は大きく揺さぶられたのではないか。
そう思う。
当時の私にとっても、学園生活は驚きの連続だった。世の中には実に奇妙な連中がいるものだ。貴族の子女だからという理由なのか、ただそのように生まれたのかは知る由もないが、私以上に『おかしな』人間もたくさんいたのだ。
例えば、ギレット姉弟という双子がいた。
彼女らはとにかく魔法の才に秀でており、自分たちの魔法の研鑽に余念がなく、それ以外のことには全く無頓着だった。
砂場で砂山をつくり続ける子供、とでも評すべきか。彼女たちは砂場を荒らされることにひどく敏感で、容赦がなく、私の知る限り三人の学園生の四肢を欠損させていた。腕を焼き、脚を凍らせ、十本の指を切り落としたはずだ。
そんなギレット姉弟が許されたのは、ひとえに『魔法の才がある』から。
ただそれだけの理由で貴族としては正しい。
どうして貴族にとって魔法が重要なのか?
答えは明確。
貴族とは、戦場における戦術兵器だから。
強力な魔法を使える者が一人いる――たったそれだけで戦術的勝敗が決する場面があり、そのことを貴族たちは深く理解している。
ようするに、他者がミサイルを持っているのだから自分も持っておくべし、という理屈だ。自分がミサイルを持っていると周囲に示すことで結果的にミサイルの撃ち合いは避けられる。なんだか現代のアレみたいで気持ちの良い話ではないが、なんにしろ、人間は自衛のためであればどこまでも残酷になれる生き物だ。
その残酷さを、エックハルトもまた持ち合わせていた。
学園が長期休みに入ってミュラー伯爵領に帰省した際、エックハルトはある少女と出会うことになった。
ミゼッタ、という。
家名はない。ただのミゼッタだ。
ごく稀にいる、貴族ではないが異常に魔法の才を持つ者。
彼女がそれだった。
そしてエックハルトは私ではなくミゼッタを選び、ミュラー家もまた私を切り捨ててミゼッタを取った。
つまりはそこまでの才能を持っていたわけだ。
そういうわけで、私は火炙りに処されることになったのである。