表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍のせぼね  作者: 飯田橋ネコ
6/33

第六話

 内線電話が鳴る。センター1階のテレメトリー担当(デスク)の助教から毎度おなじみ修理依頼。屯鶴峯のひずみ計がまたおかしな値を送ってくるらしい。私のお父さんより年上の機器(センサー)だから、正直もう限界なんじゃないかと思うのだけれど……。


“……それもそうなんだけど、今度もまたとんでもない数値なんだ。この前の地震で壊れてしまったのかもしれない。悪いけど明日までになんとかならないかな? じゃ、よろしく”


 明日!? 明日はダメ! 予定があるのよ。だいたい震度3で壊れるセンサーなんてとっくに退役してていい筈じゃない? いくらウチで作ったヤツだからったってとっくに修理保証(サポート)期間過ぎてるわよ全く!!


「香住……その思ってること全部喋るのどうにかなんないか?」

「え??」

「ぜんぶ聞こえてんだよ」

「……それなら話早いわよね。とりあえず車出してくださいね、先輩♡」

「ひっでー、こういうときだけ後輩面すんのかよ! っていうか今から行くのか?」

「当然よ! 明日は外せない用事があるの! 久しぶりにまともな格好しなきゃいけないんだから……」

「……どこに行くんだよどこに」

「先輩には言えなーい」


 ってコトで、先輩のジムニーで夕闇迫る宇治をあとにする。京滋バイパスから第二名阪、近畿自動車道、西名阪道路とひたすら南下。大阪府と奈良県の境の岩山を目指す。


「なんか思い出すよなぁ」

「ナニを?」

「こうやってよく酷道行ったよな」

「そうだったっけ?」

「……つい二年前のこと、もう忘れてんのかよ」


 稔くん、いや長野さんは学部時代のサークルの先輩だったりする。ちょっとは大学生っぽいことしてみようかな、なんて思い「酷道・険道サークル」などという極めつけに怪しげなトコに入った私は、それまで基本自転車移動の人生を送っていたから車を出せる先輩がちょっと羨ましかった。関西を代表する酷道425号線や、日本一の斜度を誇る急坂・暗峠(くらがりとうげ)を擁する308号線。林道に毛が生えたあとに皮膚ごとごっそり持っていかれたような国道や県道をわざわざ好き好んで巡るこのサークルは、長野さんの代こそ4人居て部室も確保できていたのだけれど、私の代以降は新入部員ゼロ。畿内って神代の昔から続く古道もいっぱいあって、百年以上前の隧道とか切通しなんかを古地図とGPS頼りに探しながら歩くだけで結構楽しかったんだけど、そういった趣向をあんまり(っていうかまったく)理解して頂けなかったのよね……。結局卒業と同時にサークルも消滅しちゃったし。


「まぁ香住は相当際どい廃道攻めてたもんなぁ……」

「先輩こそうへうへしながら、今度はココ行こうぜ。スゲーやばそうだし♡ とか言ってたでしょ!」

「……そんなだったっけ? 俺」

「二年前のコト。忘れてんじゃないわよ、全く……」


 柏原I.C.で降りて山道をぐるりと回り込むと側道に屯鶴峯公園の看板。ここで車を降りて山道(まぁ立派にハイキングコースなのよね、コレ)を10分ほど歩いていくと樹々と茂みの中に突如現れる白い建物。屯鶴峯地殻変動観測所は旧陸軍が構築した防空壕の坑道をそのまま利用してひずみ計を設置している。今は常駐する職員もいなくて無人化されているけれど、機器の故障やメンテでこうして来るたび、その廃墟っぷりが進んでる感じ。外見にお金使う余裕、ないものね。


 西の稜線に陽は落ちて、辺りはすっかり宵の口。ヘッドライトを点けて南京錠を開ける。鋼鉄の重たい引き戸の向こうからひんやりとした空気がお出迎え。うるさい程に鳴いていた虫たちの声が、あっという間に遠のくほど長く深く貫かれた坑道を二人分の足音が進んでいく。素掘りのでこぼこした壁面がライトの明かりに身をよじり、どこかで滴る地下水(ちかみず)がメトロノームのように急かしてくる。


「せめて明かりくらいつけて欲しいわよね……」

「こんな辺鄙な観測所にまわせる予算どこにあるんだよ?」

「修士のクセに偉そうね、先輩」

「……さーせん研究員さま」


 岩盤内部にくり抜かれた気温や気圧の変化が少ない坑内に鎮座するひずみ計は昭和42年製。岩盤の上に設置された長さ50mの水晶管に加わる微かな圧力の変化を三次元的に捉え、電気的に増幅して観測するための機器(センサー)。近畿地方の地塊の微小振動やゆがみを捉え、南海トラフなどで起こる大きな地殻変動の前兆を捕まえるのが本来の目的だったけれど、設置以来51年、遠地地震や太陽・月の潮汐に由来する変位しか捉えることのできない代物。とりあえず計測プローブ片手に伸縮計や傾斜計を調べてみる。テレメトリーにノートパソコンを繋いで伝送状況もチェックする。いずれも問題なし。機器自体は正常なのに出力される数値がおかしい。


「……もしかして本当に異常な値が観測されている、ってコト?」

「この間の地震の影響じゃねぇの?」

「それならどうして数値がこんなスピードで変化するワケ?」


 ひずみ計の計測する数値がゆっくりと、でも目に見えるスピードで変化してゆく。まだ0.001マイクロストレイン(一千万分の一)オーダーだけど、一年間の変位量が0.1マイクロストレイン前後だから明らかにおかしい。先週の数値異常が故障じゃなくてホントの異常検知だとしたら、もしこの間の地震の前駆現象を捉えたものだとしたら、ここ数十年ハズレっぱなしだったこのひずみ計が初めて本来の役目を果たしたってコトなの??


「……これまでとは違うメカニズムで起きる変動を捉えているのかも」


 次の瞬間。坑内に轟きはじめる極低音。耳よりは腹で感じる低い唸りが高まる。大きな獣の呻きのような咆哮。数値の変化が一気に加速する。


「……ちょっとナニよ? コレ」

「地震……なのか?」


 突如数値の変化が止まる。辺りに満ち溢れていた音がこだまとなって闇に消えていく。一体なんだってのよ!? そんな呟きまでもが、もとの静けさを取り戻した坑内に吸い込まれていく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ