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龍のせぼね  作者: 飯田橋ネコ
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第五話

 数刻後。京都大学防災研究所地震予知研究センター棟2階工作室。


「またそんな格好で出歩いてるのか?」

「だってフィールドワークするのに一番ラクなんだもの、ドコ入り込んでも怪しまれないし」

「……ついこの間もそんな格好で社務所に忍び込んで賽銭泥棒に間違われたばかりだろう」

「アレは宮司さんのいない無人のお社だったから仕方がなかったのよ……」

「だいたいからしてなんで地震予知研究センター(ここ)に文学部出のお前がいるんだよ」

「ちゃんと観測所でひずみ計とかのメンテやってんだからいいでしょ別に」

「……いやそういうことじゃなくて」


 実際問題、固体地球科学を基礎(ベース)に地震予知の基礎研究や技術開発を行うこの研究センターに文学部卒の人間が入ることなど考えられない話だったが、博士号はおろか修士課程も修めていない20代前半のこの“非常勤研究員”は、なぜか体積ひずみ計やレーザー伸縮計の構造や保守に通暁しており、センター所属の8つの観測所の観測機器のメンテナンスに従事しているのだった。


「……まぁ実家の製作所がそのひずみ計作ってるってだけの話なんだけどね」


 曰く子供の頃から家業の手伝いで計測機器を弄り倒し、並の職人では足元にも及ばない高度な技術を習得(マスター)したものの、本人には家業を継ぐ気は全く無く、地元仙台の工業高校からストレートで京大へ進学してきたというのだから訳がわからない。


「そういえば吉田の先生、今朝も来てたなぁ、1階に」

「え゛? 吉田キャンパスの??」

「そうそう、考古学研究室とか言ってたっけ? 大和くんを返せって大騒ぎしてた」

「……うわぁー無理無理。絶対あんなトコ戻れない」

「いったい何しでかしたんだよ、お前……」


 京都大学防災研究所地震予知研究センター修士課程2年、長野稔(ながのみのる)は自分より一年年下の“非常勤研究員”をしげしげと眺めた。こうして話をしている分にはどこにでもいる普通の女子。まぁ格好(みなり)はちょっとあれ(年中作業着なんだぜ、寅壱の)だし、まるで化粧っ気がない上にたいてい草とか土まみれだからあまり気づく奴もいないけれど、実際のところ相当の美人だ。


「……前から聞こうと思ってたんだけど、お前ここで何しようとしてるんだ?」

「うーん……今は古文書とか伝承なんかをまとめあげてここ2千年間にこの国に起きた地学イベントを再構築しようとしてるトコ」

「それがなんで神社巡りになるんだよ」

「稔くんは知らないの? この盆地には皇紀の初めから続く由緒正しいお社がいくつもあるの。きっと古地震の記録もたくさん残されているはず。それなのに……」


 香住が言うには、考古学研究室の研究は縄文・弥生時代の古墳や遺跡の調査に偏りがちで、皇紀以降の神社の古文書の解読に基づく古地震学などは傍流もいいところなのだそうだ。


「まぁ解読なんていっても書いてあるとおりに読めばいいだけの話なんだけれどね……」


 たかが文字でしょ。ちょっと古いけれど。などと香住は言うが、その翻刻(古文書に書かれた崩し文字を読み解くこと)能力と読解力の高さは瞠目に値するものであり、そんな香住が当然博士課程まで進むものと思い込んでいた考古学研究室の教授陣は、未だにこの宇治キャンパスまで押しかけてくるのだ。


「……香住さぁ、勿体無いとか思わないのか? いろいろと」

「ナニが勿体無いの?」

「……まぁ、いいけどさ、別に」


 香住が機器の保守をやるようになって年代物の観測機器の稼働率はあがったし、これまで予算不足で叶わなかった観測所の修理も進んだ。教授陣は浮いた予算で新しい機器を買えるって喜んでいるし、空いた時間を神社巡りに費やすくらい大目に見てやろうなんて意見もある。でもそれならなおさら、なぜこのセンターで古地震の研究なんかしようって気になったんだろう? ホント訳がわからないよな、実際。

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