第参話
いかにも、といった風情の村社、登弥神社。延喜式神名帳の大和国・添下郡は登彌神社に比定される由緒正しき式内社の境内も、震度6弱の烈震に遭っては居住まいを正し続けること能わず、参道にならぶ石灯籠は軒並み打ち倒され、数年前に営繕成ったばかりの本殿も、いまはその極彩色の殿柱に無数のひび割れを抱いていた。
社を取り囲む樹々の葉は急角度で落ちかかる陽光を細かく刻み込み、富雄川を渡って吹き上げる南風の熱気までも奪い去る。揺れる葉々のざわつく音が香住を包み込み、カーゴパンツやTシャツに染み込んだ汗が掠め取られていく。久しぶりの感覚。先週は屯鶴峯の観測所詰めだったし、ね。
参道の階段をのぼっていくと宮司と思しき作務衣姿の老人が一人竹箒を揮い、砕けた散った石灯籠の周りを掃いていた。傍目には土木作業員としか見えない闖入者がヘルメットを小脇に抱えて声をかけると、鷹揚に視線をあげ、さも不愉快そうに呟く。
「……土建屋風情がなんしに来よった」
「こんにちは。京都大学の大和と申します」
「女子がそんななりで……なんの用じゃ」
「龍について調べています」
ヘリコプターの爆音が樹々を突き抜けて轟き、境内の気配をつかの間かき回す。老人の落ち窪んだ眼窩の眼差しが今度はまともに香住を捉える。
「龍、じゃと?」
「はい。この土地に古くから伝わる龍について」
「……そうか」
「何かご存知なんですね」
「儂は何も知らん」
老人は視線を落とし、ふたたび竹箒を揮い始める。香住は境内を見渡す。社殿自体は昭和に再建されたものだけれど、創建は奈良時代より前。こんな災害があっても宮司さんがいらっしゃるってことはそれなりにまっとうなお社ってコトよね……。
「龍が登るから登彌なのだと伺ったのですけれど……」
「っ!……知らん」
……適当なコト言ったけどホントなの? 龍の伝承に纏わるお社ってことはひょっとして大当たりかも。社務所に古文書たんまりあったりしませんか?
「全部、持っていかれた」
「……だれに?」
老人はうつむいたまま続けた。登彌神社四十八代目宮司たる老人の息子は神職を捨て事業を興し、今では奈良県でも指折りの建設会社にのし上がったのだそう。そんな息子さんが数年前、ふらりと神社に帰ってきて、「オヤジ、裏山開発することにしたわ。権利関係の書類持ってくからな」、などと言い残して社務所にあった書類を根こそぎ持っていったのだとか。にしても初対面の他人相手に良く喋ってくれるわよねそんなコト。
「……その、なんだ。あんたがあんまり似とるから」
「……だれに?」
一陣の風が境内を吹き抜ける。