第十八話
久しぶりに二人で食べる晩ごはん。普段オレが適当に作ってる奴とは全然違うまともな料理。そうそう家庭料理ってこういう味付けだよな。どうやったらこんなの作れるんだろ……って、
「……あれは、なんなんだよ」
「駅前の100均で買ってきた簾よ」
「いや、そういうことじゃなくて……」
暗がりに沈む南向きのベランダに面した2つの洋室の狭間にぶらさがる3列の簾が、網戸からそよぐ夜の微風に傾いでいる。
「あっち側が私、でいいかな」
まぁ確かに向こう側の部屋はほとんど物置みたいなものだから……って襖閉めれば良くね?
「……だってエアコンこっち側の部屋にしか無いじゃない」
随分前にも同じことを言われたよなぁ。確かに夏はあの部屋暑いんだよ実際。でもこんな風に簾たらしたら、
「なんか鶴の恩返しみたいよね」
そうそう、それ。
「絶対に中を見ては……」
「オレは爺かよ! ……ならなんかいい物作ってくれるのか?」
「うーん、こういうお料理毎日作るってのはどう?」
それは悪くねぇな実際。
「ねぇ先輩」
「ん?」
「ちょっと立ち入ったコト聞いてもいい?」
「なんだよ?」
「お部屋が2つ、食器が2セット、ベッドも2つあるってコトは、もしかして誰か別のヒトと住んでたりしてたの?」
「あぁ、もう随分前だけどな」
4年。アイツが出ていってからもうそんなに経つ。結局半年くらいしか暮らさなかったけれど、ほんとにいろいろなことがあった。いまはどこでなにをやっているかもわからないけれど。
「……どんなヒトだったの?」
「すげえわがままな奴だった……」
「へ〜」
「なんだよ」
「意外。先輩にもそんな過去があるのね」
「そうか?」
「タダの廃道&地震オタクかと」
「お前が言うか、それを……」
ごちそうさまでした、を二人で言う。食器を流しに運んで洗う。ついでに湯船にお湯をはる。
「風呂どうする?」
「先入ってもいい?」
「どうぞ」
食器を拭いて吊戸棚に片付けていると、風呂場から響くシャワーの音。香住が聞いてくる。
「ごめん、今日だけシャンプーとボディソープ借りるね〜」
「どうぞー」
そういえばコンディショナーとか無いけど大丈夫かなぁ……っていうかそもそも、
「あぁあ゛! タオルと着替えがない!!」
……子供かよ。
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先輩からバスタオル借りて短パンとTシャツも借りる。下着? いいわよ今日ぐらい。
「……子供でもそれはない」
「……私も、そう思います」
結局近所のコンビニまで下着買い出しに行く先輩。ごめんなさい。ホントごめんなさい。実に宙ぶらりんな格好で帰りを待ちながら回す洗濯機。廊下の外の二層式に慣れ親しんだ私にとって脱衣所の全自動式なんてホントに文明開化。……にしても先輩にも彼女がいて同棲してたなんてちっとも知らなかった。どんなヒトだったんだろ? かわいかったのかな? ちょっと気になる……。
「ただいま〜」
「おかえり〜」
「って、もう洗濯機回してんのかよ?」
あ゛ごめんなさい。一刻も早く洗って乾そうとか思った結果がコレですわ。コンビニまで走って往復したらしき先輩が汗を拭いながら呟く。
「お前、意外とそそっかしいのな」
「……ごめんなさい」
誰かと一緒に暮らすのって、それはそれでいろいろ考えなきゃいけないの、すっかり忘れてた。そこから逃げ出したくて京都まで来たことも。ふと思いだす怒声。あの日からすっかり変わってしまった父の声。……とりあえず両頬をはたいていろいろ追い出す。
「うーんっ、明日からがんばるっ!」
「お、やる気じゃん」
「ってコトで今日はおやすみなさい」
「おやすみ」
暗い部屋で初めての天井を見上げる。本とかダンボールとか、とにかくいろいろ乗っかっていた埃っぽいベッドの上で仰向けになり、しばらくボーッとする。簾の向こうで光る常夜灯。風呂場から響くシャワーの音。こんな風に押し掛けて迷惑だったかな? 迷惑だよね実際……。