第十七話
なぜだか急によそよそしくなった高2に無限級数を教えて帰路に着く。日も落ちた府道7号線を南下するジムニーは、京都市内から宇治へと連なる長い渋滞に掴まり、信号待ちのたびにアイドリングをふらつかせている。水温計も高止まり。エアコンが苦しげに吐き出す風まで生温い。そろそろほんとにヤバいかも。いいかげん修理工場もってくかぁ。
アパートの駐車場に車を停めてふと見上げると部屋の電気が点いている。どうやらほんとに泊まるらしい。それならそうと話さなければいけないことがいろいろある。料理とか洗濯とか掃除とかゴミ出しとか……あぁあ゛やっぱめんどくせー!!
「……ただいま」
「おかえりー」
ダイニングのテーブルにはきっちりできあがった晩ごはん。冷蔵庫に入れておいたモヤシとナスがごまナムルと焼きナスポン酢掛けになっているうえ、もう一品、豚肉の冷しゃぶが行儀よく並んでいる。味噌汁を温め直しながら炊飯器のご飯をよそう香住はどことなく楽しそう。
「ちゃんとしたお台所あるお部屋久しぶりだわ〜」
「香住、料理できるんだな……」
「……そんなに驚かなくてもいいじゃない」
「いや、お前いっつも生協の期限切れのおにぎりとか焼きそばパンばっかり食べてたから……」
「……そういえばそうかもね」
考えたら大学や観測所や廃道以外の香住の生活など見たことがない。作業服以外の格好を見たのもこの数日が初めてだ。
「どうせ生活能力ゼロの干物女とでも思ってたんでしょ」
「そこまで言ってねえだろ……」
「料理と掃除と洗濯は私、ゴミ出しと風呂掃除は稔くん、ってコトでどうかな?」
「どうって、なんかほんとに住むみたいじゃねぇかよ」
「考えたの。どうせ共同研究するなら一緒に住んじゃったほうがいろいろ便利かなぁって」
「そりゃそうかもしれないけれど……」
「じゃぁ決まりね。明日アパート引き払ってくる」
「え!?」
「ホントいうとね、ささくれまみれの四畳半とかフロトイレ共同とかエアコン無しの熱帯夜とかもういろいろ限界だったの」
「え゛!?」
「私だってもう少しマトモな生活送りたいのよ!!」
まぁ、それは分からないでもないけれど……なぁ。
「というわけで、不束者ですがお世話になりますね、先輩」
あぁ、やっぱり確信犯ですね、この人。