第十六話
夕刻。大学院生が学究生活の合間にできる数少ない仕事=家庭教師に出向くオレ。考えたらここ数日は香住に振り回されっぱなしだった。サークルにいた頃とおんなじ。で、今アイツは、……なんかいろいろくたびれた、などと言い残して着替えもせずに人のベッドで寝ている。とりあえず千円札を一枚置いて部屋を出る。起きたら何か食べろよ、のメモ付きで。
数刻後。京都市伏見区桃山最上町の戸建て2階。京都大学理学部志望のこの高2は中学まで東京に住んでいたとかで、高校まで練馬(←東京で一番新しくて暑くて畑の多いとこだ)に居たオレとはいろいろと話が合う。京都弁がちょっと怖いこととか、京都の人が何考えてるのかよくわからないとか、盆地の夏の暑さが尋常じゃないとか、ほんとにちょっとしたことでいろいろ話せる。まぁ結構あたまはいい子だから、このままいけば普通に合格できると思うのだけれど……、
「……先生、もしかして彼女できました?」
「……なんだって??」
「なんかそんな気がしたんですけど、違います?」
「いや、彼女ってわけじゃないけれど……」
「……もしかして、同棲とかですか??」
「同棲っていうか、同居?」
「……それってどう違うんですか?」
女の勘は恐ろしい。今までの人生で幾度か怖い目に遭ってきたからそう思う。でもだからといって香住は彼女ってわけじゃない。好きとか嫌いとかいう話ではないし、そもそもそういう対象ですらないと思う。サークルで初めて会った時から、アイツはちょっと違っていた。旧道や廃道の道端に残された小さな古びた石碑や地蔵に手を合わせては何やら呟いていて、普通に見ればちょっと危ない女だったけれど、そうやってアイツにしか見えない何かと意識を通わすさりげない所作の端々には儚げな気品のようなものがあって、正直少し近寄りがたかった。普段はあんなガサツな感じだけれど、多分ほんとのアイツは違うんだと思う。もしかすると本人自身はそのことに気づいていないのかもしれないけれど。
「……先生?」
「はい」
「何ぼーっとしてるんですか?」
「え?」
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この先生、時々こうなっちゃうから困る。スゴく丁寧に教えてくれるしわかりやすいしおまけに理系らしからぬ非コミュ障&マッチョ系イケメンだからだいぶポイント高いんだけど、これから教え子が高2の夏を迎えるというのに色ボケとかマジ勘弁。だいたいこんなにイケてるアタシ差し置いて女作るとか一体ドコ見てんのよこの……(以下略)